第25話 蛇は忠誠を捧がれる
『で、
「説明しても話半分にしか聞かないのはお前の方だろう。それに、説明してもしなくても大して変わらん」
『まーそれはそーなんですけどね。でも事ここまで来てやっぱり気になってきたというか。眷属喚んでいいっすか』
「お前が居ること自体に意味がある。諦めろ」
見た目と言動は不真面目で不敬不遜にヒュドラが聞く。今回のレベリングでもまだユーラリングのレベルが足りない現在、システムの関係上表面上だけでも「そうせざるを得ない」のだが、それをユーラリングが察したかどうかは不明だ。
……興味が無いだけかもしれない。使えるから使ってるだけで。あ、でもだとしたら凹む。などと思考が脇に逸れるヒュドラ。そうこうしている間に、(ヒュドラが通るにしては)狭い階段は終わり、開けた空間が広がる。
はてこんなとこあったかな? と首の1つを傾げるヒュドラだが、座り込んでいたユーラリングが立ち上がった事でそちらに注意を向けた。もちろん、主が居ると言うのに周囲の警戒を怠る愚は犯さない。
「さて、と……一度は約束染みた事を言ったのだから、義理は通さねばならん。ヒュドラ。大きな音が苦手であれば対策をとっておけ」
『え。何するんすか
よっこらせ、と地味にそれはどうなのという声と共に立ち上がり、杖を右側に立てて正面を向くユーラリング。それだけでヒュドラは忠誠を誓い直している訳だが、表面上はいぶかしげに問い返した。
が、それにユーラリングが答える事は無く、ウィンドウを開いて何かスキルを選択している。ひゅいん、と小さく魔法陣が本人に展開された事から、補助系のスキルのようだ。
が。それに合わせて「宵闇のオーブ」までもがふわりと暗い光を灯すのはどういう事なのか。と、周囲の警戒はしながらヒュドラはちょっとだけ疑問に思い、
「【――――聞け、闇の中に凝り潜む者共よ】」
びり、と。威圧感すら感じるほどに威厳のある、物理的に大きな声に、思考を中断した。
「【我はこの場の上層に居を構えし“魔王”。
以前に先じてこの声に応えし者共は覚えがあろう。
それより先に招きに応えし者共は随分と待たせた。
どちらも知らぬと言うならば、今はただ聞くが良い】」
ユーラリングが使ったスキルは『拡声』と『伝達』、そして『宣言』。そして「宵闇のオーブ」から、『気品』と『妖艶』が自動発動している。
ユーラリング自身が使ったのはどれも「声を届ける」スキルだ。それぞれ、声を大きくし、聞く知性の有る者に通りやすくし、達成されない場合のデメリットと引き換えにステータスブーストを掛けたうえで、聞こうと言う気にさせるスキル。
『気品』と『妖艶』は共に魅了系のスキルだが……実は、取得条件が相反する為、地味に同時取得は難しく――それ故に、同時に取得した場合の効果ブーストがすごかったりする。ユーラリングは、完全に無意識だが。
「【先に招きに応えた者共には告げた通り。
それ以外の者共にとっては寝耳に水かも知れんが。
この場を我が支配下に置きに来た。
抗うも従うも、それは自由だ。心のままに好きにするが良い。
従う場合は即時に配下として受け入れよう。
抗う場合は力と誇りの全てを懸けて刃向って来い。
様子見もまぁ良かろう。我が手が目前に来るまで思考を巡らせよ】」
その内容に、反応らしい反応は無い。当然だろう。何せ「生まれついての“魔王”」という特別の声。その上にブーストがガッツリと掛かり、更にレベルが上がったせいで素のステータスが跳ね上がっているのだ。
その辺を分かっているのかいないのか……というか確実に分かっていないが……ユーラリングは、特に反応の無さを気に留めずに言葉を続ける。
「【先に一度言っておくが、我が折れる事は有り得ん。
この場の全てを我が支配下に置く事はただの前提だ。
その上で、何れの選択をした場合も、それに責任を持つ覚悟を望む。
故に、此処でどのような選択をしようとも、後の処遇には影響しない。
ただし、ここで周囲に流されなどした場合は道具以下の扱いを覚悟せよ。
選べ。己の心に真に従った結論を。
確固たる物であれば、それがどの様な形であれ評価しよう】」
コツ、と自分の鱗が小突かれる感覚に、はたとヒュドラは我に返った。反応を探ると、演説を続けているユーラリングが踵を鳴らしたものらしい。
『(おっといけね、聞き惚れて呑まれて心酔してる場合じゃなかった)』
ぶんぶん、と後方にある頭の1つを激しく振って、気合を入れ直す。けれど、周囲への気配を探り、備えていた部分に怠りは無い。
どころか。
『(――はは。それにしても、マジかよ、
シュゥッ、と頭の1つから、堪えきれなかった高い音の呼気が漏れる。主の宣言を邪魔する気は毛頭ない。だから堪えていた呼気と動き。叫び。許しが降りるその瞬間まで、我慢する。抑え込む。
そんな内心を、もちろん綺麗さっぱり察する事無く、ユーラリングは〆るための言葉を継いだ。
「【ただし、我の歩みは妨げられぬ。時はあまり無いと心得よ。
一度で心が折れぬならそれも良し。折れるまで付き合うまでの事。
偽りの忠誠の後、反旗を翻すのも良し。企みなど正面から潰してくれる。
全てを捨てて逃げるも良し。この場を離れた者を追うほど我は暇では無い。
それでは、この宣言の結びを以って、支配(蹂躙)を開始する。
――覚悟が出来た者から前へ出よ】」
カン、と硬質な音がする。ユーラリングが軽く、けれど確かにヒュドラの鱗で、もう片方の踵を鳴らした音だ。同時に左手が鋭く振られ、かかっていた伝達系のスキルが終了される。
「……さて、把握したか? ヒュドラ」
『えぇもちろん。委細承知って奴ですよ、
シュゥ、と蛇特有の高い呼気を伴っての返答に、ユーラリングは僅かに首を傾げた。単純に気になったようで、何かウィンドウをいじりながら問いかける。
「……珍しく素直でやる気だな。お前の事だから、『説明が無いと思ったら特殊フロア制圧とかなんつー面倒な仕事を』ぐらいの文句はいう物だと思っていたが」
『待って、
「我に読心能力は無い。が、いつもなら少なくとも口ではそれぐらい言っているだろう。実際の働きはともかくな」
『おっとー、理解されてるようなされてないような微妙な反応が返ってきたぞー? それどっちですか
「働きは認める。まぁ、誤魔化すなら別に構わんが」
ずるずる、ととぐろを解き、戦闘態勢に移行しながらのヒュドラの返答。会話が続き、ユーラリングが傾げた首を戻したところで、ヒュドラの動きが止まる。鎌首をもたげた動き。
『――えぇ、冗談じゃないですよ。こんな死者溜まり、こんな
シュゥルルル、と無数の首が、周囲から向けられる敵意と害意、殺気に向かい合い――
『全く、
――それらを文字通り、十把一絡げに薙ぎ払った。
『自分は冥府へと続く湖の守護者、その役を継ぐもの。毒の水とそれによる死者を統べる不死の蛇。そんな自分に、「野良の死者を殺して従えろ」なんて、そんなの「最高に嬉しいに決まってる」だろうっ!?
此処までこの毒の血が湧きたったのは何時ぶりだ! 此処まで嬉々として魂から命令に従えるのはどれほどぶりだ!? あぁもう世界の理(システム)の枷(制限)なんて知った事か!!
咆哮のように歓喜を叫んでいる間にも、ヒュドラは止まっていない。その巨体を十全に使い、片端からアンデッドを塵と芥に変えていく。
そこまで士気と忠誠が上がり切ってるとは思ってなかったユーラリング。ぶっちゃけると、自身に動かせる最高戦力だから連れて来ただけで、まぁ最悪詠唱中守って貰えればそれでいいか、と「呑気な」想定をしていたりした。
が、現実は、どう控えめに見てもヒュドラの無双あるいは文字通りの蹂躙。もうヒュドラだけでいいんじゃないかな。なんてフレーズがユーラリング(の中の人)の頭に浮かんだ。
「――そうか」
しかし、ユーラリングの口をついて出てきたのは、低く落ち着いて余裕を感じつつも満足げな呟きだった。
「ならば捧げ。心のままに動けとは、別に「眼前に居る者共だけの権利では無い」。無論の事――お前がやりたいのであれば、押し通せる限りは行うが良い」
くつくつ、と、笑いを伴って告げる。それに返るのはもはや声ではなく、咆哮だ。同時に、本当に極僅かな振動だけを伝え、ヒュドラが迎撃から攻勢へと移行する。
なのに、そんな事しなくても十分な結果は得られるのに、ユーラリングはあるウィンドウを開いて、それを拡大して自分の乗るヒュドラの頭に見えるようにして、“煽った”。
「だが、しかし、もちろん先に言った通り――「心のままにする権利は我が支配下の全ての者にある」。意地を通すと言うのなら、歓喜を伴う仕事だと言うのなら、「負けるな」よ? ヒュドラ。冠として、毒の水を頂く蛇よ」
『はぁっ!!??』
思わず、と言ったように素っ頓狂な声を上げたヒュドラだが、忠誠心が限界突破している現在はそれもやむなしだろう。何故ならユーラリングが見せたのは、クエストの進行状況のウィンドウだったからだ。
此処までの移動から演説までを含めても20分は経っていない。実際に動いたのは、それこそまだ数秒の筈だ。そしてユーラリングの戦力は、此処にいるヒュドラだけの筈で、そして、いくらヒュドラが忠誠心限界突破状態のアンデッド特攻持ちだとしても、現在は群がる雑魚を吹っ飛ばしただけだ。
なのに。
『
モンスター討伐率
・総合 36%
▽モブ 45%
▽小ボス 27%
▽中ボス 15%
▽ボス 3%
▽裏ボス 1%
▽レア 22%
▽ネームド 1%
設備支配率
・総合 3%
▽レジェンド 0%
▽レア 2%
▽コモン 9%
エリア支配率
・総合 9%
▽エントランス 13%
▽通路 20%
▽部屋 5%
▽特殊施設 19%
第7層(エクストラ階層)戦闘力支配率 16%
エクストラ階層支配猶予時間 残り9:46:35』
表示された進行状況は、明らかにおかしかった。
そう。
「他に手勢が居るとしか思えない」程に。
『ぐっ、いや、分かってた、分かってましたけど、えぇい!
敬語どころか一人称まで素に戻ってしまったヒュドラ。もちろんそれは、「他の手勢」のからくりを理解したからだろう。叫びと同時、その殲滅力がスキルと特殊能力まで全開の、文字通り全力に切り替わる。
以前『配下』募集の声掛けに応じた者か、あるいは召喚に応じた者か、それとも今の演説に魅せられた者かは分からないが。「ユーラリングという“魔王”に手柄を捧ごう」と思った者の働きには違いない。
「(始める際は若干不安だったが、これは今までの中で一番記録が伸びるかも知れないな)」
ヒュドラの支援を行いながら内心ユーラリングはそんな事を思っていたが、それは誰もあずかり知らぬ事である。
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