第51話 蛇は催し物を眺める

 掘り出し物を見つけて、機嫌よく「辻バトルエリア」を抜けたユーラリング。次に踏み入れるのは「屋内イベントエリア」だった。流石に並んでいる建物の中を外から窺う事は出来ないが、外は外でイベントへの呼び込みやストリートパフォーマーが並んでいるので賑やかだ。

 とりあえず今興味を惹かれる催しは無いようなので、ユーラリングはのんびりとストリートパフォーマーを眺めながら歩いていく。もちろんこちらに注目されることも囁かれることも丸っとスルーだ。

 流石に屋台は見えないが、賑やかさという意味では「屋台エリア」に負けていない。ユーラリングも、ふらふらとパフォーマンスを見てはおひねりをぽいぽいと放り込んでいった。


「………………」

『わーぉ。どうします、投げていきます?』

「関わりたくない」

『ですねー』


 その途中、何だか見覚えがある感じの道化師姿が張り付けになり『ご自由にお投げください』と書かれた立札の前に、明らかに刃の立っているナイフが山積みにされている、という出し物(?)を見つけたが、ユーラリングは賢明にスルーした。

 そうやってしばらく歩いていたユーラリングだが、エリアの中央あたりに大きな立札を見つけて寄っていった。何かと思えば、各イベント会場で行われる、プレイヤー有志によるイベントのタイムスケジュールのようだ。


「ほう。観劇、演奏会、美術展。様々だな」

『舞踏会にお茶会まで……あ、我があるじマイロード。オークションがありますよ』

「公式にもあったはずだが?」

『えーっと……あー。現物交換ありの、上限無しみたいですね』

「あぁ、成程」


 どうやら会場を変えて開催偶数日に開催されるらしいオークションを見つけ、ユーラリングは興味をひかれたようだ。注釈を探して読むと、『ダンジョン』持ちはワームホールのようなアイテムで、今からでも倉庫あるいはお宝枠から出品が可能らしい。

 出品が今からでも可能、と知って、ちょっと揺れたユーラリング。それに、沈痛さすら感じる真顔の空気でヒュドラが待ったをかけた。


我があるじマイロード、出品はやめましょう。大混乱になっちゃいます』

「そうか?」

『そうです。破産者が山になります』


 ヒュドラには、秒で桁が塗り替えられ、何人もが借金から破産していく。そんな光景が見えていた。そしてそれは大体間違っていない。

 そうかぁ? と首をかしげているユーラリングに自覚が無いのは今更だ。だから、ヒュドラは代替案を提案した。


『そんなに出したいなら、「商店エリア」で『聚宝竹』を探して、そっちを通しましょう。確か出てるはずですよね?』

「なるほど、餅は餅屋だな」


 この瞬間、「商店エリア」で働いていたシズノメを突然の悪寒が襲っていたわけだが、もちろんヒュドラもユーラリングも知る訳が無い。

 既に『聚宝竹』が『ミスルミナ』からの財宝取引を独占しているのは知れ渡っている。だから、シズノメからも『商店エリアに来たら、まずウチを探してきてくださいね!』と念を押されていた。

 そして、これはユーラリングの知らないことだが、『聚宝竹』からユーラリングの作品を出品するのはすでに決定していた。いつまで経っても自分の作る物の価値を把握できないユーラリングに対する荒療治の一種だ。


「それなら、参加して良さそうなオークションもついでに聞いておくか」

『それがいいと思いますよ』


 ……まぁ、金銭感覚はすでにだいぶ麻痺あるいは破綻しているユーラリングに、どれほど効果があるかは、別の問題だが。


「オークションが目玉のようだな。他には、動物園というのは、移動式か?」

『まぁ魔族がここまで大規模に一堂に会する機会って少ないですからねぇ。この辺の作成体験とか、初心者育成補助でしょうし』

「生産スキルは一通り持っているからな……。それでいくと、この辺の宝探し体験とかもそうなのか」

『じゃないすかね? お、図書館とかありますよ。期間中に限り貸し出し可だそうです』


 とりあえずオークションは一度おいておいて、他のイベントにも目を通していくユーラリングとヒュドラ。こちらはこちらで楽しそうだ、と思っていたユーラリングだが、目立たないように記されたある文章を見て、眉をひそめた。


『どうしました?』

「…………ヒュドラ。3日目の夜、西端位置の会場のところを見てみろ」

『えー、3日目、夜、西端……ん? 舞踏会ですか?』

「その注釈だ」

『舞踏会に注釈? ドレスコードです、か…………』


 一見他のものと変わらない表示だが、主が不機嫌になっているのを察したヒュドラ。何事か、と思ってよく見ると、確かに目につきにくく注釈のような文章がくっついていた。


『ダンス相手のレンタルも可能です』

『購入も可能です』


『…………ドレスの事ですかね?』

「本気で思ってるのか」

『いやまさか。しかし、いるんですねぇ……』


 仕事の斡旋と紹介、と言えば聞こえはいいが……この目立たなさ具合からして、非合法に寄った方の存在だろう。『配下』、というか、懐に迎え入れた相手にはとことんまで甘いのがユーラリングだ。その辺りを強制するのは好きではないし、そもそも理解できない。

 それでも、タイムスケジュールにちゃんと載っているという事は、まぁ、需要はあるのだろう。助けようなどとは思わないし、そもそもユーラリング自身が参加する事は無いだろうが、不快は不快だったようだ。


「万能などとは程遠い。この小さな手が届く範囲は限られているし、まして包み込めるものなどもっと限られている。……その外側までは、面倒見切れん」

『じゃあ我があるじマイロード、目の前に脱走奴隷が転がり出てきたらどうします?』

「磨いて光そうだったら拾う」

『ですよねー』


 ユーラリングにかかれば、ただの石ころですら宝石と遜色ない輝きを放つようになる事を知っているヒュドラは、実質無制限に助けるという宣言に苦笑して返したのだった。

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