第21話 蛇は宝を生んで時を買う
その後、ユーラリングは制限時間を使い切り、エクストラエリアクエスト『喪われし神代の墓所洞窟Ⅰ』をクリアした。重ねて言うが、個人、それもようやく初心者を脱したところのようなビギナーがクリア出来るクエストでは無い。
しかも制限時間を使い切ったのは作成が遅れたからでは無く、その逆。全項目が100%を越えてもクリアにならない(正確には、クリアボタンがある事に気付かなかった)ので、何処まで伸ばせるかに挑戦していたのだ。
「(もうちょっとで全部500%に届いたのに)」
ユーラリングの生産力は廃人集団のそれを既に大幅に上回っている事が此処で判明した。
それはともかく、クエスト名は『喪われし神代の墓所洞窟Ⅰ』。数字が付いているという事は、当然続くクエストがあるという事だ。
『
副葬品充填率
・総合 -100%
▽武器 -100%
▽防具 -100%
▽アクセサリ -100%
武具庫充填率
・総合 -100%
▽武器 -100%
▽防具 -100%
▽アクセサリ -100%
第7層(エクストラ階層)装備支配率 0%
エクストラ階層支配猶予時間 残り50:00:00』
「む」
ユーラリングが、思わず、と言ったように声を零したが、それもそうだろう。先ほどとは用意しなければならない数が、文字通り桁外れに増えている。もちろん、その間も手は動かし続けている訳だが。
もはや常となった思考操作で、とりあえず武器項目の頭についている『▽』を展開する。そこには剣、槍といった武器の分類が並び、その頭にもまた『▽』がついていた。
それを展開すると、今度はショートソード、ロングソードといったより細かい分類が並んでいる。更に、その頭にもまた『▽』がついている。それを展開すると、先ほどのクエストと同様、レア度別%表記となった。
「(単純計算10倍どころじゃないな。いや、宝箱よりも装備品の方が多いのは道理か。だがしかし)――――シズノメ。重量制限無効化ポーションの追加は無いのか」
『うーん、その後も探してはおるんですけんど、いかんせん需要が低い割に材料が面倒でして……いっそのこと、自作された方が速い思うんですがどないでっしゃろ?』
「残念だがレベルが足りん」
『…………そうでした。リングサマまだレベル一桁でしたやね……』
ぽろっと零された情報に、ユーラリングが思わず「誰から聞いた!?」的な目を向けたが仕方ないだろう。と言うか、情報に敏い者にとっては有名なのを本人だけが知らない状態である。
当然シズノメもそれには返答せず、しばらく考えているらしい唸り声を零し、ユーラリングが見事な針金細工の腕輪を2つ程作り上げるだけの時間が経過して、
『……リングサマ。通常はお勧めする事は無いんですけんど……。『ポーションレシピ』買い取りますか?』
まさしく遠慮がち。他に誰もいないにもかかわらず声を潜められたそれは、まるで宜しくない取引を持ちかけるような口調で……実際、その価値を考えれば完全な闇取引だった。
VRMMO『HERO’s&SATAN’s』において、『レシピ』という物は貴重品だ。対応スキルを習得するだけでは得る事は出来ず、図書館に行って調べるなり師を探して弟子入りするなりしなければ、低位ポーションの1つも作る事は出来ない。
もちろん、基本となる『レシピ』は広く公布されている。が、その内容と素材が複雑だったり貴重になればなるほど指数関数的に流通量は減っていく。そしてそれら希少な『レシピ』を持ったまま中の人が引退したり、あるいは特殊ペナルティのある死に方をしたりして、一度も日の目を見ないまま闇から闇へ消えていく『レシピ』も数多い。
何しろ、『レシピ』を作る事が出来るのは極一部、それこそ生産スキルを極めたプレイヤーのみだからだ。極稀に遺跡から発見される事もあるが、これにも限りがある。下手なお宝より貴重であり、少なくとも、個人でやり取りするものではない以上、それを個人取引で行うというのは……まぁ、横流しに近い。
闇取引を持ちかけられた形のユーラリングだったが、いつも通りに特段の反応は無かった。「そんな事より今ちょっと難しい所なんだ」とばかり手元に集中している。
沈黙が流れ、シズノメがそれに居心地の悪さを感じ始めたあたりで――ようやく、ふぅ、と僅かな嘆息が零れる。
「――舐められた物だな」
『っっ!』
ぞ、と悪寒を覚えたシズノメを誰が責められよう。生まれついての“魔王”という特別を引き当てたのも納得の、言動と姿はただの廃人よりも魔王らしいユーラリング。もちろん、今現在のその呟きもそれに該当する。
ましてやそれが、不機嫌気味なものであれば、その圧力たるや、だ。
「珍しく見誤ったな、シズノメ」
『……す……すんませ――』
「……前々から思っていたんだが、そんなに怖いか。さっき自分で言った通り、こちらはレベル一桁だぞ?」
『い、いやぁ、それでも“魔王”サマである事に変わりはありませんやし? お気づきでないみたいですやけんど……大概でっせ、リングサマ』
「どういう意味だ……」
『そのままでんなぁ』
ただし、中身までそうとは限らない。はー、と吐かれた特大のため息は、今度こそ疲れをアクセントに呆れの色をくっきりと乗せている。それに緊張を解されて、シズノメは調子を取り戻した。
割と善良かつ消極的なインドア派一般人な価値観を持つユーラリング(の中の人)からすれば、本職“魔王”よりも魔王らしいという評価は心外でしかない訳だが、もうこれは半ば諦めているようだ。
が。シズノメが調子を取り戻したところで爆弾を叩きつけていくのがユーラリングでもある。
「『レシピ』を売るくらいなら、その時間で『中断』か『後回し』のスクロールを探してもらいたいものだな」
『わぁ……今度は何かと思たら超ド級のレアアイテムでんなぁはっはっは…………え、いや、マジですのん? ありますけんど』
「あるのか。そちらにこそ驚いたんだが」
相も変わらず淡々としたテンションで、先ほど作ったアクセサリを手元で弄びながらユーラリングは受け答えする。シズノメの声が若干引きつっているのも恐らく「いつもの事」でスルーしているか、そもそも気づいていないのだろう。
『いやまぁそらぁ、ある種産廃ですよってレア度の割にアホみたいな値段でっせ。え、いやでも、マジでっか? 『後回し』のスクロールて』
「本気も本気だが? あるなら出してくれ。対価は如何程だ」
『あ、いや、その、残念ですけんどリングサマ。流石にアホみたいな値段言うても一応高レアルールにのっとって、現物支払しか受け付けれんのですけっどぉおおおあああああななな何しますのん!??』
テンションに変化が無いまま要求するユーラリングに、シズノメは注意しかけ、途中で悲鳴のような声を上げた。対して、ユーラリングに変化はない。
「何って、対価だが。「それ」で幾つ分ほど作ればいい?」
それ、と、軽く首を傾げ、顎で示して見せるのは、先ほど作り、弄んでいたアクセサリ……貴金属の針金で織り上げられ、貴石が配置されたブレスレットだった。シズノメの悲鳴は、あまりにも気軽にそのブレスレットを自分の方へと放られた事によるものだ。
は……? と半ば放心しながらも、商人としての条件反射で、屋台部分の上に乗ったそのブレスレットを鑑定する、否、鑑定してしまったシズノメ。
先程。気軽にユーラリングは言った。「「それ」で幾つ分ほど作ればいい?」と。つまり、このブレスレット「程度」はユーラリングにとって材料さえあれば少々の手間で作れる物だ、という事だ。
『……………………これ1つで、『後回し』のスクロールどころか、適正クリアチケットと交換して釣りが来ますわぁ…………はは、何ですのん、これ……』
「何とはそこそこに失礼だな。第一、材料も製作過程も知っているどころか、目の前で見ていただろう」
ユーラリングは相変わらず己の作品に無頓着だ。というか、ユーラリングが価値を感じる自分の作品は一周回って恐ろしい。見たいような見たくないような。と、シズノメは思ったとか。
なお、『後回し』のスクロール、とは。今現在ユーラリングが挑戦しているような、「連番」のクエストの、最終番以外にのみ使用出来るという非常に限定的な効果のスクロールだ。読んで字の如く、現在のユーラリングであれば、Ⅱの進行と残り時間を凍結し、Ⅲに挑戦できるという効果。
一方、適正クリアチケット、とは。こちらは一部特殊なイベント等を除き、ほぼ全てのクエストに使用出来る汎用性の高いチケット。こちらも読んで字の如く、使用した瞬間そのクエストが「適正値でクリアした」扱いになる。
当然ながらチケットの方が価値が高い。具体的な相場でいえば『後回し』のスクロールを100巻積んでようやく1枚手に入るかどうかと言ったところ。ちなみに入手手段は、両方レイド推奨以上のボスのレアドロップのみだ。
「あ、チケットは要らんぞ。その間のスキル経験値が惜しい」
『わーい無茶振り来ましたよって流石にちょいとお待ちくださいやでリングサマ』
「手短にな」
『はいなー全力尽くさせて頂きまーす!』
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