第15話 蛇は迷宮を掘り進める
節目の階層を作り終え、ポーションの残量と相談しながら、ユーラリングは第1層の加工を進めていた。例の仕様書通りに、ある程度広げては逐一本筋に接続している。
そのお陰なのか徐々にモンスター/魔物同士の共食いは減って行っているようだ。……その分冒険者の撃破率が上がった上、召喚した覚えのない雑魚モンスターが徘徊するようになったが。
「どこから湧いたというか、取り巻き召喚の端数兼斥候兼釣り役だろうがな」
部屋をざくざくと大雑把に成形し、仕様書を見ながら細かい所を補修、仕上がったら加工を施し、小物を置いて、扉を設置して通路を繋げる。基本はこの繰り返した。
取られる手間の大半はその小物や加工部分であって、吹き抜け仕様の大穴であろうと今のユーラリングの敵ではない。『ダンジョン』作成に特化した生産職スキルビルドは伊達では無いのだ。
「…………『ダンジョン』の作成、に、特化するつもりは、無かったんだがなぁ………」
ぼそり、と恨み言を呟くユーラリング。この恨み晴らさでおくべきか、のテンションだ。仮にも“魔王”がそんな事を心底から呟けば相手はただでは済まないのだが、そこは、生粋とは言え新米の域を出ない“魔王”であるユーラリング。流石に力不足だった。
……ただ、傍らに浮かぶオーブが一瞬怪しい光を灯したので、時が来た場合は、結構な目に遭うかもしれないが。相手が。
「とはいえ、流石に一筋縄ではいかんな。主に広さが」
ポーションを飲んで重量制限無視の時間を延長しながら仕様書に目を戻す。呆れるほどに細かく複雑な、むしろこのまま「お手本」として売り出せるほどに完成度の高い仕様書もとい「設計図」。
……まぁ何故にここまで長大かつ複雑なダンジョンを掘る羽目になったかと言えば、ユーラリングが最初にやらかしたから――つまり、思いきり自業自得なのだが。
とりあえずその辺は華麗に棚上げして、ざくざくと掘り進めていくユーラリング。とりあえず、罠などの設置は特にいらない、との指示なのでただの通路だ。
「…………まぁ、どうせ「各自で」好きにしろ、という指示があっちはあっちで出てるんだろう」
などと呟きながら黙々と掘っていくユーラリング。1つの区画を掘り終えた所で最大縮尺のマップを一瞥し、スコップを振り上げると、ボコン、と本筋(という名の、最初の長い長い通路)への合流を掘り終えた。
「うお?!」
「なっ!?」
「っ、詠唱いきま――」
「あ」
……もちろん詳細なマップの確認を怠ったユーラリングが悪いのだが、そこにはどうやら攻略中だったらしい男2女1のパーティが。いち早く我に返った女魔法職だったが、いつもなら脇目もふらず逃亡一択なユーラリングは、何故か呑気な声を上げて、「彼らの背後」に視線を向けた。
恐らくその視線に嫌な予感がしたのだろう。驚きながらも武器を構えていた前衛は、ばっ、と自らの背後を振り返った。ざー、と音が聞こえそうな感じで顔色が悪くなる。
そしておもむろに武器を納めると
「――っ、ちょ、何をっ!?」
詠唱していた魔法職を両側から抱え上げて――脱兎の勢いで本筋を逃げ戻って行った。まぁそうだよな。とそれを呑気に見送るユーラリング。
『ふん。威圧もしていないというのに、根性が足らん』
「むしろ威圧をしていないからより肝が冷えたのではなかろうか。タラスクス老。むしろ逃がすとは珍しい」
『まぁよい。ついでじゃ。水路の階層を見たいんだが、何とかならんか』
「……ヒュドラに直接交渉を。あそこはあれの領域故に」
『あやつはあやつでこちらには来ぬからのー』
そこに居たのは、見上げるほどに巨大な、鰐に似た水棲型の竜――タラスクス。『天地の双塔』の“魔王”サタニス、そのダンジョンに所属する魔物(プレイヤー)の1人だ。同じ竜種繋がりだからか、比較的ユーラリングに好意的な魔物である。
くぁ、と欠伸をするように息をついたタラスクスは、身を軽く振るわせた。そのまま輪郭がぼやけ、霧のようになり、人型ほどになって、また新たな輪郭を描く。
「仕事に精を出すのは結構じゃが、そも欲に勝てぬ者ばかりなのじゃろう。ちと顔ぐらいださんか、出不精め」
次の言葉を発した時には、その姿は、暗い紫の髪とひげの大半が白に占められながらも体の衰えは遠い、幅広の長刀を両腰に差した老年の武人が腕を組んでいた。何というか、魔物ではあるが見事な「老英雄」だ。
なお、今のは一定レベル以上で魔物人間共に習得できる『変身』というスキルによるものだ。魔物なら魔物らしい、人間なら英雄らしい姿になり、汎用スキルに制限が入る代わりに専用スキルが使えるようになる。
もちろんユーラリングは習得していない。そもそも翼が何とか戻ったばかりで身体が欠けているままなのだ。その再生が先である。第一、レベルが全く足りていない。
「さてそれはどうだか……」
「謙遜は程々にのう。ドリュアスに連なる者すら誘惑に勝てなかったと聞いておるぞ。真実ならば、それこそその更なる奥に興味を示した我が主でもなければ無理があるわい」
「随分と荒唐無稽な話が出回っているようだ。第一にして、何かを求めて武功を積み上げ力を蓄えるからこそ一角の存在に変じるのだろう。その最果てが英雄なのだから、その程度の弱点はあって貰わなければ」
「おう……まぁそうじゃといえばそうじゃがのー……」
なおドリュアスとは、樫の木の精霊で、ニンフ、と呼ばれる者の中で最も神聖な存在とされている。気高く心清く、欲望に縁遠い種族だ。で、そこに連なるという事はその性質を割と強く持っているという事。
まさかそんな事が有るまい。仮にも精霊に近しい者が欲望に負けたなどと。と思いつつ返答すると、ぽりぽりと頭をかくタラスクス老。「確かにこれは重症じゃのー」等と聞こえるが、何がだ、とユーラリングは内心で首を傾げるっばかりだ。
「……ま、それはそれとして、リングや」
「何かな、タラスクス老。通路の向かいを掘りに行きたいのだが」
「鱗一枚ほど味見してm」
「断る」
食い気味の返答と同時に肩に担ぎ上げていたスコップを足元に刺すユーラリング。ショートカットに設定してある罠の作成が自動で行われ、ユーラリングは即死無しの落とし穴を通って階下へと瞬間的に逃げた。
……友好的、と言ってもあくまで「比較的」である。もちろん、他者と相対する事にそれは盛大なトラウマ(地雷)を抱えたユーラリングが、油断している訳も無かったのだ。
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