第80話 蛇は舞台を確認する

 祭り本番の、8日目の日が暮れていく。5日目から続いた闘技大会の優勝者は讃えられ、また参加賞まで全ての賞で『イベントエンチャント』なる効果の付いた武器か、効果を付けられるポーションが配られた。

 やはり戦闘イベント、とみて、流石に公式イベント後の「メインイベント広場」で乱戦は起こらなかった。単純に頭数も多いらしく、初日にあった魔神の挨拶、あの時ほどの混雑具合となっている。


「まぁ、簡易拠点が減っている分スペースは空いているんだがな」

「本当にリングちゃんに感謝ねぇ」

「こちらこそ、あの中に放り出されると思うとぞっとする」


 流石に今は祭りの間中碌に顔を合せなかった『King Demon’s Round Table』の面々も全員が揃っている。流石に壮観なのか、ちらちらとこちらを見る視線も多い。もっとも、ユーラリング含めて誰も気にしていないが。

 流石に本番のメインイベントというだけあって、「屋台エリア」や「商店エリア」からも人もとい魔物が集まってきているようだ。公式によればこの夜は時間加速が行われ、途中参加は出来ないとある。

 やがて祭りに参加したほぼ全ての魔物プレイヤーとその『配下』が集まっただろう頃に、その全員の目の前に、同時にこんなウィンドウが展開された。


『現実時間20:00から24:00にかけて20倍の時間加速を行います

 倍率の大きい時間加速の為、途中参加・途中離脱は出来ません

 イベント開始と同時に時間加速を行いますか?

 Yes/No』


「80時間、なかなかの長丁場ね~」

「集中力と気の抜き方が試されるな」


 ユーラリングの中の人は、あとはもう寝るだけという準備を整えて再ログインしている。当然問題がある訳が無かった。気軽に『Yes』を選択する。そしてこの場にいる以上参加しない者は居ないと言っていい。

 次々と参戦表明が行われ、ウィンドウの明かりが消えていく。それが最後の1つまで消えると、ぱ、と新たなウィンドウが現れた。


『参加人数が確定しました

 これよりイベントフィールドへ転送します』


 その表示の下にカウントダウンが表示された。時計と連動するそれは、時間加速及びイベントフィールドへ転送されるまでの時間だ。広場のどこかで始まったカウントダウンコールがうねるように大きくなり、テンションも声の大きさに比例して大きくなっていく。

 サタニスはそれをにこにこと楽しそうに眺め、ユーラリングは小さく息を吐いた。やがて、カウントダウンコールとウィンドウに表示されるカウントダウンが、0を示し──


 ──光が、全てを包み込んだ。




「……転移が終わったか」


 転移が終わった、とみて、ユーラリングは眩しさに閉じていた目を開けた。そのまま周囲を見回すと、どうやら今は個室にいるらしい。貴賓室らしく、ベッド、机、椅子、扉、その全てが上質だ。

 だけでなく、部屋には扉が2つあった。片方を開けてみると、どうやらそちらは護衛や付き人等の部屋のようだ。ユーラリングが連れている人数に合わせてか、ベッドと棚、机が2つずつある。


『あれ、俺の分は無いんですかね?』

「見た目と位置的にペット枠に入れられたんじゃないか?」

『わぁお犬様が入る様なふっかふかの籠。うーんまぁ近くに居られるなら別にいいですけど』


 定位置としてユーラリングに巻き付いていたヒュドラが首をいくつか傾げていたが、ユーラリングがベッドの下から引っ張り出したものを見て納得したようだ。……本体はちょっとした山ほどもある巨体なのだが、今は全長2mぐらいの多頭の蛇なので、これで妥当とシステムに判断されたのだろう。

 部屋の確認を終えて、ユーラリングはもう1つの扉を開けた。予想通りこちらは廊下に接していて、他にも似たように豪華な扉が間を開けて並んでいる。

 そしてユーラリングが今出てきた扉を見上げると、そこにはゲーム内言語の飾り文字で『『King Demon’s Round Table』所属『ミスルミナ』の主:リング』と書かれている。どうやら個人部屋のようだ。


「なるほど、自動で鍵がかかるのか」

『色々設定もできる感じですかね』


 扉を閉めると、カッチャン、と小さな音がして鍵がかかったことを知らせた。ユーラリングが鍵穴のところに手をかざしてみると、小さくウィンドウが表示される。それによれば、鍵の自動解除と音声の透過の詳細設定が出来るようだ。

 ユーラリングは、とりあえず音声は基本的に全て遮断。透過する場合は全て手動、鍵の自動解除は全てオフ。同盟所属者は優先して音声を拾い上げる、という設定にした。ノックをすれば一応気付けるが、開ける気が基本的にない。引き籠りの性格が出ている。

 部屋にも廊下にも窓が無いので、とりあえずふかふかの絨毯が敷かれた廊下を移動する。さほどなく階段を見つけ、そこを降りて行った。


「あらリングちゃん、お部屋はどうだった?」

「快適そうではあったな。で、どういう場所だ?」

「素敵なお城よ♡ 中心部に祭壇があって、周りは荒野が半分森が半分って感じかしら」


 そこには先に部屋から出たらしい『King Demon’s Round Table』のメンバーが既に集まり、何か地図のようなものを中心にして話を進めているようだ。ユーラリングが最後だったようで、サタニスの隣に空いていた席に収まる。

 ジェモが纏めたらしい情報によると、現在位置は2.5階とでもいうべき中間階。どうやら「メインイベント会場」の仮設拠点を保持できた同盟のメンバーだけがあの貴賓室及びこの指令室のような場所を利用できるようで、今回はユーラリング達の独占状態だ。

 2階には1部屋2畳ほどの小さな部屋が無数に並び、ここが通常参加者のスタート位置らしい。1階は様々な設備がかなり大規模に設置されていて、一部の部屋は開かなかったり、開いても設備が壊れていたりしているようだ。


「ふふ。我らが姫、後で見に行ってもらってもいいかな? とても美味しそうな匂いがするんだよ」

「まぁ十中八九予想が当たっているとみるべきだろうしな。で?」

「荒野の部分に、どうも何か土台のようなものが埋もれているみたいだよ。楽しくなってきたね」

「つまり防壁を建設するところから始めなければならない訳か。制限時間がどれほど残っているか分からない内に」

「まぁまぁ。周りの森の木はいくら採ってもすぐ再生するみたいだし、材料はすぐ揃うわよ♡」


 面倒。という顔をするユーラリングを、そこは先輩としてなだめるサタニス。まぁユーラリングも本心から面倒がっている訳ではない。その過程の長さとそこで浴びるだろう注目の量にぼやきたくなっただけだ。

 そして防壁が建設できるという事は、防壁が必要になるという事である。……完全な防衛戦、80時間の長丁場。嫌な予感しかしない、とユーラリングは内心で呟いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る