第59話 蛇は競売に参加する

 祭りイベント2日目。

 普通に平日であった為、リアル日中は寝て(ログアウトして)いたユーラリング。イベント中の時間加速は8日目の夜のイベント時だけと告知されている。

 平等さの為、公式イベントは夜と昼で交互に行われるが、プレイヤーイベントはほとんどが夜に詰め込まれている。夜勤組や接客業などは……休みを取るしかないだろう。


「いらっしゃいませ、リング様」

「間に合ったか?」


 2日目の公式イベントは昼で、美男・美女コンテストだったので興味もなかったユーラリング。サタニスが他薦によって出場し、そのまま優勝したと聞いている。ちなみに商品は「屋台エリア」の全てで使える割引券だったようだ。

 一応「屋台エリア」巡りだけはして、例の原石竜を売っている屋台の店員から入手経路を聞き出してきていたりする。愚痴のような歯切れの悪い言葉によるその内容は、どうやら祭りだからと魔物だけでなく人間からも「物珍しさと祭りノリで何とかなるだろう」と押し付けられた結果だったようだ。

 ついでにその店員が、人間側にもコネクションのある顔の広い情報屋だというのも判明したが、既にジェモという凄腕と知り合い(身内)になっていたユーラリングは大して掘り下げなかった。


「10分前行動とは素晴らしいですわ。ほな、案内しますな」

「頼んだ」


 さてそんな2日目だが、ユーラリング的メインイベントはプレイヤーが主催するオークションだ。正しくは『聚宝竹』を介して出品したオークションに、シズノメを解説役兼引率役として参加することだ。

 なので「屋台エリア」に顔を出した後、「メインイベント会場」に引き返して「商店エリア」にやってきたユーラリング。周囲の店舗からの客引きをスルーして『聚宝竹』に向かい、シズノメに出迎えられてから「屋内イベントエリア」へと移動していった。

 移動した先は、観劇や舞台にも使われる、大きな劇場型施設。横手の目立たない位置にある入り口から、そのまま下からは誰がいるのか見えない2階席へ直行した。


「ほう、これはまた」

「細かいのは別として、プレイヤーイベント一発目のオークションですからなぁ」


 そしてそこから下を見下ろすと、席がすべて埋まっただけでなく、立ち見もかなりの人数がいるのが見えた。種族も服装もバラバラで、忍ぶ気が無い二足歩行姿勢のドラゴンから、フード付きマントにすっぽりと全身を覆った正体不明まで様々だ。

 舞台に目を移すと、そちらはまだ幕が下がったままだった。ただ、しばらく目を向けていると時々幕が揺れているので、内部で何か動きはあるようだ。

 会場の様子をざっと見て、ちょっとわくわくしながらユーラリングは席に戻った。小さな丸テーブルを挟み、斜め向かいの方向に座ったシズノメが口を開く。


「さてリング様。開始までに、入札や支払いの仕組みに関してざっくり説明させて頂いて宜しいでっか?」

「あぁ、頼む」

「ありがとうございます。それでは、まずこちらをご覧ください」


 そういってシズノメが机の下から取り出したのは、現実におけるタブレットのようなものだった。目視で「調べる」と「オークション用通信石板(レンタル)」となっている。

 付属らしい先の丸い石の棒も取り出して、シズノメは説明を続けた。


「まず舞台の上に商品が出てきます。司会の説明と一緒にこの石板でも詳細が確認でき、ハンマーが一度打ち鳴らされたら入札開始です。KとかMとかでは情緒が無いんで、ここでは千とか万とかの単位を使います」

「ふむ」

「入札制限は特にありませんが、商品説明の時に「支払期日」の説明が入っていない限り、オークション終了時に即金払いです。出品しているなら、そちらからの支払いも可能ですわ」

「ほう」

「注意点としては、そうでんな。その場支払いが出来なかったら、高利の付く借金か、素材的な意味で身体で支払う事になります。……まぁリング様の場合、他の商品を買い占めでもせんかぎり大丈夫やと思いますが」

「なるほど」

「後は細かい所で、競りの最中の事ですな。既に出ている金額より高いのはもちろん、初期値段の10分の1以上は上げないと認められません。100万の品やったら最低10万刻みです。逆に、前の値段の2倍以上を出すのもマナー違反ですわ。猶予時間は司会次第ですけんど、大体5秒ぐらいが目安です。何か気になったことはありまっか?」


 デモ機能もあるらしいA4サイズの石板(タブレット)を動かしてみながらの説明は、非常に分かりやすかった。こくこく、と頷きながらユーラリングは聞いていたが、最後の確認で考えること数秒。


「ここでのやり取りは金銭だけなのか?」

「いえ、やり取りの桁が億を超えたら高レア扱いで、物々交換も可能ですわ。……え、リング様もしかしてまだ何か……?」

「金貨がまた余ることになりそうだと思っただけだ」


 まさかまだ何か持ち込んでいるのかと戦慄したシズノメに、ひらひらと手を振るユーラリング。……持ち込んでいないとは言っていない。そして重量オーバー状態が続いている現状、アクセサリ程度なら何十個あっても誤差だ。

 あ、これ支払いが高額になったら何か出るな、と察してしまったシズノメ。またちょっと気が遠くなったが、気合と慣れで何とか踏みとどまる。


「……支払いが金貨でない場合は、お声がけください。これでも『聚宝竹』はそれなりに名の知れた商会ですんで、鑑定書の1枚でもつければ色々やりやすくなりますんで」

「覚えておこう」


 考えておく、では無かったことに安堵の息を零すシズノメだった。……そしてさらっと既に何か持ち込んでいる事と、必要ならそれを支払いに使う事がばれている。もちろんユーラリングは気にしていない。

 それに正直、ワイヤーと宝石の欠片かつ暇つぶし感覚でぶっ飛びアクセサリを作れるユーラリングだ。持ち物をいくら制限したところで、素材と時間があるのなら大した意味は無い。

 そうこうしている間に、重々しいブザーの音が響いてきた。開始の合図であるそれに、ざわついていた眼下の会場も静かになっていく。同時に、ユーラリングの手元の石板(タブレット)に『オークションを開始します』という一文が浮かび上がった。


「シズノメ」

「はいな」

「そちらで手に入りにくい物だけ教えてくれ」

「分かりました」


 手に入る物、ではなく、手に入りにくい物というあたりに信頼を感じて、シズノメの頬が人知れず緩む。周囲が暗がりに沈んでいく中それに気づいたヒュドラは、『んー我があるじマイロードマジ“魔王”。息をするように堕としていくなぁ』と、心の中で呟いていた。

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