第5話 蛇は廻路を駆け回る
ザクザクザクザクザクザクザクザクザクザク――――。
地下でそんな音を響かせ、延々と通路を掘り進めているユーラリング。毒の水の進行状況は既に小数点以下パーセントまで落ちているのだが、それにも構わず掘り進め続けている。
花弁を広げるように、陣地を拡大するように、同じ角度で同じ大きさの半円をひたすらに繋ぎ合わせ、どんどん通路は単調なままに複雑化していく。それでも構わず、ユーラリングは右足を引きずり、ボロ布に血をにじませ、スコップを振り続けた。
他に誰かが見ているなら、その動きがいつもに比べてやけに遅い事に気が付いただろう。引きずる右足が、毒の水に汚染されただけでは無い事にも、気が付いたかもしれない。
「……ふざ、けるな……」
ギリギリ、と、奥歯を食いしばって全身を襲う痛みと重さを気力でねじ伏せながら、血が滴るように減っていく体力(HP)を、土を掘って補給するマナで強引に補いながら、ユーラリングは呟いた。
瀕死の状態で、現在進行形で命を削りながらもユーラリングは動くことを止めない。ザクザクザクザク、音を連ねるように掘り続ける。
「っ! またか……!」
その身を、周囲を、水面に石を落として出来る波紋のような魔力が通り抜けて行った。それを感知するや否や、ユーラリングはその身を翻し、今出せる全力で、通路の奥深く、更に深くへと走っていく。
その場から逃れる為に力を振り絞るユーラリングの周囲で、通路の床に複雑な魔法陣が描かれていく。先ほどユーラリングが居た場所を中心に、通路を無視して広がる赤い光の図形は円形に模様を広げ、通路の暗闇を侵食していった。
「……っ」
遅い動きでそれでも駆けて、ギリギリその範囲から逃れたユーラリング。足を止めることなくさらに通路の奥へと走るその後ろで完成した図形が一際明るく光ってその完成を知らせ、
――ッゴォオオオオオオ!!
「ぐ……っ!!」
地獄もかくやという業火で、その範囲全ての通路を焼き尽くした。土すら融解しそうな温度と強い聖属性を含んだ風にあおられ、ユーラリングはまた体力(HP)を削られる。
「ふざける、な……!」
泣きそうな、それ以上に狂いそうなほどの怒りの籠った呟きを零し、ユーラリングは再びスコップを振う。もう既にその頭からは、しょせんゲームという考えが抜け落ちていた。
ザクザクザクザクザクザクザクザクザク――穴を掘る音が、また、続く。
いつものように「血の刻印」の製作を限界までやったユーラリングは、そろそろ底が見えてきたマナを気にしつつ、第2層の開拓をしようとスコップを手に取った。
というのも、他所の『ダンジョン』のモンスターか魔物が第1層全体を徘徊するようになり、たまにやってくる侵入者たちを文字通り鎧袖一触に蹴散らすようになっていたのだ。
“魔王”としては非常に情けないのだが、そのモンスター達のお陰で第2層以降への侵入は非常に困難となって、そこにいるユーラリングは安全を享受する事が出来るようになっていたのだ。
「しかし、こうなるとやはり階層だけ増やしてみるか……? いや、第3層がどこまで広がるかによって、第4層までの深さを変える必要があるのだが」
ふー、とため息を吐きながら毒水を浴びた右足の調子を見て、スコップを手に通路に移動するユーラリング。一応の様子見として真っ直ぐな通路を進み、同時並行で第3層の地図を表示する。
地図上で見た毒の水の進行率は全体の70%ほど。ユーラリングが眠っている(中の人がログアウトしている)間も進行が進むこのゲームの仕様に一応は困ったユーラリングだったが、スキルの関係で残り面積が1割を切っても掘るのが間に合うとなってからは放置気味だ。
「……うーむ。やはり滝か。滝だな……」
どどどどどどどー。という音を立てて落とし穴を通り第3層へと流れ落ちていく毒の水。それを見て、微妙だという心境を隠そうともせずに呟くユーラリング。
沼か何かに当たったのだとしてもこの水量は一体何なのか、と思わないでもなかったが、侵入者も来ないこんな場所。考えても仕方ないか、と、ユーラリングはそうそうに思考を切り上げ、迷走通路を掘り進めるべく踵を返し、
「っっ!!?」
反射的に、穴を後ろにしたまま左へと飛び退いていた。ズキリ、と鋭い痛みが右足に走る。何事だ、と思う前に、“魔王”として育っていたステータスと、スキルツリー。そこから防御の術を選択し、比較的最大値が育っていたオドを、全力で注ぎ込んで正面に展開した。
ガガガギャリギィン!
「――おいシルバ、最初の『足刈り』ミスってんじゃねぇよ! 防がれただろうが!」
「うっせぇ! お前こそこんな弱小“魔王”の防御ぐらい貫通して見せろや!」
「2人とも、「ランダム転移」の「ボス戦」なのに呑気にケンカしないでくださーい」
「「う゛……っ」」
剣戟を防いだ衝撃音に混じり、最後の声の言った通り呑気な会話が聞こえる。ユーラリングはその会話でおおよその事情を察し、残った右目で解析のスキルを発動。
(――っ、“英雄”級!!)
種族、レベル。それ以外に、クラス(職業)と呼ばれる強さの指針を看破して、ユーラリングは背筋が凍った。“魔王”とはいえラッキーで掴んだ初心者、本物の“英雄”(廃人)に太刀打ちなんて考えるだけバカバカしいというものだ。
侵入者の数は4人。先ほど先制攻撃を仕掛けてきたシーフ職と戦士職に、後方で呑気に注意したヒーラー職、そして、
「――天に輝く聖なる炎よ――」
明らかに大規模魔法を撃つための詠唱をしている、魔法職。それを見てとって全員が“英雄”だと判断したユーラリングの判断は、早かった。
(やってられるか!)
心の中だけで毒づくと、スキルツリーから命中率を下げるスキルを発動させた。右手を一振りして現れるのは、視界と手元を狂わせる、麻痺属性を含んだ霧。
前衛2人が霧を避ける為に飛び退るのと、鏡を合わせたような動きで、そのまま背後の穴へ飛び込んだ。
「あっ!?」
「てめ!?」
「あーららら~……」
“英雄”パーティが何か言っていたが気にしない。こちらも侵入者と言う扱いである毒の水に足を焼かれながら、ユーラリングは第3層の奥へと、全力で逃走した。
そして現在、ユーラリングは侵入者(“英雄”パーティ)の使う探査スキルからの遠距離魔法攻撃のコンボを、辛くも避け続けていた。最初の落とし穴を中心とした十重の花が綺麗に咲いたところまで掘り抜いて以降は傾斜が付けられなくなっていたが、そんな事を気にしている余裕はない。
重量制限のスロウすら気合で跳ね除け、毒でも塗っていたのかやたらめったらに痛む右足の悲鳴も無視して、魔法職のオド切れ、もしくは、侵入者(“英雄”パーティ)が毒の水で死ぬまでの持久戦。そう言い聞かせて、ユーラリングは掘りつづけた。
「っ!」
また一度、大規模魔法をギリギリで回避して、スコップを振う。相手は“英雄”だから毒の対策はしているかも知れないが、オド(OP)だって無制限な訳では無い筈だ。ポーションがあったとしたって、いつか必ず、終わりは来る。
ほとんどそれだけを心の支えに掘り続けていたユーラリングだが、ちりっ、と首筋に走る感覚に僅かに眉を寄せた。
「……?」
体の重さと淡く光る壁に注意の大半を置きながら、それでも視線で半透明な画面を開いたユーラリング。ちかちか、という赤い光の点滅に気付いて、そこに視線を向けて画面を展開する。
それはこの階の地図だった。基本は黒く、通路は白く、
「……、って、ちっ!!」
何だ、と思う前に周囲に描かれる魔法陣。探査せずに想定で発動された魔法はやや範囲と精度に欠き、お陰で幾分回避は容易だった。
通路を走り抜け、炎の起こす風をやり過ごして再びスコップを振いつつ、ユーラリングは地図にしばらく視線を向け続ける。注意の配分を傾ける事は出来ないが、それでしばらく見ていると、ぴこん、と、赤地に白抜きの!マークが、未掘り通路の一部に立った。
なんだ、と思って全体を見ると、ぽつぽつとその表示はあちこちに散っている。形成途中で魔法から逃げ出し、行き止まりになっている部分を繋げる位置に出ているようだ。
「…………」
いましがた逃げ出した場所にも出ているマーク。何を意味するのか、それは全く分からないが、
「……上等、だ!」
ユーラリングが、それに賭けるには、十分だった。
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