第4話 蛇は迷路に水を通す

 結局ユーラリングは、ある程度のリスクは致し方なし、と割り切り、第2層の設定をいじって、微量の回復効果がある苔が自生するようにした。食用でもあるこの苔は、何とかかんとかすれば回復ポーションにもなるお得な一品だ。

 その分この階の土の含有マナが消費される=拡張時の収入が減る上に侵入者の利益になるのだが、微量効果でも回復手段が無いと死ねる。と、ユーラリングは判断した。


「問題は、水が第2層入口部分の部屋を使わないと手に入らないって事なんだけどな」


 今日はひたすら土をふるいにかけ、ガラスの材料をかき集める作業に没頭していたユーラリング。その後ろには1リットル相当のガラス瓶がずらりと並んでいる。

 これらもマナで生産されている訳だが、そう何度も侵入者たちの拠点として作った場所に近寄りたくないので仕方がない措置だった。また自身の血を採取する時だって、『応急処置』で止めるより自然治癒するまで取り続けた方が効率がいい。

 なお残った土は、岩を掘り出した後を埋める事に使っている。まだ消費できる岩とどうしようもない土の置換だ。もっとも一部素材が取り出されているだけ価値は下がるのだが。


「ただの通路にそんな価値は不要だな」


 少しでもマナの消費を抑える為に、スキル限界までまとめてガラス瓶を生産するユーラリング。それが100本を越えたところで、ようやく腰を上げた。ガラス瓶を腕の一振りでアイテムボックスにしまい、そこに2割ほどの空きができたのを確認して、スコップを手にする。

 突き当りに向き直って再び掘り進めるのは相変わらずの直線だ。第1層と違うのは、既に第3層を作っている、という事か。


「満腹度も回復できるポーションを作るには、最低限かまどと鍋が必要なのだよな……。あの隠し扉が見つからなければいいが」


 直線通路から岩を掘り出し、土で埋め直す時に細工した隠し部屋。そこから繋がる第3層は、とうとう作った生産拠点だった。なおガラスを加工できるほどの火力は燃料その他の問題で出せない。

 実は他にも必要設備は色々とあるのだが、所詮は第3層。侵入者の利用が想定されている以上、そんなに本格的な設備を設置する訳にもいかなかったのだ。例え第2層すら未だに侵入者0だったとしても。

 ザクザクザクザクザクザクザク、と再びの音が地下に響く。




 第2層は色々(主に岩採取で)脇道を掘ったりしたせいで、微妙に迷路っぽくなっている。が、基本は大陸街道並の直線通路な訳で、ユーラリングは気づいていないが、直線距離は既に例の『ダンジョン』に突き当たったものと同程度になっていた。

 とすれば、今度もまた何かに突き当たる危険を考えておくべきなのだが――ユーラリングはその可能性を綺麗に忘れ、濃縮ポーションを平らげながら岩を加工し、ひたすらに直線を延長しているばかりだった。


「く……っ。この完全な苔味、なんとかならないのか……。苔というか、草というか、この、文字通り緑色の味……」


 多少の満腹度及び渇水度も回復できる濃縮リジェネポーションを、1Lガラス瓶1つ分丸呑みして、ユーラリングは顔をしかめる。一切の調味料が手に入らないのだから素材の味になるのは仕方がないのだが、何十リットルと飲み続けても慣れないこの味に辟易としているのも事実だった。

 昨日は「血の刻印」の生産に終始したので、今日は直線通路の延長をするためにスコップを手にする。なお通路形成の奥行だが、第1層時点では10㎝だったのが、現在は3mになっている。なので、走りながら掘り進めるのが最近のスタイルだ。

 まぁそんな無駄にアクロバットな掘り進め方をしていれば、当然すぐ止まる事などできない訳で。


「ん? なんか地面が湿ってきたよう――」


 そんな事を呟いて、しかし時すでに遅く。


「――なっだぁああああああ!?」


 ドバッ! と音がして、掘った通路の向こう側から噴き出した謎の液体に、慌てて通路を駆け戻るユーラリング。それでも完全に回避は出来ず、右足にその謎の液体を浴びてしまった。


「――っっ!!? 毒!?」


 同時に走る痛み。残念な事にすっかり痛みに慣れてしまった今ではねじ伏せて走る事が出来る程度だったが、それでも“魔王”としての耐性を突き抜けてダメージを与える毒はただものではない。

 問題は、そんな毒の水が、通路一杯に溢れだしてきている、という事で。


「……っ、行けるか!? 『落とし穴形成』!!」


 地味に上がっていたステータスでどうにか毒の水からある程度の距離を稼いだユーラリングは、通路の床に手をついて『ダンジョン』機能の1つを宣言した。ごん、と通路一杯に蓋すらない奈落の穴が口を開ける。

 階層スキップにも使える、即死効果のないただの穴。ユーラリングは迷わずその穴に飛び込むとスコップを壁に突き立てて勢いを殺しつつ、小部屋より若干深い高さに着地。


「っ、ま、に、あ、えぇぇええええ!!」


 いつしか使えるようになった『ダンジョン』の機能で第3層の通路をエディット想定形成し、薄っすら光るガイドに沿って、壁にスコップを振った。

 いつもの直線と違う、やや特殊な形状を全力で掘り進んで行く。奥行3m程が一度に掘れている筈なのに、ザクザクザクザクザクザクザク、と音が連続して響き、あっという間に、今度こそ迷路と言うべき難解な通路が形成されていく。

 そこに、先ほどの穴から、毒の水が流れ込んできた。ユーラリングを追いかけるように、落とし穴を水源の滝として、通路を侵食するように床へと広がっていく。

 通路を掘る速度と、毒の水が広がる速度の勝負。時間の感覚も失せた中、ただただひたすらユーラリングはスコップを振い続け――


「――――っは、はっ、はっ、はぁっ……!」


 重量制限によって、強制的に膝をつかされる。ぜいぜい荒い息をつきながら、『ダンジョン』のマップを開いて、見てみる、と。


「……ははっ。よし、勝った……」


 毒の水は、第3層の3分の1程を満たしたところで、その速度を秒速数㎜まで落としていた。

 今回ユーラリングが選んだ通路は、咲き誇る花弁のような、陣地取り遊びのような、半円をいくつもつなぎ合わせた形だった。ループに次ぐループは、半円の内側を上に、外側を下に、0.0数%という微妙な傾斜がついている。

 毒の水が広がっていく関係上、この階層を探索しようと通路を奥に行けばいくほど水深が高くなる設計だ。その分最も高くなる中心部分は安全だが。


「……と言っても、いつまでも安全じゃ無いからな。掘り続けないと、いつか沈む。さて、まずは……」


 しばらく呼吸を整えがてらマップを眺めていたユーラリングだが、おもむろに自分だけに見える画面を閉じた。代わりにアイテムボックスを開き、「血の刻印」の生産セットを取り出す。


「重量を減らして、動けるようになるか」

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