第3話 蛇は地中で頭を抱える
ザクザクザクザクザクザク。ひたすら土を掘る音が地下に響く。余所の『ダンジョン』への通路貫通事件から5日、これと言って動きは無い。なにせひたすらに直線の通路なのだ。広がり切るまででもそれなりに時間がかかるだろう。
「……ただ、何なんだこいつら。妙に自爆が多いというか、自分陣営同士で潰しあってるのか?」
視界端に時折流れる文章を流し見しつつ、手はとめず疑問符だけを浮かべるユーラリング(の中の人)。
そう。あの壁の向こうからやってくる外敵モンスター達だが、何故か自陣営同士で戦闘した挙句何体も倒れているのだ。あれだけの『ダンジョン』であるなら、力量に応じて支配力もかなりの物の筈だが。
「……まぁいいか、棚から牡丹餅でうまみしかないし」
理由が分からない物を考えても仕方がない、とあっさり文章から目を離すユーラリング。今や岩だろうがなんだろうがスピードを落とさず掘り進められている辺り、あの壁はやっぱり無理ゲーだったのだろう。
と、岩の塊に穴を開けて通路を形成していたユーラリング。せっせと掘り進めていると、突然体が重くなった。
「っ!? なんだ!?」
スコップの先端が変なところに刺さりそうになって、慌てて持ち直す。その間にステータスを開いてみると……そこには赤い文字で、「重量過多:強制スロウが付与されています」との無情の宣告が。
「あー……やってしまった」
全くの棒読みでそう声を上げ、ユーラリングはその場に座り込んだ。これでしばらくすれば対応スキルのレベルが上がり、ひとまず動けるようになる。
が、ひとまずはひとまず。恐らく今のペースだと数秒も持たない。どうにかしてマナを吸いだした後の土だの岩だのを消費していかないといけない訳だが……。
「生産スキルは一通り取ってる、に、しても……全部設備がないと加工できないし、魔力で生産するのは死活問題、か」
自身のスキル群を眺めながらうなるユーラリング。なお生産スキルを一通り、の時点で、ユーラリングが本来は戦争など関係なくマイペースに生産職人の道を進むつもりだった事がわかる。
実に荷物の5割を占める土と2割を占める岩を見つつ、さてどうするかと頭を抱えていたユーラリング。そもそも土と岩で何が作れるという話でもあるし、設備が無ければ生命線であるマナを消費しなければならない。
「……作業部屋を作るにしても、割り込み機能とかないからな。レベルが足りないせいか。かと言って階層一気につくるのも出来ないし……」
定石である「設備だけを魔力消費で生産する」ということも、それはそれで難しいと言う現実を前に頭を抱えるユーラリング。
これが普通のプレイヤーならば、いずれかの国に所属した時点で『倉庫』という容量無限のアイテム預り所を利用できるのでさほど問題でもないのだが……。
「『ダンジョン』の場合、それも自作しないと無い、と。……まぁ、土を入れた所で部屋が埋まるだけなんだが。というか、部屋掘ったから土が圧迫しているんだし」
むむむ、と画面と睨めっこするユーラリング。なお基本的に設備と言うのは持ち歩く事が出来ないか、出来ても非常に重い事が多い。
もちろん手持ちの道具だけで生産できる物も無い事は無いのだが、今の対象は土と岩。もちろん、非常に難しい。
「しかも、作った所で消耗品でないと無くなって行かないという問題が……」
これも当然ながら、在庫を抱えていると重量は減らない為だ。更にいうならある程度価値のある物でなければ、特殊な亜空間という扱いになる『ダンジョン』の宝箱ドロップ一覧に押し込むという手段すら使えない。
生産できる品物の一覧も一緒に並行して眺めつつ頭を抱えていたユーラリング。良い手段が思いつかなかったのか、頭を抱えたまま、思い切りため息を吐いた。
「この手段はできれば取りたくなかったのに……」
ぶつぶつ言いながら、それでも思いついた手段を実行に移すユーラリング。荷物の残り3割を占める、土・岩の中に含まれる資源に分別される一覧から鉄鉱石を取り出し、マナを消費してノミとハンマー、細工用ナイフを作り出した。
拾ったボロ布の残りを使って持ち手を滑らないように加工すると、次に取り出すのは岩。これをノミとハンマーで、無駄が出ないように、直径が3㎝ほどの円柱状に削り出していく。
そして石の円柱を今度は数ミリ毎に割り、コインのような物を量産した。細工用ナイフに持ち替えて、縁取りするようにカリカリと魔法陣の役割を果たす謎の文字列を刻み込んでいく。
それが終わると石のコインを大きさごとにいくつかの山に分け、石のコインの真ん中に、山ごとに種類の違うルーン文字と梵字を足して2で割ったような文字を刻み込んだ。
「……やりたくないがな。やるしかないな」
ここでユーラリングは思いっきりのため息を吐き、マナを消費してふるいを作り出す。土を入れてボロ布の上でふるい、ガラスの材料となる素材を拾い集めた。他を別枠でまとめて両手いっぱいほどの量を集めると、マナを使って生産する。
50mlほどのガラス瓶が3つ出来たのを確認して、ユーラリングは細工用ナイフを持ち、
「痛いんだよなぁ。背に腹は代えられないとはいえ……」
ため息を吐きつつ、ボロ布をまくった左腕に突き立てた。
「っっ!」
歯を食いしばって痛みを耐え、ユーラリングはさらに、傷口をえぐるようにナイフをねじり、手首の方に数センチ動かし、自身のステータスに「裂傷」の状態異常が表示されたところで、やっと引き抜いた。
徐々に減っていく体力(HP)を確認しつつ、傷口にガラス瓶を当ててスキルの『採取』を発動。小瓶はすぐにいっぱいになり、ガラスの栓をすることで密封される。
「いっででで……もう、ほんと、シャレにならん……」
ボロ布をきつく巻く事で『応急処置』して「裂傷」の状態異常を止めたユーラリング。それはそれとして、何故こんな文字通りの自殺行為をしたかと言うと。
「えーと……あぁ、ちゃんと素材になってるな。「魔王ユルルングルの血」と。……しかし我ながら、無茶苦茶な性能をしている」
ユーラリングがゲーム開始直後に袋叩きにされ、未だに再生する兆しの無い翼・尾・左目が奪われた理由でもあるシステムに由来する。
VRMMO『HIRO’s&SATAN’s』では、“英雄”もしくは“魔王”になったプレイヤーを倒すと、その体の一部が素材として手に入るのだ。……それも、きっちりボスクラスの、オリジナル素材が。
どういう性能かはそのプレイヤーが辿ってきた経歴によるが、それを求めて多くのその他のプレイヤーに狙われるのがこのゲームの常識。そのせいでデスペナルティにも特殊な条件が付くのだが、それは割愛する。
「……しかし、流石公式チートと言うべきか。いっそ清々しいぐらいのオールマイティさだな。自分の事だが」
そんな“魔王”や“英雄”の中でもさらに特別。生まれついての“魔王”であるユーラリングは、何もかもが不足している中、素材として自分自身の一部を選ぶことにしたのだった。
もちろん文字通りに痛い目は見ている訳だが、こうでもしなければ宝箱に入っていて喜ばれるアイテムなどつくれないのだから、必要経費だと無理やり自分を納得させていた。
「さて、とりあえず、これを『付与』してと」
血の小瓶を右手に持ち、石のコインに一滴ずつ垂らしていく。文字が刻まれただけでは0.00数%、という悲しい程の微効果しか無かった石のコインは、“魔王”の血が一滴垂らされ文字に染み込んだだけでその効果を劇的に跳ね上げた。
「一滴でコレか。全く桁外れな」
思わずユーラリングは手にした石のコインこと、「血の刻印」と正式に名のついたアイテムに呆れた感想を呟いた。1つにつき一種のステータスを一時的に上げる使い捨てブーストアイテムの上昇率は、40~50%を示している。
上がり幅にブレがあるのは品質の問題だが、普通はもっとひどい物だ。ユーラリングの場合基礎ステータスもあるが、元々生産職を志そうとしていただけあって基本的にはプレイヤースキルの高さが初めて役に立った形である。
「……小瓶1つでおおよそ100枚。この岩を使い切る頃には死んでるな。さて、どうするか……」
が、それでもどうしようもないことはあるようで。微々たる量を『ダンジョン』の宝箱枠(システム的別枠)に押し込んだだけで尽きてしまった自身の血と、それを得るための対価を考え、ユーラリングはまた頭を抱えたのだった。
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