第2話 蛇は巣穴で逃げ回る
よしよしこんなもんだろう。
そんな感じでユーラリングは、自分で掘った部屋をもう一度見回した。高い天井、広い地面。スキルが上がって、前祝いだと少ない魔力を削って奮発した白い石コーティングは厚さ10㎝。
酸素を消費しない魔法の松明で部屋は十二分に明るく、白い石の厚さを上げる事で奥まった所がステージ状に段差となっている。
入り口側の角にはそれぞれ魔力と体力をじわじわ回復する魔法のランプが設置され、奥側の角には触れれば一定時間攻撃力と防御力を上げる花をつける木を植えた。
「ふっふっふ……さぁそれでは、メインディッシュだ」
じゅるり、と涎をぬぐうふりをしながらやたらめったら含有魔力の多い謎の壁に向き直ったユーラリング。スコップの設定を通路形成に戻し、掘り進める厚さだけを自分の力依存に変える。
「……いや待て、ここまで行ったんだ。あの時点で「刺さった」んだから……」
そう呟き、通路の大きさを2m四方から4m四方に変更。さぁて、と改めて気合を入れ、慎重にスコップを謎の壁に当て、動かした。
しゅるり
「っ、キタ……ッ!!」
4m×4m×1㎜。そんな感じで掘れたというより削げたと言った方が正しい一歩だったが、得られた魔力にユーラリングは思わずガッツポーズを決めた。
そんな量でも今までの土とは比べ物にならない。ゲームとは言え、飢えて乾ききっていたところに水をぶちまけられたような充足感に思わず身震いをするユーラリング。
「っくく……! さぁ、残さずいただこうか……!!」
完全に魔王な呟きを添え、ユーラリングは目の前の壁を掘る作業に没頭した。
壁を掘り……もとい、削ぎだして10日。
4m四方という大型モンスターでも通れる通路は、現時点で2m半と言ったところ。やはり相当に無理のある代物を掘り進んでいる為なのかスキルLvもガンガン上がり、初めは1㎜削ぐのがやっとだったというのに、今は数センチを一度に掘り出す事が出来るようになっている。
「ふはは……さぁ、次の節目では何が出てくるのかなー?」
じゅるり、と涎をぬぐうふりをしながら3mを目指すユーラリング。何をそんなに楽しみにしているかと言うと、1m時点で賢者の石とミスリルの合金であるヒヒイロカネの層が、2m時点で星の鋼に結晶化したマナを調合した特殊合金であるオリハルコンの層が挟まれていたからだ。
これらの金属は非常に生成が難しい代わり、莫大なマナを保持する事が出来る。マナが多いというのはそのまま耐久度が高いという事になる訳だが、これらに含まれていたマナだけで、ユーラリングなら数カ月は生存できるだろう。
「しかし何なんだろうな、この壁。随分おいし、ではない、厳重な守りだが。遺跡でもこれはどんなレベルだ?」
残り数十センチを掘り進みつつ、流石に首を傾げるユーラリング(の中の人)。そう。あまりにも厳重なのだ。ヒヒイロカネにしろオリハルコンにしろ、性能は折り紙つき。それを種類違いで1mごとに挟んでいるなど、一体誰が作った物なのか。
疑問を覚えつつも含有マナ美味しいのテンションのまま掘り進める。3mの節目までの距離が30㎝になり20㎝になり、
ボコッ
「…………は?」
3mまで残り距離、15㎝のところで、続きが一気に掘れてしまった。思わず思考停止して、「どこかへと貫通した通路」の先を眺めるユーラリング。ぶわり、人間だと相応のレベルか装備が無ければ生存すら許されないレベルの瘴気が、一気に通路のこちら側へ流れ込んでいく。
なお瘴気とは、魔神の性質に寄った変質を起こしたマナの事である。相反する聖神陣営種族にとっては毒だが、魔神陣営種族にとっては回復したり能力が上がったりスキルが使いやすくなったりするものだ。
瘴気の流れに羽織ったボロ布をあおられ、自動的に瘴気を吸いこみ、体力(HP)に変換しているのを視界端のステータスで確認しつつ、ユーラリングはゆっくり血の気が引いて行くのを自覚する。
「……やっべ……」
半分無意識でそう呟いたユーラリングだが、遠くから地響きのような物が聞こえる事に気づいて即座にスコップをしまった。そしてくるりと踵を返すと、猛然と自分の掘った直線通路を駆け戻っていく。
しかしそれでも、どどどどどどど、という音は徐々に徐々に大きくなっていく。もちろん、いましがた通路を「繋げてしまった」方向からだ。
「しししし知らん知らない知らないぞー何にも知らないぞー苦労するなら勝手にしろさぁ早く第2層を作ってしまおうそうしよう!!」
いつの間にか上がっていたステータスとあの壁から得た魔力、そして先ほど吸い込んだ瘴気での力を全開に直線通路を入口へと逆走するユーラリング。本来ならそんな自殺行為する訳が無いのだが、今だけはそちらへ逃げるのが唯一の生存方法なのだから仕方がない。
ユーラリングが何をやらかしたかと言うと、簡単な話だ。迷宮を掘り進めるのに一生懸命になるあまり、「他の迷宮へと通路を繋げてしまった」というだけの。
VRMMO『HERO’s&SATAN’s』では、システム上は迷宮及び砦の拡張に制限が存在しない。別の制約はある為実際の所は無制限に広げ続ける事は出来ないのだが、無秩序に増改築を繰り返せば、もちろん他の街なり迷宮なり砦なりに接してしまう。
そして接したらどうなるかというと、当然その先の組織と同盟のような協力関係でも結んでいない限り迷宮or砦を奪い合う戦争が始まる。
それを回避する為に、頑丈な壁で境界線を示し、防御とする訳だが……ユーラリングはそれに気づかず掘り進めてしまった。ので、はっきり言って宣戦布告以外の何者でもなかったりする行動なのだ。
「っ、はっ、はっ、ぜい……っ」
荒い息をつきながらユーラリングは土の壁に添ってずるずると崩れ落ちる。ここは第2層最初のフロア。第1層への入り口である階段、その影に当たるように隠し階段を作り、そのまま下へ掘り進めて作った新しい階層だ。侵入者がいなかったのは不幸中の幸いか。
もう第1層には戻れないだろう。いくら“魔王”を引き当てたと言ってもユーラリングはまだまだ初心者、ヒヒイロカネだのオリハルコンだのをふんだんに防壁につぎ込めるような熟練“魔王”の『ダンジョン』のモンスターあるいは魔物なんて、遭遇しただけで死ねる。
「あー……もう、呪われているのか? 何で、あんな極悪『ダンジョン』が存在するんだ。そもそもあんな壁、どんな『ダンジョン』でも、聞いた事ないのだが……」
一応ユーラリングも、うっかりを起こさないように既存の『ダンジョン』と『独立軍』については一通り調べていた。だが、あんな凶悪仕様の壁など無かったのだ。だからこその遺跡判定だった訳だが、状況から考えるにどうやら物騒過ぎる爪を隠した“魔王”様がいらっしゃったらしい。
しばらく愚痴を吐きながら息を整えていたユーラリングだが、1つ深い息を吐くと、壁を支えに立ちあがった。幸いあの壁の材料と、そこから得たマナがある。
「これが持つ間に、多少は第2層をまともにせねばな……」
階層同士の距離は無我夢中で掘ったために覚えていないが、とりあえず最初の部屋を作ってしまうべく部屋形成モードでスコップを振るユーラリング。土の含有マナが上がっているので、それなりに深い場所に居るらしい。
せっせと四角い部屋を掘ったユーラリングは、その外側にかなりの距離を置いて囲うような通路を掘り、その更にずっと外側に同じような通路を掘った。そして部屋に戻ると、スコップの設定をいじり、小さな部屋を掘り進める。
カプセルホテル、よりは流石にマシな個室をいくつも作ると、周囲の通路からも同じように個室を作った。そしてマナを消費して、部屋の内側をちょっとお高めの化粧石でコーティング。
続けて再びマナを消費して、毛布よりはマシなベッドと薄い枕、セルフで魔力を注ぐ事で水を生み出す魔法石と水受け、微妙に消臭効果があり一応ハーブの一種である低木の植木鉢、コンロを持ち込めば簡単な調理ぐらいは出来そうな作業台を各部屋に備え付けた。
「ふぅ……。この程度だが、数を作ろうと思うとこれが限度か」
最後に各部屋に鍵(システムロック)のかかる扉を取り付けて、ユーラリングは息をついた。消費したマナはかなりの物だが、それでも安ホテルのような場所を作ったのはその必要があるからだ。
「どうにか潰しあってくれ。最低限の支援ならしよう」
今ユーラリングの『ダンジョン』、固有名『ミスルミナ』の第1層に居るモンスターか魔物は、うっかり貫通させてしまった通路の先から来た外敵である。そして数は少ないが、人間か魔物か、地上からの侵入者もやってくる。
迷宮にやってきた外敵を罠なり使役するモンスターなりで倒せば、経験値やマナ、素材等のアイテムが手に入るので積極的に餌食にしていくのが推奨なのだが、いかんせんユーラリングは他に例を見ない弱小“魔王”。そんな事できるわけがない。
なのだが、外敵同士でも迷宮の中で戦闘が起こり、倒された場合。もちろん経験値や素材その他は倒した者が手に入れるのだが、実はその一部は『ダンジョン』の主のものとなる。
なのでユーラリングは地上からの侵入者に拠点となる場所を提供する事で、第1層の外敵モンスターを倒してもらい、おこぼれにあずかる作戦に出た、という訳だ。
「さてそれはそれとして、ちゃんと時間稼ぎ用の通路も掘らないとな」
そこまで考えて気合を入れ直したユーラリングは、とんでも『ダンジョン』のあった方向と真逆の壁に向かい、またしてもひたすらな直線を掘るのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます