境界の蛇の成長記

竜野マナ

第1話 蛇は穴を掘り進める

 ザクザクザクザクザク、と、延々同じ音をさせながら牛歩のごとき遅さで歩みを進める。

 その手にはスコップ。周囲には土。頭上まで覆われた土の中で、後方だけが空間を開けている。その先は、光のほとんどないこの場所で闇に沈み、全く見通せない。

 二本の手と二本の足、人間の姿をしてひたすらスコップを振い、何故か一掘りで2m四方×10㎝の形に綺麗に掘れる穴を進む誰かは、左目に粗末な布を巻き付け、背中にボロ布をひっかけて半ばちぎれた右翼と、根元から千切れた左翼を隠していた。

 それだけでなく、腰からは骨が見えるほどボロボロの、30㎝のところでちぎれた尾が生え、力なく揺れていた。


「あいつら、本当に、覚えてろよ……開始直後に袋叩きとか、鬼どもめ」


 八つ当たり、というか、持てる感情の全てを目の前の土にぶつけるようにスコップを振いながら、呪詛のような呟きが零れた。ただその声もガラガラに乾き、呼吸ごとに咳き込みが混ざる。

 満身創痍と言っていい誰かの名は、ユーラリング。


「この名前にしろと言ってきたのも、全部罠だったな、あのクズ」


 強制的に【魔王:ユルルングル】と『ダンジョン』、固有名『ミスルミナ』を押し付けられることになった、VRMMO『HERO’s&SATAN’s』を始めたばかりの、初心者(聞きかじりの事前知識有り)だ。




 VRMMO『HERO’s&SATAN’s』の世界観は、人間と魔物の2種族による終わりの無い闘争が続いている、場所による荒廃と繁栄の違いが激しい4つの大陸と1つの島だ。

 その中でプレイヤーはそのいずれかの種族を選び、人間ならば英雄を、魔物ならば魔王を目指し、ランダムで与えられる『素養』に添って、敵対勢力との戦いを繰り返す、対人要素の強いゲームである。

 またそれぞれの大陸には人間と魔物の国があり、一定条件を満たせば所属する事が出来る。もちろん同種族同士であっても国同士の対立は存在し、大規模戦闘もしょっちゅうだ。

 国以外の集団・組織には2パターンあり、1つは“英雄”級にたどり着いた人間が立ち上げる事の出来る『独立軍』。もう1つは“魔王”級にたどり着いた魔物が作る事の出来る『ダンジョン』だ。

 拠点として『独立軍』は砦を、『ダンジョン』は迷宮を保持でき、有名どころになると小さな島一つ分の範囲で、下手な国を上回る防衛力と生産力を誇る。


「っ! 痛っ……治るまではこの調子か、治るのがどんだけかかるか不明だが」


 さてそんな普通のプレイヤーからすれば十分廃人の証である拠点だが、極稀にランダムで与えられる『素養』が、初めから“英雄”もしくは“魔王”である事がある。

 本当に極々稀な話なのだが、ユーラリングはその例外を引き当てた。ある程度はこのゲームにのめり込んで現実を放棄したとある知り合いのせいで合っているが、それでも本人の運が関与しているのは否めない。

 普通の初心者プレイヤーであるユーラリングは、ログインして早速全身に走る痛みに顔をしかめた。言っても仕方がないどころか悪化するので、ひたすら直線に掘り進んだ通路の終点に向き直ると、再び迷宮形成用のスコップを振う。


「初心者の迷路なんて時間稼ぎにもならないのは承知の上。だったら最初から全力で時間稼ぎに走るまでだ。辿り着けるものならやってみろ、物理的に」


 ユーラリングは知り合いの襲撃から重傷を負いながらも何とか逃げ出し、特別故の特典も含めたひたすらな逃走の果てにたどり着いた場所に、ヘルプを見ながら『ダンジョン』を建設。

 時間稼ぎの為に、また『ダンジョン』が大きく成る事で得られる力で生き延びる為に、ひたすらただただ物理的に時間のかかる直線を掘り続けている、という訳だ。

 ザクザクザクザクザク、と掘り続け、もう既に現実時間で1週間が経過している。最初こそステータス的な問題で掘っては休み掘っては休み、だったのが、同じ行動を繰り返す事でスキルが上がり、今やログイン時間3時間中、ぶっ続けで掘り続ける事が出来るようになっていた。


「ふはは、寸分たがわず同じ景色にループを疑って途中でぐるぐる回っているがいい。正真正銘ただの直線通路だがな。ふはははは」


 実はその間、例の知り合いとは無関係らしい侵入者が居たのをユーラリングは知っている。視界端の窓に流れたインフォメーションは、しかし侵入者が何もできずに餓死寸前で辛くも脱出した経緯が繰り返されていた。

 ユーラリング自身にも飢えと乾きは牙をむくのだが、『ダンジョン』に居る“魔王”には色々な補正と言う恩恵がある。その上、現在のスピードでの『ダンジョン』の拡張で力が得られ、レベルアップでの回復分が消耗分を僅かに上回っているのが現状だ。

 体力(HP)、満腹度、渇水度の他にもステータス全体が底上げされているのだが、常に生きるか死ぬかの瀬戸際にいるユーラリングはあまり気にしていない。


「1週間×3時間で21時間か。たしか高速移動をする為の装備や道具もあった筈だが、流石に到達は無理がある筈だ。歩いて進んでいるところを走り抜けたとしても、10倍以上の速度が出る訳も無し」


 ふはははは、と魔王そのものな笑いを零しながら直線通路を掘り進めるユーラリング。なおさっきから口調がおかしいのは、|VRMMO『HERO’s&SATAN’s』《このゲーム》ではロールプレイしていた方が色々お得だという情報を聞きかじっていたからだ。

 実はこの通路既に下手な大規模街道並、つまり国と国を繋ぐ大動脈レベルの直線となっているのだが、本人はそれを知らない。ひたすら掘り続けていたユーラリングだったが、不意に、ガツッと音がしてスコップが弾かれた。


「ん?」


 今までにない手応えに流石に手を止めるユーラリング。何だ? と思いながら目の前の壁を基本習得しているスキルで「調べて」みると、そこには妙な表示が浮かび上がっていた。


「なんだこれは……材質不明、強度不明……はぁ!? 含有マナいちおくろくせんまん!!?」


 含有マナとは文字通りの意味で、物に含まれるマナというエネルギーの事だ。人間はがなくとも多少魔法が使いにくいだけで済むが、魔物は無ければ死んでしまう必須エネルギーである。

 逆に魔物はマナを満腹度や渇水度にある程度変換する事が可能で、ユーラリングが今現在も無補給で生きていられるのは、迷宮作成の為に土を掘り、含有されているマナを吸い上げているからだ。

 ちなみに魔法を使う為に必要なパワーはオドと言って、こちらが通常のゲームで言う所のMPとなる。VRMMO『HERO’s&SATAN’s』ではその略称からOPと表記されている。ただ、主に人間にとってはどちらも差が無いので、まとめて魔力と呼ばれたりしているが。


「おいおい待て待て、何だこの桁。いち、にぃ……数え間違ってないよな、一億六千万……うん、合ってる」


 思わず何度か表示を確認するが、とんでもない数字に変化がある訳でも無い。なお今まで掘ってきた土は地表からそんなに深くもない為、10~30だ。そこに来て、この、文字通り桁外れな含有魔力。


「…………なんか遺跡とかそんなんかな。地面に埋まってる訳だし……入り口の1つでも掘り出せたらこれ勝ち組では?」


 ついぽろっと中の人が顔を出しているが、既に“魔王”の『素養』を引き当てているだけで十分勝ち組である。それは棚に上げるユーラリングだった。


「とりあえず表面削るだけでも当分生きていけるっぽいから削り出し決定。と、し、て……うーん、「刺さった」から、もうちょいだと思うんだけどな」


 そういうユーラリングが見るのは、謎の壁に出来た1つの傷だ。先ほどスコップの先端が当たったために出来たものだが、この直線通路の途中で岩だのなんだのを掘り抜いてきた感覚から判断で、「刺さった」物はもうちょっとだけ『採掘』スキルのレベルが足りない物である。

 という事で、


「どうせだし、豪勢に行くか」


 ユーラリングはこの壁を基準として、部屋を掘る事にした。スコップの設定をいじって「部屋モード」にすると、横の壁の上の方を掘る。

 すると、1m四方の立方体に綺麗に穴が開いた。その高さのまま横移動して、10m程。そして壁をよじ登って穴に入ると、今度は上へスコップを突き刺す。同じように1m四方の立方体に土が掘れて、あとはその繰り返しだ。

 ザクザクザクザクザクザクザク、という音は、まだまだ続く。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

毎日 19:00 予定は変更される可能性があります

境界の蛇の成長記 竜野マナ @rhk57

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ