第6話 蛇は廻路に水を引く
侵入者が滝の近くから動いていないのをいい事に、既に掘った通路を駆けるユーラリング。マップと淡く光る壁を頼りに、文字通り駆けずり回るように赤地に白抜きの!マークを潰していった。
何度か行動を読まれたようなタイミングの魔法をギリギリで回避し、潰し切った、と思ったら再び現れる赤地に白抜きの!マーク。
(まだあるのか!?)
と思ったが、もうこれに賭けるしかない。再び通路を駆けずり回り、半円の形が連なった一部に、四角い凹みのような部屋を作り、真ん中に台座のようなものを形成していく。
一部の!マークは既に毒の水の半径に入っていて、魔法も精度の高い待ち伏せは完全に回避できず、痛みで意識が朦朧とするような錯覚の中、それでもユーラリングは掘りつづけた。
「……っ!」
最後の1つを掘り終えると、今度はずっと遠く、外周部分に出る赤地に白抜きの!マーク。勝手にエディット(想定形成)に追加されたそれは、大きな部屋のようだ。
何が起こるのかさっぱり分からないが、それでもユーラリングは駆ける。魔法を避けて予定地点へ辿り着くと、スコップの設定を部屋モードの最大にして、一気に掘り進んで行く。
さっきまでより若干長い間をおいて、部屋一杯に魔法陣が描かれていく。逃がさないように範囲と威力を上げたのか、描かれる速度が遅い代わりに、その輝きは強い。
「――っっ!」
だが。
「――――っはぁあ!!」
一手。
“英雄”よりも“魔王”の方が、速かった。
――Du, Herr der tief greifender.
――In seinem Antrag zu beantworten.
――In seiner Einladung Jubel.
――In seiner Fähigkeit, respektieren.
――Und seine Glieder zusammen mit Schild und Schwert.
――Mein Name ist Hydra. Gift Wasser in Marine wäre Schlange.
「――……、はっ!?」
銅を鳴らすような声が響いた、と思ったら、強制的に意識を落とされた(ログアウトを食らった)ユーラリング(の中の人)。中の人がついでだからと軽食その他の用事を済ませて目覚める(再びログインする)と、そこは最後に掘った部屋の中央だった。
形成した覚えのない、円形のステージのような場所は苔色の柔らかい石でできていて、何だこれ、と思いつつ、半分無意識にステータスを開くユーラリング。
その中に新たな項目が増えている事に気づいて、そのまま開いてみた。
「……『配下』が増えてる」
それはユーラリングの特殊極まる経緯によってずっと空白だった枠の1つであり、VRMMO『HERO’s&SATAN’s』において、ほとんど必須と言っていい機能だった。
『配下』とは、基本的には捕獲したモンスターや傭兵NPCとの契約により、防衛や戦闘に力を貸してくれる存在だ。またプレイヤー同士もこの機能を使って主従関係を結ぶことが可能であり、正確には『配下/首領』システムだ。主従で同じパーティや組織に所属した際にステータスボーナスが入ったりする。
基本的に種族間戦争が続いているこのゲームにおいて、『配下』としての契約はそれぞれへの信頼の証であり、また反逆などのペナルティが重めな行動に対する安全装置の役目を果たすこともある。
よほどこだわりのあるソロプレイヤーでもない限り最低でも数人(数体)は契約しているというメジャーな存在であり、それこそ廃人の証である“魔王”や“英雄”ともなれば、NPCやプレイヤーを問わず、数千人単位の『配下』を抱えていることも珍しくない。
とは言えユーラリングはチュートリアルで初期スキルを選んだ直後、廃人プレイヤーたちに殺されかけている。しかも生きる為に『ダンジョン』に引きこもり、外界との接触を断っていた為に、そんなチャンスはゼロだ。
そこに現れた、ナニモノか。なんじゃこりゃ、と呟いて、詳細を確認する。
「……Hydra……えーと、翻訳、ギリシャ語? で、Hydraだと……ハイドラ、水蛇――」
ログを確認して、聞こえてきた銅が鳴るような声の内容を引っ張り出し、それをダウンロードした翻訳ソフトに突っ込んで言語を確認。訳されなかった名前の部分を自分の頭の中の知識と照らし合わせて、正体を導き出す。
「――ヒュドラ。ヘラクレスの難業の2番、無限の生命と再生力を持ち、その身の毒で後世まで永くその名を響かせる、古の毒竜……」
『~~~~~っっっ!! すまんあるじ、それはさすがにこそばゆ過ぎるんだが……っっ!!?』
「!!?」
情報整理の独り言のつもりだった内容を聞いたらしい声と、ざばばばばっという水の下で何か大きなものが暴れているような音に、その場で思わず飛び上がるユーラリング。
何事!? と突っ込む間もなく、ぴたりと水音がやみ、
『……いや、だめじゃん、喋ったら……』
今度は、痛恨のミスを自覚した、沈みきった声が聞こえる。と同時に手元の画面から、ヒュドラの名前が不可視化された。疑問のままに色々触っても、無情に『この情報は閲覧する事が出来ません』というシステムメッセージが表示されるのみだ。
それでもあちこちとメニューから何から調べまくってみて、ユーラリングはため息を吐きつつ結論を出した。
「……居る、のは、居る……のか。ただ、一切の接触や指示が出来ないだけで。で、その原因が、主(“魔王”)側の実力不足、と……」
会話が成立する怪物というのはそれだけでランクが1つ2つどころでは無く跳ね上がる。黙ったままだとギリギリ姿を見れて簡単とは言え指示も出せただろうところを、うっかり喋ったせいでランクが隠蔽できなくなり、制御不能とみなされた、というところだろう。
ため息を1つついてメニューを戻したユーラリングは、頭上を見上げた。右目だけで見上げる先は、明らかに自分で掘ったものよりも高い。
アイテムボックスから岩を取り出し、ざっくりボールのような丸い形に加工、かりかりと魔法陣を刻み込む。そこに自分の血をつめた小瓶から血を一滴付与して、スコップの設定をいじる。
「さてこれで行けるはずだが……」
じ、と暗く沈んでいる天井をもう一度見て、ユーラリングは出来るだけ真っ直ぐ石を放り上げた。重力に従って落ちてくる石に狙いを定め、スコップを振りかぶり、
「せー……のっっ!!」
スカーン! と真上に打ち上げた。ステータス補正もあり、綺麗に真上へとすっ飛んで行った丸い石。その行方を見守ることなくユーラリングは高台の端に寄り、1Lガラス瓶入りの濃縮苔ポーションを一気飲みした。
もう例の壁から得たマナは使い切っている。どうにかある程度まで体力(HP)を回復してユーラリングは覚悟を決め、高台から飛び降りた。毒の水がしっかり溜まっている為、ばしゃん、と音がする。
「――――っっっ!!」
水の高さは膝上ぐらいまでだが、ユーラリングには千切れかけの尻尾がある。足全体に加え、尻尾の傷の痛みに一瞬意識が飛びそうになるが、根性でねじ伏せて走り出した。
ばしゃばしゃばしゃ、根性で水をかき分けて走るその後ろで別の水音がしたような気もしたが、そちらに割いているほど意識に余裕はない。地図で確認しつつ、少しでも水深の浅い方へ。
その後ろで既に遠く、ドォン、と爆発音がした。数秒後、……ザァー、と滝のような水音がする。
「よし……!」
ガリガリ体力(HP)を削られつつ、どうにか水深がすねの半ばぐらいの高さの場所まで移動したユーラリングは、その音を聞いて小さく呟いた。
何をしたか、というと、地表にあるらしい毒の沼に、もう一つ穴を開けただけの話だ。ただ深さは増している筈なので、滝の勢いはさらに強いだろうが。
もちろんユーラリング自身にも毒の水は牙をむく。カテゴリ的にはこれも外敵なので。それでも毒の水の満ちる速度を上げたのは、配下に加わったヒュドラに全力を出させるためだ。
「ふふ……かき消せ、飲み込め、湿気よ水よ。いかなる炎とて、火花のように、儚く、弱く、塗り潰せ……」
くすくす笑いながら、呪詛の歌を零して走るユーラリング。そこに例の“英雄”パーティの魔法職に、散々炎で追い回された恨みが無いと言えば嘘になる。
体力(HP)が残り1割を切っては濃縮ポーションを一気飲みして、痛みに全身の感覚が麻痺してきた錯覚すら覚えながら、ユーラリングが目指したのは迷路のちょうど反対側。
再び傾斜を駆け下りてしばらく平らな地面を移動し、最大縮小表示のマップでヒュドラの部屋の対角に移動したユーラリングは、スコップでほとんど全く同じ部屋を掘り上げた。
「えぇと、どうするんだったかな……こうか」
その部屋の入口で、ヘルプを片手に確認しながら扉を設置。残り少ないマナをつぎ込んで「鍵」をかけた。それもランダム転移からすら部屋を守る、ほぼ最高級の「鍵」だ。
それはこの階のボスを倒さなければ開かない、という「鍵」(呪い)。……無事かかったので、認識できないだけでヒュドラとの契約は有効という裏付けにもなった。
「それは、ともかく……」
ザクザクザク、部屋から次の階へ繋がる階段を掘りながら、重量制限を気合で無視したままでユーラリングは呟いた。
「マナを、何とかしなければな……」
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