第7話 蛇は穴倉で土を練る

 ザクザクザクザクザクザクザク――。

 そんな音がするのは第2層。岩を求めて乱雑に掘った通路はユーラリングが思った以上に難解な迷路になっているようで、それ以外の仕掛けも相まって、一応の安全をもたらしていた。


「さすが伝説級。毒の水が100%になるだけで、これだけ瘴気が湧くか」


 その仕掛け、というのが、階下ショートカット穴という通称の落とし穴だ。設置するのに必要な魔力が少ないのもあり、第2層と第3層の通路が重なった時に出来る限り配置していたユーラリング。

 最初は単なる移動手段だったのだが、第3層に毒の水が全域に(傾斜による深さの差はあれど)行きわたって以降、そこから瘴気が這い上がってくることが判明。

 もちろん第1層に徘徊しているモンスターの出所である他所の『ダンジョン』の足元にも及ばないが、ユーラリングの延命には一役買っていたのだった。


「宝箱設置も第3層だからなぁ……くくく、欲望に釣られてヒュドラの縄張りに沈むがいい」


 完全に魔王ですありがとうございました――。そんな事を言われそうな独り言を言いつつ、ユーラリングは岩を掘る。宝箱が回収されるようになると「血の刻印」の在庫が減っていくという事で、つまり身軽になるという事だ。

 まぁ今までに作った分が作った分なので、そうそう減っては行かないのだが。更に言えばヒュドラは本気で強く、倒された侵入者たちのドロップ品が圧してきている。

 あっちこっちが繋がり、リアルタイムで侵入者の動きが表示されるマップを見ながらであれば迂回もやり過ごしも自由自在となった第2層。さくさく移動して第3層の、「鍵」のかかった部屋に引っ込むユーラリング。


「さてまずは「血の刻印」を目いっぱい、と」


 相も変わらず緑味の濃縮苔ポーション(1Lガラス瓶入り)を一気飲みして、ガリガリと岩を削り、コインのように成形し、魔法陣を刻み込んで血を付与していく。満ちる瘴気のお陰である程度の傷は再生する為、作業の負担的にはかなり楽になった。

 荷物の2割を占めていた岩を全部「血の刻印」に変えてしまうと、次に取り掛かるのはドロップ品の選別だ。ポーションや食料はそのままその場で使って(食べて)しまい、装備品はランクごとに仕分け、標準以下は全部解体してしまう。

 なお水袋があった場合は自身の血を付与して強化加工しそのまま使う。何に、と聞かれれば、そのまま……毒の水の、採取にだ。


「しかし、生産部屋がここで大丈夫だったんだろうか……」


 「鍵」付きの扉を閉めてもお構いなく侵入して、真ん中の高台部分以外に満ちる毒の水。素材として採取できるそれを腐り落ちないよう強化した水袋でくみ上げながら、ユーラリングは振り返った。

 高台には、侵入者を撃退する事によって手に入るマナをつぎ込んで作った、複合炉、作業机、回転台などの生産設備が並んでいる。どれもこれも質素の域を出ないが、ユーラリングにとっては命とほぼ同等程度には重要な物だ。

 こういう「私物」は侵入者が必ず通る関門部屋ではなく、巧妙に隠した秘密の部屋に設置するべきなのでは、という考えが離れないユーラリングにとって、この場所への設置はかなり苦渋の決断だった。


「……まぁ、ここ以上に安全な場所がないから、仕方がないな」


 が、その理由はお察しの通り、という奴だ。この間の“英雄”パーティの突入で思い知った『ランダム転移』からの遭遇戦の恐怖。それは未だにユーラリング(の中の人)が夢に見て飛び起きる程度にはトラウマになっている。

 とりあえずその考えを頭を振って追い出すと、毒の水が入った水袋をアイテムボックスにしまい、回転台に向かうユーラリング。その脇に積み上げられている道具・器具類から子犬用プールのような四角い箱(岩製)を引き出すと、土と毒の水を投入した。

 同じく岩製の混ぜ棒でかき混ぜていく。毒の水の特性か粘りが出てくるまで根気よく続け、第3層に生えるようになった、対毒効果のある鬼火のような花から作ったポーションを飲んで、一塊ごと手でこねていく。


「……む、なんか刃物の欠片発見……」


 その合間合間に土の中に紛れ込んでいたゴミ(素材)の類を除去していき、塊になったら今度は網にこすり付けていく。ふるいと同じ目の網に漉されてガラスの材料を始め有用な資源を振り分ける事を数回繰り返し、綺麗な土団子になるまで練って横に置く。

 それを箱の中身が無くなるまで繰り返し、回転台の上に泥まみれの板(岩製)をセット。土団子を1つ上に乗せて、毒の水を足しつつ滑らかになるまで練り直す。


「悲しいが手回しなんだよな……回転を溜められるだけまだいいか……」


 そして回転台に動力を溜めて、スタート。ろくろで陶器を形作る手順として、まずは細長い円柱状に粘土モドキを伸ばし、途中をすぼめてくっつける。バランスを崩さないよう細心の注意を払いながら、直径10㎝ほどの球が7つほどできたところで慎重に停止。

 球を1つずつ糸で切り離して断面に1か所だけ穴を開け、耐熱陶器の板(魔力製)に並べ、土団子を同じように加工。一杯になったら(余った分は潰して次の土団子に混ぜる)潰さないように炉まで持って行って、焼成。


「これが難しいというな。まぁ焼き物の価値が高いのはそういう事なんだが」


 少なくとも3割(初期の頃は6割)が割れて使い物にならなくなる素焼きの球を取り出して冷まし、その間に毒の水からきれいな水を取り出した残滓を加工した釉薬モドキを準備。

 内側と外側にまんべんなく釉薬モドキを流し塗り、今度は耐熱網(魔力製)に乗せて、もう一度焼成。ここでも平均2割がダメになるが、更に血を混ぜた釉薬モドキで魔法陣代わりの模様を描き、更に焼成。


「それでもって4割ぐらいは使えない、と。最初30個あったのが1桁とか、正直端材の再利用法がなければやってられん」


 なお端材の利用法とは、砕いて粉にするときれいな粘土になるというものだ。更に付け加えるなら、土をとにかく消費したいだけという理由でなければやろうとは思わなかっただろう。

 そうやってとにかく焼き物の球を作り続けるユーラリング。血入りの釉薬が無くなれば手を止めて、端材を砕き粉にしていく。もちろん釉薬をかけた物とかけていないものは別だ。


「まぁ、スキルレベルが足りないから使えないんだが」


 独り言を言ってきれいな粘土をアイテムボックスにしまい、作業台から続く調理台へと向かうユーラリング。第2層を掘る際に大量に確保しておいた苔を取り出し、ざばざばと洗い始めた。

 水源はさっきから山ほど作っていた陶器の球と同じもの。これは中に入れた物を時間経過で増幅する効果があり、一度水を入れてしばらく放置していれば、普通に洗浄用として使う分は十分に賄えるようになるのだ。当然残りは宝箱行きだが。

 苔を丁寧に洗って刻み、大鍋に投入。軽く山盛りになるまで投入すると毒の水から抽出した水を8分目程まで投入して、複合炉の方に持って行って火にかけた。そのまま、木べら(土の中の倒木製)でぐるぐるかき混ぜていく。


「ここに砂糖とまで行かずとも、塩とかハーブとか入れられたら違うんだろうけどな……」


 苔オンリーの緑色の味を思い出してため息を吐きつつ、苔がどろどろに溶けて原形が無くなるまで煮込み続ける。中身が半分を切れば苔と水を追加投入して、更にひたすら煮込む。

 大鍋一杯が全て一様にどろどろの緑になれば、火からおろしてかき混ぜながら粗熱を取る。触っても問題ないくらいに冷めた所で、1Lガラス瓶に分け入れて、蓋をして完成。アイテムボックスに放り込む。

 ついでに(食料区分である為)耐久度が迫っているものがあれば飲んで処理。ガラス瓶は洗って再利用する。毒の水が入った第3層には主に対毒の薬草が生えてきていたので、それを使ったポーションを作成。


「確か砥石って作れた筈だが、どうだったか。マナ作成だったらパスだが」


 それらが終わると、今度は標準越えの装備品の鑑定と、可能な限りの手入れに移る。とはいえ道具も設備も無い無い尽くしなので、大抵の場合検分に留まるが。

 そしてそれらを終える頃にはいい加減な時間が経っている。ユーラリングは寝る(ログアウトする)為に、第4層への階段へ向かった。


「本日もお疲れさま、自分、と……」


 第4層には何がある訳でも無い。最初の部屋どころか、まともな空間すら掘られていなかった。第3層から第4層へ移動する階段が、途中で窪みに変わっている。辛うじて高さ的には第4層という、それだけの穴。

 それもその筈。そこは黒っぽい岩の塊で、つまり何らかの岩盤か、良く言って鉱脈にぶち当たってしまったことを示していた。『採掘』スキルだけが桁外れに跳ね上がっているユーラリングとはいえ、システム的な区分が違う岩盤に穴を掘る事は流石にできず、このありさま、という訳である。


「しっかし、なんなんだろうな、これ。正体不明とか。訳が分からん。やたらめったら硬いし。……スコップがツルハシになれば、どうにかできるんだろうか」


 生産に打ち込んでいるのもこの岩盤が原因だ。逃げ込む先が作れないのであれば、その前で散々に迷ってもらわなければ危険である。

 ヒュドラがいると言っても“英雄”にもピンキリで、つまり誰かが本気出せばあの扉ですら突破されてしまう。ユーラリングは出来うる限り死にたくないのだ。それは中の人の本音であり、同時に、開始直後に酷い事をしたあの廃人(バカ野郎)に対する意趣返しだった。


「……あの時、仕留め損なった事。あれが最初で最後のチャンスだったと、心の底から後悔させてやる……」


 完全に魔王のそれである怨嗟を吐き、ユーラリングは岩盤の窪みで、眠りについた(ログアウトした)。

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