第8話 蛇は穴倉で話を聞く

「…………今日も頑張るか」


 くぁ、と欠伸をしながら目を覚ました(ログインした)ユーラリング。岩盤の窪みから身を起こすと、ほてほてと階段を上っていく。ヒュドラへの信頼で警戒も何もなく地下3階へと戻り、


「こんばんは、迷宮の主よ」

「!!?」


 かけられた声に足を踏み外し、ごろごろごろ、と階段を転げ落ちた。


「……さすがにそこまで警戒されると、こう、微妙なんですが」

「セールスなら帰れ」


 結果、階段のある穴から防御術全開待機で顔の端だけのぞかせたユーラリング。マジシャンのような恰好をしてシルクハットに手を添えている何者かは笑顔のまま何か考えていたが、こほん、と咳払いして切り替えたようだ。


「まぁいいです。いいとします。さて、迷宮の主よ。呼びにくいのでお名前を窺っても?」

「直球か。名前な。久しく呼ばれてないんでさて何だったか。…………そう、だな。リング。リングでいい」

「リング様と。なるほど、良いお名前です」

「ほんの一部だがな」

「おやこれは手厳しい」


 若干会話がわざとらしいが、これはVRMMO『HERO’s&SATAN’s』の仕様に由来する。名前に対する魔法というものが結構な種類ある上に、その結果は割と致命的な事になる。“魔王”ともなればその扱いには一層の注意が必要だったりした。

 ともかくその儀式にそって名乗ったユーラリング。もちろん次は相手の手番だ。


「さて、我が迷宮に、それもわざわざそんな大層な術を使ってまで来た汝は何者か」

「その格好で言われても、いえ何でもありません。私はセルートと申しまして、偉大なる“魔王”にして『天地の双塔』の主、通り名をサタニス様にお仕えする一魔族でございます」


 サタニス。その名に、顔には出さず警戒を跳ね上げるユーラリング。もちろんどちらの名も通り名だが、それはあまりにも有名な、天高くそびえたつ塔の主である“魔王”の名前だった。

 それと同時に今の言葉からして地下にも塔を持っており。……結論から言えば、ユーラリングが第1層の通路を繋げてしまった、あの『ダンジョン』の持ち主だ。

 さて何の用か、というか、いよいよ持って消しに来たか、としか思えないユーラリング。僅かに右目が眇められたのをもちろん見て取ったのだろう。セルートと名乗った『配下』は、シルクハットを軽く持ち上げ、同じく軽く続ける。


「いえいえ、まさか。サタニス様が攻撃するつもりであらば、もっと派手に大群で持って蹂躙なされますよ。本日は別件。むしろ、同盟と引き換えの依頼でございます」

「…………見ての通り弱小なものでな」


 ぎりぎりのところで返答しながら、頭はフル回転させるユーラリング。依頼、という事は、この『ダンジョン』の何かがそのサタニス様とやらの琴線に触れたという事だろう。

 しかしモンスター達が徘徊しているのは第1層のみだ。……第2層にも徘徊範囲を広げろと、そういう事だろうか。そして敵対状態のままでそれでは不安だろうから、同盟に入れてやろう、と。

 一応筋は通る。ユーラリングからしてみればこの同盟、ありがたい以外の何者でもないのだから。それをもちろん知って、しかしセルートという魔物は、意外な事を口にした。


「我が主の迷宮と繋がった場所の大部屋。ネームド達がどうもあの部屋をいたく気に入ったようでして。1つきりだと命を懸けて奪い合うため、我が主にとっても無視できない損耗なのですよ」

「それは光栄な、とでも言っておくべきか? それ以上に、争い合えるほどのネームドを抱えているという時点で恐れ入るが」

「お褒めにあずかり恐悦至極。なのでリング様には、部屋の増設をお願いしたいのですよ。設計図と全体図は、これここにこのようにありますので」


 すっ、と提示された紙の束。簡単な風の魔法で手元にやってきたそれを、ユーラリングはざっと流し見た。地下一階の全体図から始まり、部屋の小物の指定まである。

 が、厄介とはいえ不可能では無い。見た範囲では日付の指定も無かった。もちろん急いだ方がいいには違いないだろうが。


「……なるほど。こちらとしても不都合はない。流石に時間的猶予は貰いたいものだが」

「もちろん期限等ございません。その設計図通りの迷路の完成と、同盟の参加が引き換えでございますれば」


 期限なし。成功報酬は超大物魔王との同盟。うまい話もあったものだ。



 ……だがあれからユーラリングも色々調べた。サタニス、役の名は【サタン】という“魔王”(廃人)は刹那主義の癖して凝り性で、いつだって作り出した『ダンジョン』への挑戦者を求めているし、鍛え上げた『配下』の実力を測る機会をうかがっていると。

 試行錯誤が大好物らしく、強くなりすぎた事を嘆いている節もあるとか。双塔と言っていたが、実はあの『ダンジョン』、最近まで「上半分」しか存在が知られていなかったのだ。

 塔の頂上には滅茶苦茶に強い堕天使種族の『配下』が居て、それがどうあがいても無理ゲーなのだと。恐らくは、それを突破すれば「下半分」に行けるのだろうが、どんな最強パーティでもあしらわれてしまって、突破不可能認定されていた。

 そこへ高さ的に向こうも第1層だろう、簡単に侵入できる大穴が開いてしまえば。そこから「下半分」に挑戦する者は、ここぞとばかりに殺到するだろう。そしてそれは、かの“魔王”(廃人)の望んでやまない展開である。



 シミュレーションが大好物の廃神プレイヤーに、ボーナスステージを提供したようなものだ。それが分かった時ちょっと複雑な気持ちになったユーラリングだったが、それならすぐに滅ぼされることは無いだろう、と、ほんのり安心したのだった。

 だからきっと、この依頼に裏は無いし同盟も多少の上下はあれど下僕化は無いとみて良い。なにせ、既にあちらは報酬を半分手に入れているのだ。


「……承知した。この設計図に寸分違わぬ迷路を構築する事、約束しよう」

「だからその姿勢で言われましてもいえ何も。それは行幸、迷路の完成をお待ちしております」


 そう判断して了承の意を返すユーラリング。一瞬突っ込みかけたセルートだったがすぐに自制し、うやうやしく頭を下げて見せた。


「ところでリング様。私とある副業を行っておりまして」

「……?」


 見せた、ところまでは良かったのだが。


「それもこの見目通り、奇術を元にした魔法を扱えまして、それがとある用法にとても便利なのだと。そう大受けしておりまして」

「…………」


 じり、と下がったユーラリングを誰が責められよう。セルートは気のせいか、一瞬ユーラリングを憐れむようなまなざしを向け、しかし容赦なく言葉を継いだ。


「これこのように――主に、一度に大量の人物の移送、とか」

「出てけ二度と入って来るな馬鹿者――――!!」


 瞬間に『ダンジョン』の主たる“魔王”の権限である『強制排除』を発動したユーラリングだったが、本人はともかく発動した術には間に合わなかった。音を立てて削れたマナと体力(HP)を無視して、ユーラリングは階段を駆け下りる。

 やってきたのは間違いなく“英雄”級だろう。それ以外考えられない。だがしかしこの先は岩盤だ。どうする、と頭をフル回転させたユーラリングは、窪みにつくと同時に、スコップの先端を当てて、集中した。


「……いける。大丈夫。オドが浸透するのに、数秒時間がかかるだけだ……」


 自己暗示のように呟きながら、スコップをかいして岩盤にオドを注ぎ込んでいく。鎧がこすれるような音はまだ遠い。どの順番で進むかを話し合っているのか。意図は分からないものの、貴重な数秒を使い切って、ユーラリングはとある機能を起動する。

 ……それは、宝石の母岩のような、中に傷つけては意味のなくなるものを含んだ物を取り出す為の機能。第2層では正しい用途に使われているそれを、ユーラリングは今、間違った用途に応用していた。


「――『岩塊取出し』」


 それは、岩系素材の「塊での採取」。丸ごとを魔法でごっそり取り出すそれを、ユーラリングは岩盤あるいは鉱脈に使用した。

 その結果何が起こるのか、と、言うと。


「ふぐっ!!」


 遠く遠く、地下の土に叩きつけられ、ユーラリングは変な声を上げた。自分の『ダンジョン』の中で事故は起こらない。体力(HP)的には無傷のまま、実際は数値不明になるほどの重量制限で立つ事も出来ない状態で、どうにか、這うようにその場を離れる。

 視線でメニューを開き、赤く点滅するアイテム欄を無視してマップを開く。第4層に移動すると、もう笑うしかない光景が広がっていた。


「……どれだけ、だった、のか。この、岩塊は」


 ただただ、だだっぴろいだけの大穴。どんな英雄であろうとも落下死不可避の、洞窟と言ってもまだ足りない、超巨大な空隙。

 それが、ユーラリングの『ダンジョン』、『ミスルミナ』の、第4層の姿だった。

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