第9話 蛇は地の洞で這い蹲る
力なく辛うじて動く程度の右腕一本で、虫が這うような速度で移動を続けるユーラリング。流石に岩盤(もしくは鉱脈)をそのままアイテムボックスに投入しただけあって、スキルがうなぎ上り、いや、鯉の滝登りで新境地に達せそうな勢いだ。
にも関わらず負担は一向に軽減されないのだが。ちなみに今も生存できているのは、この第4層の下半分が転移・魔法禁止だと知らず突入して落下死した“英雄”級たちのマナがあるからだ。
「……ふ。さすが、桁外れ……落とすマナも、相当だな……」
なおドロップした中の食糧やポーションはきっちりいただいているので、飢えと乾きにマナを使っている訳では無い。
補足説明だが何故まともな戦闘もしていないのにポーションを片端から使っている(状態異常回復・経験値アップ除く)かと言えば、まず回復系は単純に全回復しないからだ。尻尾・翼・目が奪われた影響で上限が下がっていて、それを突破した分はそれらの再生に使われる。
で、ステータスブースト系は【魔王:ユルルングル】としての特性だろう。上昇したステータスの内、数%は恒久的な能力アップになるのだ。同じブースト率のポーションでも上昇率が違うため、効果時間も計算に含まれるらしい。
それに加えて多少の渇水度の回復もする為、長い間飢えと乾きをマナで耐えていたせいか、やたらめったら上限の高いそれらを満たす助けにもなる。
食事のときだけ仰向けになり、それ以外はどうにか這い続けて入り口から距離を取るユーラリング。遅いとはいえ既に1週間が経過している為相当な距離を進んでいる筈だが、一向に先が見えない。
「ま、進むしか、ない、な……」
ずりずり、と、重量に耐えながら、ユーラリングは地の底を這い進む。
中の人がネットで調べた所、『ミスルミナ』第4層の探索はそもそもスタート地点に立つ事すらできていなかった。あの時の突入はやはり例外だったようで、それ以降はヒュドラの奮闘で第3層の突破者すらいない。
これならば当分大丈夫だろうと、匍匐移動を続けるユーラリング。それだけで既に3週間が経過している辺り、一体どれほど大きな岩盤だったのかがよく分かるというものだ。
「ふー……しかし、どれだけでかい岩盤だったんだ、あれ……」
そんな事をぼやきながら、ドロップした食料を食べ、飲み物を飲み、ポーションをまとめ飲みするユーラリング。ぜい、と息をついて伏せる姿勢に戻ると、再び右腕になけなしの力を込め、這いずりを再開しようとして、
「っ、う、ん?」
妙な感覚に、変な声を出してしまった。背中を走るような、傷がうずくような、何とも形容しがたい刺激が走る。
「ふ……っ、ん、うぅ……っ!?」
が。
「……う……ぁ、は……っ!!」
何秒もしないうちに、それは――
「――――ぁっがぁああああああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
激痛となって、全身を暴れ回り始めた。
あまりの痛みにのた打ち回る事すらできず、重量超過ペナルティのせいで体を縮める事も出来ない。ただ体を地面に押し付けるようにすることしか動きが取れず、ユーラリングはただ声を上げ続けた。
時間の感覚が死んでどれくらい経ったか、途中で何故かシステム音を何度か挟んだような気もしつつ痛みが背中に移動した。耐えきれず条件反射のように背を丸め、頭を地に着ける。
メキリ、と、何かが軋むような音がして、
――バサァッ
「がっ!! ……か、はっ。はっ、は……っ!」
何かが広がるような、または翻るような音。それを最後に痛みも消え、ユーラリングはようやくまともに息をついた。
数秒をかけてどうにか全身の力を抜き、呼吸を整えると、そのままぐったりと地面に這いつくばる姿勢に。ぴくりとも動く気力もなくそのまま何も考えられないでいたが、
「……ん?」
それでも自分の体、より正確には感覚に違和感を感じ、どうにかその妙な感覚へと意識を向ける。何故か動かそうとするたびに酔いのような物が起こって気持ち悪くなるが、その辺は根性で制御。
1時間ほどゆっくり試し続けていると、視界の端で何かがゆらゆら揺れるようになった。何だ、と思いながら、視線を上に向けて、もう一度。
「…………は、ね?」
ゆら、と動いたのが、背中から生えた皮膜の翼らしい、と気づいて、ユーラリングはもう一度意識を感覚に向ける。……それにしても、何かおかしい。中の人が人間なので存在しない器官、そのせいで酔うのはともかく、何か、チュートリアル直後と違和感がある、ような。
だが、ユーラリングは痛みに耐えた時のあまりの疲れに、今日はこのまま寝る(ログアウト)するのだった。
そこからしばらくの間、中の人は強制ログアウトを食らった。3日時点で流石におかしいと運営にメールも送ったのだが、『仕様です』の1点張りで埒が明かない。
月額のゲームである為、金返せ、と返信。すると送られてきたのは以前の分も含めた強制ログアウト分の無料チケット。そんなに大事な仕様なのかよ、と膝から崩れ落ちそうになったのは中の人の秘密である。
半ば諦めたような気持ちで接続の確認だけする日々は続き、結局解消したのは何と1週間後。あんなスタートになったしリセットするか、という考えがよぎりだしていたのを振り払い、中の人はさっそくログインした。
「………………」
そこから更に時間が経過して、どうにか座り込む事ぐらいは出来るようになったユーラリング。ばさり、暗闇の中で翼を動かして、首をひねる。
「……やっぱりおかしいよな。説明の謎空間のときより絶対大きくなってる」
ユーラリングの元ネタは完全な蛇形態なので、翼と手足がある時点でゲームの独自解釈が入っているのは間違いない。だがそれにしても、本気で飛行が出来そうな程の大きさは絶対に無かった筈だ。
手元で安物規格装備を解体しながらばさばさと翼を動かしてみるが、やはり大きい。
「……何があった?」
完全に中の人が出てきて呟いたが、その原因は恐らく強制ログアウト期間中の話。運営以外に知りようのない事実なので、ユーラリングは黙々と手を動かす事に集中した。
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