第10話 蛇は洞で石を削る
ユーラリングはその日、ガリガリと石を削って自身の血を付与し、「血の刻印」を作成していた。もちろん場所は第4層の暗闇の中で、未だ座り込む姿勢以上の動きは出来ない程の重量制限がかかっている。
にも関わらず何故生産活動をしているのか、というか、生産活動ができているのか、という理由は、目の前に生えてきた、もとい、鎮座している、祭りで見かけるような屋台にあった。
話は数日前にさかのぼる。
今日も今日とて動けないまま地面に伸びていたユーラリング。ログインしている間しかスキルレベルは上がらないがやれることもまた無いので、相変わらずの速度で這い進むしかない。座り込める程度にはなったが、移動は無理に無理を押さなければならないからだ。
「……ん?」
その視界の端に不意に灯るシステムコールの着信サイン。現在フレンドは1人もいない為、プレイヤー全体に送られる運営からのお知らせしかユーラリングには届かない。
何があった? と思いつつ視線で画面を展開すると、そこにあったのは謎の利用許諾書のようなメール。疑問に思いつつ、他にやる事も無いので目を通すユーラリング。
「……なんだ、これは。『ダンジョン』内、商会展開許諾書……?」
疑問符ばかりが増えていくような感覚に陥りつつも全部読み切ったユーラリング。しばらく頭の中で情報を整理して、それでも首を傾げた。
「まず、商会って何だ?」
この時のユーラリングは知らない事だがVRMMO『HERO’s&SATAN’s』には『経済戦』というカテゴリが存在する。その方面が得意な“英雄”及び“魔王”も当然存在し、日々しのぎを削っているのだ。
彼らはチェーン店のように自身の力の及ぶ店舗を増やし、その売り上げでその地域の支配力を表す。そしてそれは『ダンジョン』や『独立軍』ですら例外では無く、高名なそれら内部での独占販売は商人たちの夢の1つなのだ。
……もちろん、そうではない場合もあり、その辺は目利き、という事になるが。なおユーラリングが当初目指していた生産職人への道が続いていたのは、こちらのカテゴリである。
許諾書の内容を何度か読み返してみて一通り頭に入れたユーラリング。要はここで商売をさせてくれという事か? とだけ理解して、第2層の拠点部屋に出店許可を出すサインをして、返信。
これで満足だろう。と、ぱたり、と姿勢を戻したユーラリング。が、すぐにその目の前に魔法陣が描かれ出したことで、がばりと起き上がった。もっとも、それ以上の事は出来ないので、せいぜい威圧感を感じるように防御系のスキルを待機状態にするぐらいしかやる事は無いが。
辛うじて姿勢を整えたユーラリングの目の前で魔法陣は完成し、どこかへ空間を繋いで何かを喚びよせているようだ。はてさて何が出るのか――、と警戒を高めるユーラリング。
そして現れたものは、
『どうもこんにちは魔王サマ!! って暗!? 暗過ぎですやんここ!!?』
完全に、祭りで出るような屋台の形をしていて、間違いようもなく女性の声で、陽気にそんな声を上げた。思わず思考停止するユーラリング。だがその間も、どう見ても人のいないただの屋台は喋りつづけた。
『ちょっマジで何も見えん!! 魔王サマ、魔王サマ!? どちらにいらっしゃいますのん!!?』
「………………」
『はっ。せや照明! あぁぁアカン! どっちにしろ起動は許可なしには出来ん!!』
頭痛を覚えて頭を押さえるユーラリング。何だこれは、という感想に全てが集約されているが、恐らくは、先ほど返事をした案件の関係なのだろうと当たりをつける。
となれば、何かこちらからアクションをとらなければいけないのだろう。ため息を無理矢理飲み込みつつ、どっかへ飛んで行ってしまっていた緊張感と気合を入れ直した。
『いーやー暗いのは苦手なんやぁー!! 魔王サマーおらはったら返事下さいなぁー!!!』
「…………目の前に居る。そういう汝は何者か」
『はっ!? おらはりましたか、これは失礼!!』
本当にこちらを認識できていなかったらしい、とユーラリングは再び頭を押さえた。
『自分、商会『聚宝竹』所属のシズノメ言います。お取り引きさせていただけるいう事で、以後よろしゅうお願いしますー』
「……取引? 商売位は勝手にすればいいが、どういう意味だ?」
『えっ』
「えっ?」
しばし、妙な沈黙が下りた。
シズノメ、と名乗った商人による解説で、ようやく『経済戦』というものの存在を知ったユーラリング。なるほど、と納得する目線の先には、カンテラを灯した屋台が相変わらず存在している。
『――っていう事で魔王サマとの契約にはー、この『ダンジョン』のお宝を卸してもらうってのも入っとりまして。逆に自分らは魔王サマに色々な物資を融通すると、そういう事ですな!』
終始ハイテンションな調子で語ったシズノメは、最後をそう結んだ。それに続いて、『この『ダンジョン』ではそりゃー良質なお宝が手に入ると噂でっせぇ~』等々と期待を膨らませているシズノメに、ふむ。と小さく頷くユーラリング。
良質なお宝、とは、もちろん「血の刻印」の事だろう。倒されても全てのアイテムをドロップする訳では無い。運よく拾ったアイテムが手元に残れば、死に戻りでも持ち帰る事は出来る。
『そんで魔王サマ! 僭越ながらお名前拝見してよろしいでっしょーか?』
「……。リング」
『はい! 魔王リングサマ! これからよろしゅうですわ!』
テンションの高いままに続けられた話によれば、『配下』ではないがモンスターでもない、『ダンジョン』用の整備員のような者の斡旋もしているらしい。一覧を受け取って眺め、ふむ。とユーラリングは考え込んだ。
で、他には定番のトラップや『ダンジョン』の立地的に採れない素材、生産者への生産依頼も出せるようだ。
ただし当然ながら対価はお金であり、それの入手の為に特産ドロップや限定のお宝を卸す必要があるという。時々相槌を打ちながらユーラリングは考え続け、
『さてこれで大体説明は終わりですわ。卸しでも注文でもいつでもできまっせ!』
「……そうだな。売って注文するとしよう」
『早速でんな!』
カタログを見たままそう返答した。それに応じて開かれるメニュー画面。専用のページであるそれは、どうやらその場での鑑定も兼ねているらしい。
気のせいかわくわくとした気配をさせる屋台に特に頓着する事も無く、ユーラリングは無造作に、『ダンジョン』のお宝枠に入れてあった「血の刻印」を投入した。
表示される『鑑定中』の文字。と同時に屋台の方にも画面が開き、舌なめずりしてそうな声が聞こえる。
『おぉっと中々大口取引の予感! さてさて――』
そして数秒置いて、
『…………僭越ながら魔王リングサマ。貴方、何者ですのん…………?』
聞いてはっきりと分かるほどに、引き攣った。
「何者か、と言われてもな。先ほどからずっと自分で口にしているだろう。“魔王”だと」
すっとぼけた言葉を返すユーラリングが投入したのは、総枚数2万枚の「血の刻印」だった。ユーラリングだけが知らない事だがこの「血の刻印」、ポーションと違い副作用や中毒の危険が無く、5枚まで効果が重複すると、有名プレイヤー達が喉から手が出るほど欲しがっている品だった。
30倍の金貨で取引される石のコイン。それが、山のように積み重なった光景でも見えたのだろう。シズノメが固まってしまうのも仕方のない事だった。
なおユーラリングの『ダンジョン』のお宝枠から減ったのは、1割弱である。……知らない方が良い事も世にはある。
『あ、あー、査定、査定ですな。少々お待ちくださいー』
との声の後、ぷつりと通信が途切れた様に静かになる屋台。暇なのではたはたと翼を動かしてみたりしながら待つ事、10分程だろうか。
『えー、量が量ですのんで、纏め卸しでの色つけは5千枚単位で区切りとさせてもらいますけんど、いいでっしゃろか?』
「構わん」
若干疲れている気がしなくもないシズノメの声に、端的に返すユーラリング。深々としたため息が聞こえた気がしたが、選択権が戻るなり次々と色々なものを多岐に渡って注文していった。
『えーお宝ゴブリン100人衆×1ヵ月、『増殖』特性持ちのワーム1千匹、『増幅』特性持ちのノヅチ2百匹、『変換』特性持ちのミニレッサーアースドラゴン、最下級から下級各種回復ポーションの倉庫買い、未熟から半熟ランク食料の倉庫買い、生産職人の携帯拠点、中古の素材分別機、各種生産道具セット。以上でよろしいでっか?』
「あぁ」
『こらまた大口も大口になりおしたなぁ! 手に入り次第お届けしますんで順次でよろしいでっしゃろか?』
「問題ない」
『したら今回はこれにて! また用事ありましたらいつでもお声掛け下さいな!!』
通常のお宝やトラップに相当する物が1つも無い所に突っ込まなかったシズノメは、恐らく一流か一流になれるだろうとユーラリングは呑気に思って、念願の生産活動へと突入したのだった。
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