第11話 蛇は洞を作り変える

 ユーラリングにとって快適な……注文しただけ材料が運ばれて来て、ポーションや食料が使い放題食べ放題で、いくらでも物を作っていい……環境は、おおよそ1ヵ月程は平穏に過ぎて行った。

 起き上がって手を動かす事ぐらいしかできない割には楽々と使い捨てアイテムを量産していたユーラリング。地味に異常に高いプレイヤースキルが発揮された形だが、商人としての嗜みか、シズノメがそこに突っ込む事は一切無かった。

 それが幸いしたのか災いしたのか。ともかく、ユーラリングの平穏は破られる事となる。




 今日も今日とて生産に勤しむ為にログインしたユーラリング。流れ作業として『ダンジョン』のステータス画面を開き、異常がない事を確認してすぐ閉じようとした。

 しかしそこに並んでいたのは、『ダンジョン』では通常ありえない大部隊の侵攻の様子だ。ユーラリングは思わず、その画面を二度見した。


対攻城戦用連結部隊中規模レイド!? しかも指揮官が“英雄”級!!?」


 連結部隊レイドとは、パーティ(4人+『配下』)を複数纏め、指揮官と呼ばれる枠を追加して構成される大部隊の事だ。

 小さい順に、小規模(4パーティ+小隊長4人=20人)、中規模((小規模-小隊長)×3組+隊長・副隊長=50人)、大規模((中規模-隊長・副隊長)×2組+大隊長・補佐隊長4人=100人)となる。

 なおこの上もあるにはあるが、単位が国になる為完全に戦争用だ。地形が変わる事を覚悟するレベルの。


「どう、いう事だ。たかが4階層しかないこんな『ダンジョン』に、明らかに過剰戦力過ぎる……」


 眉間にしわを寄せて考えるユーラリング。が、すぐにその思考の方向を切り替えた。


「いや、分からん。分からん以上、考えても仕方がない。まずは、こいつらを、どうするかだ」


 いくらヒュドラと言えど“英雄”率いる対ボス戦用連結部隊小規模レイドが相手では安定して狩られてしまう。今回はその更に一段上の人数、時間稼ぎに徹したとして、さてどれほど持つか。

 となると新しく階層をどうにかしないといけない訳だが、“英雄”級が指揮官となる連結部隊レイドともなると正面突破ではどうしようもない。……お隣(?)の『天地の双塔』レベルになればともかく。

 今ある空き階層はこのだだっ広い第4層だけだ。これ以上を掘るのは流石に時間的に厳しい。……というか、重量制限で未だにほぼ動けないのが一番の問題だ。


「…………」


 改めてマップ画面を開き、第4層の全体図を眺める。岩盤(鉱脈)を丸ごと掘り抜いたがゆえの桁外れの広さを、思い切り縮尺を縮める事で全体表示した。


「広さはあるんだ。あとは、ここに何を作るか……」


 大雑把に横向きの直方体と見立てた空洞にはまさしく何もない。周囲は普通の土なので形を整えるのは普通に出来そうだが、流石にこのだだっ広いままというのはどうかと。

 “英雄”級が指揮を執っている以上走査・探知系のスキルも高レベルのものを持っているだろうし、ロープを垂らされたらそれだけで攻略できるというのは『ダンジョン』として論外過ぎるだろう。とりあえずユーラリングは、作業しているゴブリンを全員呼びもどした。


「まずは成形を頼んだ」

「ギャッ、ギィー」


 声を揃えて返答して散っていくゴブリン達。それを軽く見送って、マップを開いたまま『ダンジョン』の機能一覧を開いた。


「普通の戦闘では問題しか無い……となると、仕掛けか。広さがあるなら、迷路が定番だが……」


 考えながら色々と探っていくのは『特殊地形』と『トラップ』の欄。定番と言えば定番のそれらメニューをじっくりと眺めるのは実は初めてだったユーラリングは、命の危機と言うのもあってかつてないほどに集中して、情報を読み込んでいく。

 “英雄”に奇策というものは通用しづらい。何故なら極めたプレイヤーというのは基本的に廃人だ、素人が思いつくような仕掛けでは、最悪ステータスと勘によるゴリ押しも有り得る。

 という事で定石を並べて組み合わせているしかないのだが、さてこの短時間でどれだけのものが出来るのか。


「…………ん?」


 1つの項目に目が留まった。

 頭をフル回転させながら、その画面をそのまま、新しい画面を開いて並べていく。その傍ら、こちらから声をかけない限りは(通信が繋がっていないのか)沈黙している屋台に声をかけた。


「シズノメ」

『はいな! なんでっしゃろか魔王リングサマ!』

「確か以前、この『ダンジョン』では良質な宝が取れると噂だ、とか言っていたな?」

『はい確かに! いっやぁー魔王サマには悪いかも知らんですが笑いが止まりませんわ!!』

「そうか。売り上げが順調なようで良かったな。ところで、ここまで侵入者が来た場合、その屋台はどうなるんだ」

『そらまぁ普通に撤退でっせ。来た時と同じですな。あ、魔王サマは当然ながら連れて行けませんで?』

「それは分かっている。というか、当たり前の話だ」


 会話をしながら、項目を決める。歪な空洞を成形していたゴブリン達に別の指令を飛ばして、必要な数値を定めにかかった。


「……。手が足りんな。シズノメ」

『はいな!』

「ゴブリンの追加雇用を頼む」

『了解でっせ! 何人ほど寄越しましょうか!?』

「これで雇えるだけ。期間は1週間だ」


 と言いつつユーラリングは取引画面に所持金の8割を投入した。なお材料や食料を買うと言っても、収入と比較すると支出は微々たるものな為、結果として現在ユーラリングはちょっとした家ぐらいなら買い食いのノリで入手できるぐらいの資金を持っている。

 もちろんそれをゴブリンの追加雇用だけに突っ込むと、普通は正気を疑われる上にやってくる人数が大変な事になってしまう。


『また気軽にこんな額を……いや何も言いませんで? ゴブリンですな、すぐかき集めて連れてきますんで』


 もちろんその辺の常識がある為に、一瞬疲れたような引きつったような声を零したシズノメ。しかしユーラリングの買い物の傾向から性格は読めていたのか、あるいは慣れたのか即座に復活し、商人としての務めに戻った。

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