第12話 蛇は洞で手を進める
マップエディットと同様の画面でゴブリン達に指示を出し、探り当てた大仕掛けの準備を進めていくユーラリング。
ユーラリングが自分で掘れれば倍ぐらいは速くなるのだが、まぁそれは仕方がない。……なお、岩盤(鉱脈)をアイテムボックスから取り出すのに、ここ以上の空洞が必要だ。と、いう事実を今は見ないふりをしておいた。
『あのー、魔王サマ? さっきから何されてるんですのん?』
ゴブリンを次々転移で呼び出しながら、ふとしたようにシズノメが聞いてきた。……わざとか本気か判断に困る声だな。と心の中で思うユーラリング。だが、商人だから情報を売っていると言われても仕方ない、とも思ったようだ。
「……。少々大規模な改装だ」
『改装でっか。まぁいいですけんど、ここって侵入者なんて来るんでっしゃろか。だって第3層って、えっげつない程強い『配下』がおりはるんでしょう? 風の噂ですけんど』
「流石に敏いな。……まぁ、念の為だ」
念のためと言いつつ突破されるという予想をユーラリングはしている。一応、外から分かる範囲であれこれ調べていたユーラリングだ。その結論が、あの戦力差は幾ら何でも無理がある、だったので、こうして対策している訳だが。
『っていうか、天井ですのん? それになんやさっき、めっちゃごっつい桶を注文されとりましたし。まぁ、なんや言うつもりはありませんけんど』
「…………気になるか?」
『ご教授していただけるなら幸いですな。用意するもんも変わってくるやろですし』
ある程度は周囲を見れるらしいシズノメの言葉通り、3m程上には土が運ばれ、固められ、天井が作られていっている。それは周囲を成形した時に出た土をそのまま利用して作っているものだが、『ダンジョン』の地形と認識された途端にどれだけ暴れても抜けたりしない、とても頑丈な建材となる仕様だ。
実は更にもう一段上に土の天井もとい床が出来つつあるのだが、流石に遠すぎて見えていないらしい。
……まぁ、この情報を売られたところで、ある種正面から攻略するしかない正道だ。実際にぶつかってみなければならない、というところは変わらないか。と、判断したユーラリング。
「……。……1つの階層を、いくつかに区切っている。疑似階層だな」
『ほうほう!』
結局、話す事にした。もちろん手は止めずにだが。
「配下のお陰で安全なのだがな。……あまりにこちらの勝率が高いと、業を煮やして過剰戦力を投入されるやもしれん。そうなると、動けない現状ただの生餌なのでな」
『あー、その、コメントに困りますなぁ』
「無理に言わんでいい」
なお現在進行形でその過剰戦力を投入されているのだが、やはりシズノメは知らないらしい。知っていても話を合わせているだけかもしれないが。
「で。そのようなケースの場合、求めるのは我であると同時に、ここの宝であるのは分かるな?」
『うちとこでも販売しとりますけんど、まぁ自分で手に入れたらざくざくですしなぁ』
「優先順位の話だ。もちろん、可能であれば我を狙うぐらいの気持ちではあるだろうがな。第一目標は第3層を突破し、宝を集める事となる」
『納得の理屈でんわな』
「となれば、我が狙われない為には、ある程度宝を握らせてやるのが最も効率がいい訳だ。どんな欲深な者でも、持ちきれなくなれば引き返すだろう」
『……ん? つまり、どういう事ですのん?』
淡々と述べる理屈の結論を、しかしシズノメは読み取り切れなかったようだ。動かし続けた手の先で大仕掛けの起動スイッチを用意して、それを押し込みながら、ユーラリングはうっすらと魔王の笑みを浮かべる。
「何。……侵入者共の欲を試してやるだけの話だ」
で。
「……やはり人間は人間という事か。英雄だの何だのと持て囃されていても、目先の宝に目が眩んでいてはな」
他愛ない。と気だるげにすら付け加えるユーラリングは、完全に魔王そのものだった。その様子を見てシズノメは何を思ったのか、買い物リストから何かを選択して転送させる。
「…………。シズノメ。それは何だ」
『いやぁつい手が勝手にと言いますか? あ、自分のポケットマネーなんで支払いはお気になさらずでっせ』
地上1mの辺りに浮かぶ黒い球体は、“魔王”を目指す魔物プレイヤー垂涎の一品だ。俗にオーブシリーズと呼ばれるこれらは、装備者に合わせてその名と性能を変化させる。
いわゆる成長する装備の1つで、魔物専用。更に言うなら成長限界が無く、手に入れた時点で持ち主にふさわしい性能に変わる、まさしく“魔王”の為の――つまり、限界突破者(廃人)の為の装備だ。
そんなものまで扱っているとは、『聚宝竹』というのはもしかして相当な大手なのか? と思うユーラリング。もちろんポケットマネーでさくっと購入できるシズノメも侮れないのだが。
「……。まぁ、いい。貰っておく」
『はいな!』
ユーラリングは知らない。『聚宝竹』がそれを手に入れられたのも、シズノメの懐事情も、自分の作った「血の刻印」の売れ行きのお陰だという事を。
「血の刻印」の大人買いの為にオーブシリーズを売る廃人も廃人だが、そんな事はあずかり知らぬユーラリング。気のせいかきらきらと期待の視線を送るシズノメの目の前で、そのままオーブに触れて、装備する。
くるくる、と黒い光の粒がオーブの周りを回り、吸い込まれ、その色がより深く、追加で虹の遊色が浮かぶという、ブラックオパールが如き色に変わった。
『わーぉ見立ては間違っておりませんでしたなぁ。いきなり「宵影のオーブ」でしかも特殊効果ましましですかーい』
あっはっは、と笑いを添えてその性能を調べたらしいシズノメの声が響く。ふぅん? という感じで、ユーラリングも顔の近くに寄ってきたオーブの詳細を開いてみた。
全ステータスアップに各種状態異常耐性というオーブシリーズの基本性能に、特殊再生能力に当たるスキルが3つ、満腹度・渇水度・魔力の最大値アップ、それに何故か、魅了の上位派生スキル『気品』と『妖艶』がくっついている。
確かに破格の性能だ。最後2つはどうにも分からないが、まぁ良しとするユーラリング。元々のオーブのランクも良かったのだろう、と納得した。
「うむ。順当に死ににくくなったな」
『あぁうん、魔王サマでんな、えぇはい』
奥歯に物が詰まったような言いようにユーラリングは首を傾げるが、シズノメは話す気が無いようだ。話したところで理解できないだろうなと判断したとも言う。が、まぁいいかとユーラリングは気にしない事にして、話題を変えた。
「あぁ、そうだ。シズノメ」
『はいな! なんでっしゃろか!』
「『配下』候補を喚ぼうと思う。から、可能なら離れておいてもらいたいのだが」
『……うん? 喚ぶ、ですのん?』
「あぁ」
そう。ユーラリングが『ミスルミナ』周辺を調べてみた所、もう少し地下に戦場跡かという程に密度の高い、死霊の巣があったのだ。今回の事で浮き彫りになった弱点の事もあり、目当ての種族が居る可能性が高い今の状態でさくっと『配下』を増やしておきたいユーラリングである。
『まぁええですけんど、何処に行けばよろしいでっしゃろか』
「…………。休暇でもとれば良いだろう、どうせその時点で当分動けんのだ」
『えぇー』
何故か不満げな声を上げるシズノメ。だがこれは事実だ。負けたヒュドラは現在復活待機中だ。この時間が終わるまでにやらなければならない事がある。つまり、あまり時間も無い。
『了解でっせ。しばらくボーナス使こて休暇としゃれ込みますわ』
そこを汲んだのか、あっさりと引き下がるシズノメ。数秒して魔法陣が現れ、屋台がそのまま消え失せる。
察しが良くて本当に助かる。と1人ごちながら、ユーラリングは購入した、小さな、しかし決して子供用ではない大きさの、プールのようなタライを自身の下に喚び出す。
その内に入り、ボロ布を外してアイテムボックスに放り込んだ。局部を鱗が覆うだけの姿となり、その上でアイテムボックスの一番上に、これも購入した毛布を移動させておく。
「さて。……そろそろ、ヒュドラにも褒美をやらねばならんと思っていたから、まぁ、丁度良かろう」
その上でタライの周囲に幽鬼相手へ契約を呼びかける魔法陣を設置して、ユーラリングはログアウトとは違う方向に、意識を落とした。
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