第65話 蛇は祭りのルールを聞く

 祭り3日目。

 ハイライガー姉妹の護りをどうするかと考えたユーラリングだが、本人達に戦闘力があるし、何より「支配の腕輪」がある=身分証明が確かという事で、結局同盟拠点のユーラリングのスペースで待機してもらうのが一番安全、という結論になった。

 祭りの5日目からは連休、5日目からは連休、と呟きつつ現実での一日を乗り切ったユーラリングの中の人。今日は公式イベントが夜にあるので、それに合わせて「屋台エリア」をふらっと巡るにとどめた。


『で、何でそんなときに限って連れが増えますかね』

「仕方なかろう。まさか食用扱いだとは思わなかったのだから」

『向こうもまさか毛刈り用で持ち込んだのをペット枠で買い取られるとは思ってなかったでしょうねぇ……』


 という会話を交わすユーラリングとヒュドラだが、ユーラリングの手にはリードがあり、その先には4頭の子羊が繋がれていた。メ゛ー。と鳴く子羊は、一見すると普通の白い子羊だ。

 ……まぁ、ユーラリングが連れている、という時点でお察しの通り、子羊の姿をした正体不明なのだが。ついでに言うと、素材が採れる鉢植えやモンスターを扱っていた屋台の店主には、普通の子羊に見えていたのだが。さらに言えば、その場にいた他の子羊は、ごくごく普通の子羊だったのだが。


『……しかし、大丈夫なんですかね、こいつら。厄ネタでは?』

「……山羊なら危ないかも知れないが、羊だから大丈夫だろう」


 たぶん。とつけるユーラリング。正体不明だから強く言い返せなかった。

 さてそれはともかく、とハイライガー姉妹に世話を頼むユーラリング。透明なスライムとか黒い雛も昨日の内に頼んでいるので、追加になる形だ。

 …………屋台で見つけて買っておいた大きな焼き肉を先に出して、意外と大食いな姉妹のお腹を満たしてからでないと危険、という心配はあったが。あの小さな雛相手すらよだれが出るとは思ってなかったユーラリングである。


「成長するまでは我慢、ですね!」

「いや、成長しても食うな」

「えっ……」

「食うなよ?」


 肉即ち食べるもの。というライガー姉妹に釘を刺し、ユーラリングは子羊の姿をした正体不明を引き渡した。隠れ里でも細々ながら畜産をやっていたそうなので、世話をする分には問題ないとの事だ。

 非常食だったんだろうなぁ。と心の中で思うユーラリング(の中の人)だが、そんなもんを食わずとも食事の面倒ぐらいみれる、ともう一度釘を刺しておいた。おいたが、


(あれは目の前で牛の丸一頭分でも焼き肉にして見せなければ無理か)


 はやくも諦めモードだ。大食いレベルでいえば実はユーラリングも似たようなものなのだが、中の人がそこまで大食いでないことと、空腹期間が長すぎて、空腹耐性がついてしまっているせいであまり自覚がない。

 ちょいちょいとハイライガー姉妹の普段着や間に合わせの武器を作ったりしている内に時間は過ぎ、公式イベントの時間間近となった。それに合わせ、所属同盟のいつもの席に移動するユーラリング。


〈レディースアンドジェーントールメーン! 楽しんでますかーっ!? 3日目の公式イベントのお時間ですよーっ!〉


 ドンドンドドンドンドドドン!!! と花火或いは大砲のような音が連続した、と思ったら、続いて1日目と同じ『神の使徒』の声が響き渡った。どうやらイベントの司会はあの使徒が続けて行うようだ。

 既に広場に出ている魔物達は皆揃って上を見上げて居る。さっきの音からして、何かが打ち上げられでもしたか? と推測するユーラリング。


〈さてさて! 皆さんご覧の通りにー、プレゼントボックスをこのイベント会場上空に、それはもーたっっくさん打ち上げました! 空を埋めんばかりの勢いでーすっ! 見えやすいように明かりも点けたのでー、きれいですねー!〉


 ここで席を立ち、いつもの場所から僅かに顔を出して上空を見るユーラリング。そこには確かに、リボンが巻かれて灯りのつけられた箱が、イベントで飛ばすバルーンのように数多く浮いている。


〈今回は、このプレゼントボックスを取ってもらうゲームです! ずばり!「エアライドボックス」でーすっ! ルールは簡単! 上空に浮かぶプレゼントボックスをつかみ取ってー、地面に触れさせればゲットとなりまーすっ!〉


 この説明の時点で既に嫌な予感のしたユーラリングは、さっと所属同盟のスペースの中に引っ込んだ。いつもの席に戻って、そのままお茶を飲むのに戻る。

 もちろん広場に既に出ていた魔物達もざわついている。流石に種族格差がひどくないか? という声もあるが、それはまぁ説明を待つしかない。


〈もちろん空を飛べるなら有利も有利です! けど、飛べなくてもちゃんと方法はありますのでご安心くださーいっ! イベント広場の外周にー、プレゼントボックスを発射した大砲がそのまま設置してありまーす! そこに潜り込めば、あら不思議。3秒後に上空へフライハイできちゃいまーすっ!〉


 この時点で外周へと走り去る魔物は多かったが……。あいつらは学習しないのか。という顔をするユーラリング。1日目で痛い目を見たばかりだろうがお前ら、と。


〈たーだし! 大砲の近くにべったり張り付いてたりー、大砲の周りで戦闘したりしちゃうと、大砲にドッカーン! とされるので、気を付けてくださいねーっ!〉

「だろうなと思った」

〈あとあと! ドッカーン! とした大砲は10分の間動かなくなりますので、皆で仲良く使ってくださいねーっ! フライハイする分には連続で使えますからねーっ!〉

「うふふ、連携が大事、ってやつね♡」


 壮絶な足の引っ張り合いが起こることを予感してため息を吐いたユーラリングと、その争いがここから見えないのが残念だと言わんばかりのサタニス。相変わらずの2人は、まだ続くであろうイベントの説明を待った。


〈大砲でフライハイ! した場合は着地ダメージは発生しないので、ドンドンフライハイ! してくださいねーっ! もちろんフライハイ! から自分の翼で飛んでもいいですよーっ!〉

「あぁ、滑空だけは出来る種族もいるものな」

「フライハイ! じゃない時は、着地に気をつけなくちゃね」


 気に入ったのか。と呟くユーラリング。言い回しが楽しいわ。と笑顔で返すサタニス。まだのんびりだ。


〈繰り返しになりますが、プレゼントボックスが手に入るのはー、地面に触れさせた時ですからねーっ! そこまでに手を放しちゃうと、空へフライハイ! で戻っちゃいますからねーっ! だからもちろん蹴り落とすのもダメですよーっ!〉

「妨害にわざと手を放す奴も出そうだ」

「妨害班の組みがいがあるわね♡」

「組むな」


 冗談よぉ。というサタニスだが、ユーラリングは疑いの目を向ける。下手に同意でもしようものなら、本気で『配下』に妨害する為だけのローテーションを組ませていたと分かるだけにだ。


〈もちろん大きいプレゼントボックス程、浮き上がる力も強いですからねーっ! 気を付けてくださいねーっ! え? 複数人で一緒に掴んで下した場合ですかーっ? その時はー、んー、仕方ありません! 協力者全員に、同じものをプレゼントでーすっ!〉

「つまり複数人でかからなければどうしようもないものがある訳だな?」

「そういう事ねぇ」


 見上げた際に見えた箱の大きさを思い出し、複数人がかりでなければならない物のあたりを付けるユーラリング。それはまぁ、放っておいてもいいだろう。

 1日目のイベントの事を考えると、どうせまた後のイベントで必要になるアイテムが混ぜ込まれているとみて間違いない。となると、抱えられるぐらいの箱を狙って数を落とすのが先決か、と方針を固めるユーラリング。


〈それとーっ! 実は、箱には追加があったりしまーすっ! 大砲も一緒に追加されまーすっ! でも、空に浮かぶ箱の数には上限があるのでー、追加までに上限を越えちゃうと、古い物からフライハイ!! の天元突破で無くなっちゃうんで、気を付けてくださいねーっ!〉

「おい」


 ユーラリング、思わず真顔でツッコむ。サタニスは、ツボに入ったようでお腹を抱えて悶えていた。これは酷い。


〈フライハイ! しても、会場の外には出ない安全設計ですよーっ! 自分で飛ぶときは気を付けてくださいねーっ! さてそれではー、「エアライドボックス」スタート! でーすっ!〉


 それを最後に、使徒の声は聞こえなくなった。ユーラリングはげんなりしつつお茶を飲み干し、立ち上がる。


「急ぐか」

「はぁい、いってらっしゃぁい。……あら? リングちゃんって飛べたかしら?」

「いいや。だが、必ず本人だけが飛ばなければならない訳でもあるまい?」

「…………あぁ、なるほど!」


 答えつつ、アイテムボックスからあるものを取り出して見せたユーラリング。それを見てサタニスは大いに納得し、また大笑いしたのだった。

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