第52話 蛇は馴染みの店を訪れる
若干不機嫌になるアクシデントはあったが、それ以外は平和に「屋内イベントエリア」を通り抜けたユーラリング。次にして最後に足を踏み込むのは「商店エリア」であり、今までの中でここが一番の盛り上がりを見せていた。
歩きながら周囲を見回した範囲だと、商店と言っても並んでいるのは簡易店舗であり、もっと言えば『ミスルミナ』におけるシズノメのような屋台みたいなものを組み合わせてあるようだ。
うるさいぐらいに客引きの声が満ちる中、ユーラリングは聞き覚えのある声を探して歩いていく。そしてその声は、さほどなく耳についた。
「そぉーれではぁぁあああ!! 本日の!! 目玉商品っ!! 目玉商品でございますっっ!! 暑い所も寒い所も乾燥も湿度もこれ1枚っ!! 一番上から羽織るだけで旅路が快適になぁることぉお! まち! がい! なし!! 「マジッククローゼット」印の新作気候対応マントぉおおおおおおっっ!!! お買い求めは『聚宝竹』!! 『聚宝竹』まで!! いらっしゃいませぇえええええええっっ!!!」
……思っていたのとは違ったが。
まぁそれでも目的の場所には違いない、と、ちょうど声の聞こえてきた方向に向かう人の波に乗ってユーラリングは移動する。天を突くような竹の看板が見えたところで上手く波から逸れ、簡易店舗の横手辺りを狙ってひょこっと顔を出してみた。
「『聚宝竹』の店舗はここで良いのか?」
「あー、はーい。そうですよー……あっ、もしかしてー、リング様ですかー?」
「そうだが」
「はーい。シズノメせんぱ……シズノメを呼んでまいりますので、中でお待ちくださいー」
くるくると動き回っていた機敏さと比べて、非常にのんびりとした口調で対応した垂れ耳犬獣人の女性店員は、そういってユーラリングを中に招き入れた。そのまま奥のスペースへと案内し、お茶とお茶菓子を出してから姿を消す。
流石商会、良い椅子を使っている。と明後日の方向に感心しているユーラリングだったが、本当にさほどなく扉がノックされた。
「よぉいらっしゃいました、リング様。遅れまして、シズノメです。……そういえば、直接会うんはこれが初めてでしたな」
黒髪のベリーショートと、どうやって再現したのかぴっちりとしたパンツスーツ。切れ長の黒目に、高い鼻と小ぶりな唇、右目の下には泣き黒子。
口調からは若干違和感がある程の怜悧な美貌の持ち主は、一言で言うなら、ヅカ系エリートキャリアウーマンな美女だった。
「そうだな。そんな顔をしていたのか、と思っていたところだ」
「はは、リング様に比べれば大概の自称美男美女は凡庸ですわ。楽しんでおられますか?」
「規模の大きな催しはこれが初だが、まぁ楽しいな」
「盛り上げる側の一員として、それは何よりの言葉ですな」
にこ、と微笑む笑みは十分に美人なんだがなぁ。と自分のことを棚に上げるユーラリング。その内心は悟られず、「して」とシズノメは口火を切った。
「まずは、お越しいただいてありがとうございます。で、実はですね。嘆かわしい事ですが一部従業員にリング様の腕前を疑うもんがおるんですわ……。教育がなっていなくて申し訳ない」
「ふむ。……作り手か?」
「お察しの通りで。なんで、お手数おかけしてしまうんですが、出来ればリング様、あの馬鹿どもの前で、何か作って頂けませんでしょうか」
深々と頭を下げて頼み込むシズノメ。職人気質なのはいいが、『聚宝竹』を支えてきたのは自分達だ、という自尊心が悪い方向に行ってしまったらしい。ストライキ間近なのかもしれない。
まぁ普通“魔王”は戦闘力ありきだからなぁと思うユーラリング(の中の人)。別に物作りは構わないし、本気で作る訳ではないのだからこの姿でも構わないだろう。
と、考えたところで思い至った。そういえばこの仮設店舗、周りと比べても大きかったがまさか、と。
「……生産設備を持ち込んでいるのか?」
「おや、ご存じありませんでしたか。
「あぁ、元からこの祭りの間に受注生産する用意がある訳か」
「ですな。なんで、材料の方もしっかり余裕をもって持ち込んどります」
まぁ、ユーラリングが作ったアクセサリ類が売り上げをガンガン伸ばして、売れ筋トップを脅かしている、というのも今回の原因の一つではあったりする。要するにいつも通りの自業自得だ。
もちろんその辺に気付く訳もないので、なるほど鼻っ柱を程々に叩き折ればいいのか、と解釈するユーラリング。もちろん程々で済む訳がないのだがこれもまた無自覚だ。
「普段の取引にも不満は無い。引き受けよう」
「ありがとうございます! あ、作って頂いた物は
「オークションに出せるのか?」
「出せまっせ。他に何か出してみたい品がありますなら、そうですな、枠の都合で5品までなら何とかしますわ」
「…………1品作って終わり、という事にはならんだろうから、2品にしておく。宝物庫の中だしな」
ちょっと考えて、自信作から2つをピックアップするユーラリング。微妙に察したのか、シズノメの顔から僅かに血の気が引いた。
が、流石慣れ……もとい、感覚麻痺しているシズノメだ。すぐに気を取り直して
「分かりました、特殊ゲートの申請を出しておきますわ。多分決着がつく頃には使えるようになってる思います」
話を先へと進めた。なので、微妙な顔色の変化にユーラリングは気づかない。……まぁ、気づいていたらシズノメはここまで苦労していない。
あと、さらっと「決着」という物騒な言葉を使っているあたりに本音が透けて見えている。あえて透かしている可能性もなくはないが。
「随分短時間で済むんだな?」
「これでもそれなりに名の知れた商会ですからなぁ」
無意識に無自覚に、所属職人たちのプライドをえぐっていくユーラリングと、それを織り込み済みのシズノメ。どっちもどっちでこれは酷いや、と、ヒュドラは心の中で呟いた。
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