第81話 蛇は錬金釜を使用する

 嫌な予感はさておいて、護衛の不死者ズとヒュドラと共に生産設備の方に顔を出したユーラリング。そこには既に多くの生産プレイヤーや商人系プレイヤーが集まり、施設の復旧もだいぶ進んでいるようだった。

 ユーラリングが顔を出した当初は半ばパニックが起こっていたが、シズノメが現れて案内を買って出ると鎮静化した。本人は、私は猛獣か何かか。と思ったのは表に出さなかったが。


「──という訳で、進捗状況としてはこんな感じですな」

「まぁあれらのアイテムを手にする可能性は、一応全員にあった訳だしな」


 変わらずスーツ姿のシズノメに一通り施設とその稼働、修理状況を見せてもらったユーラリング。施設を利用して作るならともかく、施設そのものを修理するとなると若干得意分野からは外れるのだ。

 なので『資材置き場』と書かれた場所に案内された際、手持ちのパーツっぽい推定イベントアイテムを全部放出しておいた。……その種類と量にシズノメの顔は引きつっていたのだが、それは見えていない。

 後は何かフラグが立たないかと相変わらず閉じられたままの部屋にも案内されたが、ここでは変化なし。次いで、開いたはいいがどうやって使えばいいのは分からない設備がある部屋に案内され


「…………錬金釜?」

「リング様、鑑定できるんですか?」

「できるみたいだな。しかしこれは……あぁ、やはりだ。専用の『レシピ』が必要だな。シズノメ、資料庫や図書室に相当する場所は?」

「いえ、開いてる部屋の中でそんな場所はありませんでしたな。ただ、今までのところ取り扱い説明書みたいなんは同じ部屋から見つかっとります」

「という事は、まずは掃除だな」


 そこにあった、今は謎の金属の塊にしか見えない物体にユーラリングの鑑定が発動、情報を読み取ることに成功した。その中にあった必要なものを読み上げるが、シズノメは首を横に振り、共通情報となっている補足を加える。

 それに応じて、ユーラリングは後回しにされ、今も分厚く埃が積もっている部屋を見回した。すす、と今はメイド姿のエフラバールが前に出る。


「ほな人手と掃除用具集めてきますわ」

「頼んだ」


 とりあえずは、と方針を固めて動くユーラリング。といっても、そのメインは、メイド服は伊達ではない、とばかりテキパキ動くエフラバールだ。ユーラリングはヒーイヴィッツ共々、邪魔にならないように部屋の外で待機である。

 やがてシズノメが連れて来たプレイヤーと掃除道具で、部屋は綺麗な状態を取り戻した。そこから改めて探索すると


「あったぞ」

「んん、やはりリング様にしか分からんみたいですな……」

「ポーション作成系のスキルレベル判定では?」

「あるいはポーションの作成数とか?」

「作ったポーションの最高品質かもしれない」

「『レシピ』の数とマスター率という線は?」

「……どれも心当たりがあるな」

「……ですなぁ」


 なおこの場にいるのは『聚宝竹』の面々だけなので、情報管理についてはきっちりしている。その辺抜かりないシズノメだった。

 さてそれはともかく、と周囲にも促される形でユーラリングは「設備の取り扱い説明書」と「設備専用『レシピ』」を読み始めた。周囲に分かるように音読だ。

 それによると、この錬金釜という設備は現代では失われた技術に相当するらしい。扱う為には前提条件を満たしたうえで専用のスキルが必要で、そのスキルの習得の仕方が闇の中に消えてしまったらしい。


「「「なるほど、それか」」」


 ……つまり、生産スキルの上位スキル、に相当するようだった。しかも要求される前提スキルが鬼条件。ユーラリングしかその条件を満たしていないという時点でお察しである。

 まぁスキルに上があると知れば頑張る者もいるだろうという事で、とりあえず見つけた『レシピ』から錬金釜で作成を開始してみようという事になった。もちろん材料はシズノメによる調達だ。

 『聚宝竹』の面々が興味津々に見つめる中で、ユーラリングは『レシピ』の手順に沿って薬草を刻み、木の枝を磨り潰し、ぽいぽいと順番に大きな釜に放り込んでいった。そして最後に大振りなナイフを取り出すと袖をまくり。


「「「えっ」」」

「(顔覆い)」


 ざくっ、と自分の腕に突き立てた。ぼたぼた、と血が滴る幻影が見えるようだ。


「……ちなみにリング様、理由をお聞きしても……?」

「この『レシピ』は作成ではなく設備そのものの修復用のものだ。そして最後の材料が「なるべく高位の魔物あるいは“魔王”の血」だ」


 流石のシズノメも納得するしかなかった。ユーラリングより高位の“魔王”となると、『King Demon’s Round Table』の面々ぐらいなものだろう。下手をすれば「生まれついての“魔王”」という点でユーラリングの方が上である。

 そして修理用の『レシピ』という事は、その後の作成品質や成功率に影響するのだろう。であれば出来るだけ良い物を使った方が良く、ほぼ最上位に位置する素材がそこにあるのなら使わない手は無い。


「心臓に悪いんで、出来れば一言声をかけてから頼みたいとこですな……」

「そうか?」

「そうです」


 のだが、それはそれ。見た目を可愛く守りたくなるようにしているのだから行動も合わせて欲しいと割と本気で思うシズノメだった。例によってユーラリングには伝わっていなかったが。

 ……ユーラリングにしてみれば、「血の刻印」を作る際に自分の血を使いまくっている為今更感が強い。ヒュドラのボス部屋限定装備にも使ったし、他のボス部屋限定装備も同様だ。そしてこれより下層のボス部屋専用装備もそのつもりである。“魔王”というより生産者としての意識が強い為に起こった認識の違いだった。

 そんな会話をしている間にガタゴトと音を立てていた大きな金属塊から、淡く光が零れ始めた。ユーラリングは『レシピ』を見直して、これが完成の合図である事を確認する。


「しかし、何故こんなところはゲーム的なんですやろな?」

「薬液の中に手を突っ込むのは流石にダメだからではないか。あとは器の調達まで考えると難易度が大変なことになりすぎるとか」

「あー、ありますなぁ」


 ユーラリングが近づくと出てきたウィンドウにシズノメが何かぼやいていたが、構わず操作をしつつ答えるユーラリング。……どうやらかなり上手くいったらしく、余った分をどうするか、という確認が出てきた。

 使える場所はと検索すると、この部屋に並ぶ他の錬金釜及び、部屋自体が選択できた。のでとりあえず、それらに使用するように指定していく。……それでもまだ余った。


「シズノメ」

「何か問題でもありましたか?」

「ある意味、か? 修復用の『レシピ』の完成品が余った」

「……はい?」


 なお未知の『レシピ』を試しに使ってみた場合、どれだけ上質或いは量のある素材を投入しても足りないのが普通である。

 とりあえず器に入れて取り出すことを選択すると、器の材料を追加で投入するようにという表示が出てきた。ので、手持ちにあった空のガラス瓶を投入するユーラリング。

 決定ボタンを押した瞬間──ぶわ、と光の粒が錬金釜からあふれて、部屋中を覆いつくした。シズノメ達は慌てていたが、数秒後に光が収まった光景を見て、更に唖然となる。


「……棚から壁まで新品みたいになってる……」

「……適当に山積みされてた謎オブジェクトが素材の山になってる……」

「……てか、こんなに錬金釜あったんだ……」

「……何の棚かと思ってたら、あれ、本棚だったのか……」


 くるりと部屋を見回して、本棚は後で確認しようと思うユーラリング。自動でアイテムボックスに入っていたアイテムがあったので、1つ取り出して鑑定してみた。


『アイテム:最上位施設修復用錬金薬

 錬金釜で作られた施設修復薬。これ以上ない効果と品質。

 どんなに手酷く壊れた設備であっても、これを使えばたちどころに新品同様に戻る。

 施設以外には使えない』


 こんなものが20個も入っていた。……元は何個分だったのか。というのは、考えないことにしたユーラリングだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る