第28話 蛇は戦乙女を手に入れる

 まぁ当然ながら(?)、一難去れば一難やってくるものだ。


「……?」


 今日も変わらず起きて(ログインして)伸びをしたユーラリング。ふとその視界に何か違和感がある気がして、きょろ、と周囲を見回す。

 何が違うのかは割とすぐに判明し、しかしユーラリングは余計にその眉間にしわを寄せた。戦闘装束の魔王ルックに着替え、重量無効化ポーションを飲んで立ち上がりつつ、アイテムボックスから取り出した杖を、かん、と自身の横に突いた。


「で。――この“魔王”の居室に何用か、侵入者」

「「!?」」


 驚いたような気配に内心、失礼な奴らだな。とか思いながら、「一切の灯りの無い」暗闇の中、ユーラリングは目を眇めて一点を睨んだ。同時に、その視界の端でダンジョンのログウィンドウを開く。

 起こったイベントに「転移」で検索をかけてしばし。


「(これか)」


 該当するだろう文章を発見して、睨んだ姿勢は動かさないままそれを読む。並行して、現在進行形のログ一覧も開いて状態が『戦闘中』となっているそれを眺めた。


「……、ふむ。埒が明かんな。――ヒュドラ」

『はい我があるじマイロード、お呼びで?』


 眺めて、そこまでしてもまだ動きが無い侵入者の前で、『ミスルミナ』最大戦力を手元に喚びよせた。一瞬もおかず、けれど本体では無い、頭が10程の多頭の蛇がずるりと足元から現れる。

 とぐろを巻いて差し出された頭の1つに腰かけて、改めてユーラリングは闇の向こうへ声を放った。同時に、杖を起点としてスキルを1つ発動する。


「何。……今現在も健気にお前の本体と戦っている仲間を放って、我が居室に来ている侵入者が居たのでな。何用かと尋ねているのだが、反応が無いのだよ」

『あー、それはそれは。随分あちこちにツッコミどころがありますねー』


 使ったのは明かりを灯すスキル。「シズノメがいないせいで」真っ暗な闇に沈んでいるこの場を照らすためのそれだ。もっとも、ユーラリングが使う関係上、やや紫がかった怪しい光にしかならないが。

 それでも生産部屋の様相がはっきりと分かる程度の光量はある。その中に、互いを庇い合うような二つの人影を見つけて、ヒュドラ(分体)もまた、多頭の蛇眼を眇めた。


光の戦乙女ヴァルキュリアって確か、敵前逃亡とかその辺すっっごい厳しかった筈なんですけどねー。おやおや、何の風の吹き回しなのやら』

「っっ!! 何故、分かった……っ!?」

「我はこの迷宮の主だぞ? わざわざ苦労して「夜影の外套」を調達してきたのだろうが……誤魔化せると思うなよ」

「あ、はは、ばっちり固有名までばれちゃってるとは……」


 それで観念したのか、ゆっくりと立ち上がる侵入者達。そのまま被っていた外套も外して床に落とす。

 光の戦乙女ヴァルキュリアの名の通り、「あらゆる光効果を封じ込め、隠す」という外套の効果が切れて、ユーラリングが灯した光を塗り替えるように、清涼さを感じる光を纏った2人は、真っ直ぐにユーラリングに目を向けて


「突然押しかけて申し訳ないのですが、匿って頂けないでしょうか!」

「私達に出来る事なら何でも喜んで協力させて頂きますので、この通り!」


 すわ戦闘か、と身構えていたのを綺麗に裏切り、見事な土下座を決めたのだった。




「……。つまり、ハーレム男に耐えきれなくなって同性に走ったら、処刑か肉壁かと迫られた為、駆け落ちたと」

「言葉の選び方が酷いけど一切否定できない……」

「冷静に事実だけを並べると碌でもない状況だな……」

「全くだな。良い迷惑だと付け加えてやろうか?」

「いやその、それは本当に申し訳ないと言うか……」

「最初で最後のチャンスである遠征の行先が此処だったもので……」


 まさかの駆け落ち百合ップルだった侵入者改め虜囚を前に、ヒュドラを玉座に魔王ルックのユーラリングは思わず呆れた息を吐いた。器用に組んだ足で杖を支え、それを肘掛代わりに頬杖をついている。

 なおハーレム男とは、伝承通り主神(のキャラ)の事だ。全ての戦乙女はかの女好きな神に仕える者である為、クエスト(キャラ付け)としてそういう行為に走るのは間違ってなかったりする。もちろん年齢制限及びシステム的不許可の壁はある訳だが。


「応じたら応じたで調子に乗るし、ヘラ様からは理不尽な罰則が来るし……」

「拒否したらしたで、他の戦乙女を煽ってまで吊し上げられる……」

「……何というか、色々と酷いな」


 もちろん片方の主観意見だが。と口の中でごちて、ユーラリングはわずかに視線をずらす。そこには、今も奮戦中の某神話形態な“英雄”達の戦闘風景が映し出されていた。


『ちぃ、冗談が通じない女はこれだから!』

『いや、冗談じゃなかったでしょ【オーディーン】様』

『そうそう、マジでガチなやつでしたよねあれ』

『そのまま戦乙女全員から逆吊し上げ食らってしまえばいいのよ』

『お前ら酷くないか!?』

『『『我らが主神様ほどではありません』』』


 ……あながち冷静な意見だったのかもしれない。と、内心で2人組の証言に対する評価を修正するユーラリング。

 まぁそれはそれとしてだ、と気持ちを切り替える。


「……とは、いえ。まさかそれこそ戦闘で中ボスをやれと言う訳にもいかんだろうが。戦士である以上生産スキルは雀の涙だろうし、ただの虜囚に甘んじれる精神でもあるまい? 扱いに困るのだが?」

「やだ、この“魔王”様優しい。すごい理解してくれてる。涙出そう」

「その分私達の無力が浮き彫りになっているが……」


 この程度の理解と配慮で泣くほど優しいと感じるとは。と、若干顔を引きつらせるユーラリング。某神話の系譜は現在、随分ブラックなようだ。

 しかし、扱いに困るとはいえ、手の中に転がり込んできた珍しい一級品の戦士をそのまま(お隣辺りに)ポイするのも勿体ない、と感じたユーラリング。いつもの貧乏性なわけだが、固唾をのんでその様子を見守る虜囚達にはそうは見えないだろう。


「…………ふむ。1つ確認だが」

「はいっ!」

「何でしょうか」

「その光。どういう物だ? あぁ、光量の調節が効くのかとか装備あるいは体調による変化はあるか、という意味だ」

「あ、えっと、これは種族特性ですね。レベル依存のデフォルト装備扱いです。外せません。さっきの外套みたいな特殊な装備無しだと、光っぱなしです」

「今現在の戦装束より、平時の布服の方が光量としては上になります。装備によって光の印象が若干変わるくらいで、基本的にあまり変わりません。例外は、そうですね。調子や機嫌が良かったらより光る、という感じでしょうか」

「ふむ、成程」


 要は精神的なものか。と呟いて、再び考え事に戻るユーラリング。その脇で、どうよ俺のあるじマイロード、優しいだろ。うんマジ優しい。魔物サイドなら即行恭順を申し出ていた。という感じの会話を配下と虜囚が目で交わしていたが、気付いた様子は無い。

 更に数分をかけて結論が出たのか、足を組み直してユーラリングは告げる。


「ヒュドラ。お前の階層にある空気部屋のどこかに置いておけるか? 一時で良い」

『大丈夫ですね。直線ルート以外だと、ほぼほぼ存在すら知られてない場所が一杯あるんで』

「ではそこでしばらく待機。その後準備が整い次第場所を移す事とする。……そんなに不安そうにしなくて良い。灯り代わりになるだけの簡単なお仕事をしてもらうだけだ」


 出来る事なら何でもする、と言った手前特段反論はなく、2人はひとまずユーラリングの転移でヒュドラが指定した座標へと姿を消した。転移が成功したのを確認してから、ユーラリングはヒュドラから降り、装備を片付ける。


『で、我があるじマイロード。どうするんです?』

「先に言った通りだ。次の階層の餌兼灯りになってもらう」

『……、餌?』

「餌だな」


 よいしょ、といつものツナギ姿にスコップを担いだ姿となったユーラリングが口にした、言っては何だが本人からはイメージしにくい単語。純粋に疑問の声でヒュドラが繰り返すと、軽く頷いて肯定が返る。


「高嶺の花とは、手が届かぬからこそ欲しくなる物。けれど、いくら美しくとも見えなければ求められんだろう。そういう事だ。ま、どうせ有象無象では近づく事も出来ん構造にするのは決定事項だから、高嶺の花どころか絵に描いた餅になるだろうが」

『相変わらず我があるじマイロードが頼もし過ぎて痺れる憧れる』


 くくく、と魔王の笑みで凶悪な事を言うユーラリングに、ヒュドラは皮肉一切抜きの本気賛辞を捧げるのだった。

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