第27話 蛇は迷宮を下造る
ユーラリングはうっかり魔王ルックで戻って来てしまったが、シズノメが魂を飛ばしている間にさっさと作業着を作り終えて着替えたので大事にはならなかった。
『……ツナギ姿の魔王サマ……』
「何だ、シズノメ」
『いえ、何でもありませんやって……』
ちなみにこれも生産用装備としてみれば性能がおかしいのだが、シズノメはマナーとして無断で鑑定する事は無かった。学習したとも言う。
そんな訳で第7層の問題が片付いた今、ユーラリングが何をしているか、というと。
「……ふむ。装備の力と言うのはやはり大きいのか。とはいえ、レベルも上がったからどちらとも言えない気もするが」
すっかりと静かなその場所を美しく「仕様書通りに」整えて、ユーラリングは1人ごちた。重量無効化ポーションの入手が安定して、真っ先に手を付けたのは、同盟との引き換え条件である、第1層の完成だった為だ。
……とはいえ、“魔王”として桁外れのステータスと、これまたぶっ壊れ性能の生産特化装備を持ち、スキルが全て生産系上位で揃えられているのが現在のユーラリングだ。その能力はお察しと言う奴だろう。
結果として、『天地の双塔』のネームド達を完全に置き去りにする速度でダンジョンの構築が進み、この静寂、という訳である。
「まぁ、静かな分は別に構わんか」
もちろんその辺をユーラリングが頓着する訳もなく、ざくざくざくと掘り進める、どころか、ゾガッ! と何かの必殺技のような音と共に通路が一本増える、という状態で仕様書通りのダンジョンを掘り進めている。
ましてユーラリングも学習する。侵入者達と鉢合わせしないように、本道、と呼ばれる一本道への接続は最後の最後まで繋げないようにしている為、侵入者もダンジョンが広がるその驚異的なスピードは把握していない。
「しかし、何もないのも納得の厄介具合だな、この土地は」
スコップを2・3度振るえば形成が終わった部屋に小物を配置し、床や壁などを整えながらユーラリングは嘆息。また何か問題があったらしい。
……もっとも、ユーラリングが認識している「厄介事」の内、2つは完全にユーラリング本人の自業自得なのだが。
そんな訳でさくさくと第1層の形成を進め、ポーション中毒の症状が出るギリギリ前に生産部屋へ戻るユーラリング。新しく購入した設備の前に陣取って、ウィンドウを開いてまず確認したのは。
「…………ふむ。まぁ、これも想定外と言えば想定外だった訳だが……まぁ、順調で何より」
こちらも長らく空白だった、『同盟』の項目――個人と集団の2種類がある内、個人の第一号である名前も種族も不明な、推定「怠惰」に属する魔物(正しくはその下につけた幹部級アンデッド)からの報告書(メール)だ。
整理整頓されたその情報は、こちらの被害と与えた損害、施設の状況、鹵獲品一覧などと言った物騒な物ばかりが並んでいる。
……そう、難攻不落の第4層、抜けるだけで死力を尽くす必要がある第5層、そして、生かして帰す気が微塵もない第6層、その下にあるのに、「侵入者との戦闘」が行われた、という内容だ。
「(事後報告だったから余計に、初回は何事かと思った)」
と、いうのも。
あの第7層、『
もっと言えば……ユーラリングがやらかしたアダミ石のアクセサリ。その大元となった「今一番熱いアンデッド系の狩場」がまさにそこ、正しくは、その表層部分、だったのだ。
「(クエスト時点で一切の手抜きをしていなくて良かったな)」
……まぁ大体お察しの通り、ユーラリングが其処に使われるアイテム類どころか士気に至るまでの難易度を大幅に塗り替えてしまった為、ようやく明らかになった狩場最下層(=『ミスルミナ』第7層)では阿鼻叫喚が展開されているが。
なのでこうやって報告を確認しつつ、必要であれば動ける時間の一部でポーションや武器防具を補充するのがルーチンワークの1つに加わっていた。……宝は持ち出されることが無い為、補充無しだ。
が、これは新しい設備には関係ない。関係するのはそれとはまた別件、ダンジョンでありながら第1層でも第7層でもなく、「その下」。
「(……まさか、またしてもまた何か超々硬質の岩盤だか鉱床だかがあるとは思ってなかったなぁ……)」
第8層。その予定地に現れた、現在のユーラリングの技量を持ってしてスコップを弾かれる、謎物質の塊である。……なお、更にその原因を突き詰める事も出来るのだがそれは一度おいておく。
これもまた『岩塊取り出し』で重量を無視してアイテムボックスにしまってしまうと決めてはいるが、そうするとまたしても広大な空間が出来ることになる。かといって、疑似階層では第4層の二番煎じだ。
と言う訳で、今やっている作業になる訳だが、その内容と言うのが
『ダイジョーブ何も見てないダイジョーブ何も見てないダイジョーブ何も見てない……』
「シズノメ?」
『はいっ! なんでっしゃろか!』
シズノメのこの反応で大体お察しかもしれないが、またしても特化スキル群とプレイヤースキル全開の、自重しないものである……と言う事だ。
「いや……疲れているようだが、どうかしたのか?」
『ははは、いえいえ何でもございませんやって…………』
ユーラリングは首をかしげているし、シズノメは言葉を濁したが、当然その原因は今現在進行形で作られ続けている物にある。注文から発注までの流れは相変わらず凄まじく滑らかなので、慣れって怖い、という奴だろうか。
……現在ユーラリングは、新しい設備……いわゆる、ファンタジーでいう所の「錬金台」とでも呼ぶべき、半分のドーナツみたいな形の天板を持つ机の前に座っている。
そこで、拳ほどの大きさの結晶に何か複雑な図形や文字をガリガリ刻み込んでは、削った溝を埋めないように、表面に膜を張る感じで何か薬品のような物を塗り、乾かしては塗り、液体の入ったビーカーに投入する、という作業を繰り返していた。
『しかし、リングサマ。その、マナー違反や言うのんはよぉ分かっとるんですけんど、何でまたわざわざ設備を増設してまで「浮遊の水晶球」なんてマイナー錬金アイテムを作ってるんですん?』
その合間に、気のせいか頭を抱えて胃薬を飲んでいる感じの声でシズノメが問いかける。マイナー錬金アイテム、と称したそれは、名前の通りに一定範囲にある物を浮遊させる、それだけの効果のアイテムだ。
同じ材料と設備でもっと役に立つものが何パターンでも作れるのだから、本当に「ただ浮かべる」効果しかないこのアイテムは確かにマイナーだ。……そんなアイテムでもレシピは必要だし、ユーラリングは複数パターンを所持しているが。
なお、その問いに対する答えは非常に簡潔な物だった。
「端的に言うのであれば、必要だからだな」
『デスヨネー。いや、失礼しました』
「気にしていない」
基本外部に繋がる場所へは『ダンジョン』内の情報は流さないユーラリング。もちろん絶賛覗き見されている事など知らないが、覗き見している相手はその情報を何処へも出していないのだから問題ない。
それにしても幾つ作るつもりなのか……と、ゴロゴロと床に転がって山になりつつある水晶球を眺めてシズノメが戦慄している事も与り知らず、ユーラリングはまたしても常識をぶち壊す準備を進めていった。
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