第29話 蛇は衣装を考える
そのまま特段何も変化が無いまま……百合ップルの2人に防寒具や生活用品を融通したりはあったが……数日が過ぎた。
今日も同じルーチンとして第一層の形成を、ポーションの限界までやって戻って来たユーラリング。けれどその日は、どうやら少し違う事をし始めた。
「シズノメ」
『はい、何のご注文でっしゃろか』
「いや。……デザイン画の鑑定、というか、助言(アドバイス)というのは、査定依頼でいいのか?」
『……、えー、と、言われますと?』
「急遽、衣装を仕立てなければならないことになった、ん、だが。……フォーマル具合の加減が分からん」
言いながら、カリカリと紙の上でペンを動かすユーラリング。『えー……と、すみません少々お待ちください』と答えて、シズノメは黙った。もしくは通信的なあれを切ったのかもしれない。きっと裏ではてんやわんやになっているのだろう。
そしてその辺を一切気にすることなく、ユーラリングはカリカリと何かを書き上げていく。その動きに迷いはない。ぺらり、と紙を横に置いてまた書いてを繰り返す。
『……あー、リングサマ。少々よろしいですやろか?』
「構わんが」
『えー、結論から言いますと、可能です。ですけど、その、服飾関係の担当者に代わる事になるんですが……』
関西弁風味が抜けて完全な丁寧語になっているシズノメだが、ユーラリングは軽く首を傾げるにとどまった。もちろん手はとめないまま。
「これ(デザイン画)をそちらに送って数日待つ、とかいう事ではないのか?」
『ではないですなぁ。んー、そうでんな、リングサマでしたら……デザイン言うのは、迷宮の見取り図と同カテゴリ、と言うたら伝わります?』
「理解した。構わない」
『そらありがたく。そんなら、担当の者に代わりますなー』
即答で納得を返したユーラリングに、シズノメもさくっと返して、屋台が消えた。その時点で初めてそちらに視線を向けて、あれって個人依存だったのか……。とか思うユーラリング。
まぁそれはそれとして、と手元の紙に視線を戻し、新たな一枚を書き上げるユーラリング。そしてそれをぺらりとめくったところで、その視界に、バンッ! とスポットライトのような光が入り込んだ。咄嗟に杖を手に取りつつ目を庇い、無詠唱で可能な防御系スキルを待機させたところで
『呼ばれて飛び出てやぁぁって参りました!! 冠婚葬祭お茶会夜会普段着から勝負服まで着る物であれば何でもござれぇぇっ!! 通称を「マジッククローゼット」、商人名をキルシュテンと申しまぁぁっす!!』
高笑いの幻聴が聞こえるほどに活力に溢れた(マイルドな表現)、「女声」が聞こえた。……女声だ。断じて男では無い。早くも頭が痛くなってきたユーラリングだった。精神的なものと、突然の大声で半分ずつぐらいに。
キンキンと高く刺さるそれではなく、落ち着いた口調で話せばヒーリング効果すらありそうな声質だからまだうるさい程度で済んでいるが、だからこそ残念だと思うユーラリングだった。
「……キルシュテン、か。話は伝わっているか」
『それはもうもぉぉっちろん!! シズノメが珍しくも大絶賛していた「魔王ルック」というのも気にはなりますがまずは査定のご依頼と言う事でよろしいでしょぉぉっか!?』
何だ、魔王ルックって。大絶賛って。と、頭痛が増した気がしつつもユーラリングは肯定の返事を返す。
「あぁ。身に纏う予定の状況が状況だけに、繊細なバランス感覚が必要なんだが……デザインそのものはともかく、その辺の機微にはいまいち疎くてな。専門家に見てもらえるなら助かるのだが」
『ふむふむほうほうそれはなんともドキドキワクワクですなぁぁっ!! ちなみにその状況と言うのはどういう感じなのかこうざっくりでいいんで教えて頂けるんでしょぉぉっか!?』
「格上の“魔王”に同盟へ誘われた」
端的に返すと、数秒の沈黙。
『…………んんんっっ!! なっるほっどそれはそれはそれは!! 腕が鳴りますなぁぁっ!!!』
他人の気持ちとかその辺を察する能力が底辺を這っているどころかマイナスに振れている疑惑のあるユーラリングですら「あ、カラ元気だな」と分かる調子で続けたキルシュテン。まぁ大体前置き無しに超特大の爆弾を落とすユーラリングが悪い。
それはともかく、と表示された画面に先ほど書き上げたばかりのデザイン画を放り込むユーラリング。ふむふむほうほう、とキルシュテンはしばらく静かになった。
『ほっほほーう!! これはこれは! リング様が普通のお客様であったならば今すぐこの場でスカウトしていたでしょうなぁぁっ!!』
「世辞はいいから端的に客観評価を出してくれ」
『文句なしで御座いまぁぁっす!! 強いて言うなら黒色部分に艶を持ってきて他を艶消しにすると応用の幅が広くなるでしょぉぉっ!!』
「…………そうか。助言、感謝する」
内心、今回限りの見た目装備だからそこまでこだわるつもりは無かったんだが……。とか思いながらそう返すユーラリング。ちなみにその「こだわるつもり」でユーラリングとそれ以外の基準の違いが浮き彫りになっていたりするが、今それを指摘できる存在はいなかった。
『んっんんー!! ところでリング様、ご自分でお作りになられるということでしたが他の針子の腕前などに僅かなりと興味はないでしょぉぉっか!?』
「用があるなら端的かつ分かりやすく言え?」
『では端的に衣装を仕立てさせていただいてもよろしいでぇぇっすか!? 可能でありますならば1着と言わず2着3着ともちろん普段着にも出来る感じのデザインと着心地機能性を兼ね備えた品となっておりまぁぁっす!!』
……いらないなぁ。というのがユーラリング(の中の人)の嘘偽り無い本心だった。何せ、自分で着たいと思う分ぐらいは自在に作れるのだ。材料さえあれば。
それでも一考の体勢に入ったのは、先日のエクストラエリアクエストで転がり込んできた物々しい称号が頭をよぎったからだ。流石にユーラリング(の中の人)も、完全なプライベートはともかく、普段着がツナギや作業着姿の姫や王なんて見たくない。
なら、普段使い出来るほどの量を自分で作るか、というと……まぁ、作らないだろうな。面倒になって途中で投げる。と、言い切れてしまうのが分かっている。であれば、外注するのもさして違いはないのでは? と。
「………………いいだろう。ただし、一度に頼むのは5着までだ。その内、1着でも不満があったらもう頼まないからな」
『あぁぁぁぁっっりがとうごっざいまぁぁぁっっっす!!!!!』
「あぁ、それと」
恐らくは、歓喜の咆哮……と言うべきなのだろう。そんな声を上げたキルシュテンに、ユーラリングは耳と頭を押さえつつ、追加条件を出した。
「次から、その受け渡しと注文は、シズノメを介せ」
シズノメの胃痛が加速する事が確定した。
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