第50話 蛇は擬態者を手に入れる
哀れなリタイア者が出たという事を知る事無く、ユーラリングは引き続き「辻バトルエリア」を歩いていた。先ほどの騒動はあっという間に伝わったようで、声をかけようとする動きは無いようだ。
それはそれで面倒がなくていいと考えるユーラリング。戦いぶりを見せるエリアであるからか、出ている屋台は殆どが武器防具、アクセサリにポーションだ。見覚えがあるな? と思ったポーションが『ミスルミナ』第4層で出てくるポーションだった、とかいう事もある。
戦い自体は適当に流し見るだけで、主に屋台巡りをしていたユーラリング。なお、護衛に勝負を挑んでもいいのはその主が腰を落ち着けて観戦している間だけ、という暗黙の了解がある為、護衛のヒーイヴィッツにかけられる声もない。
「ひっひっひ。お嬢さん、その護衛に、御一ついかがかね?」
「ほう。呪いの武具か」
「ひっひっひ。お目が高いね」
なので平和に屋台巡りをしていたのだが、その途中でそんな客引きをされた。黒い布で天幕を作り、店主本人もすっぽりとローブに隠れた怪しさ満点の屋台は、成程確かに怪しいだけはある品が並んでいる。
ユーラリングが看破した通り、そこに並べられている装備は1つ残らず呪われていた。よくここまで集めたものだ、と感心の呟きが零れる。しかも、どれもメリットに転じられる呪いがくっついている。
なお魔物にとって、呪いはそこまで悪いものではない。なので、人間側ほど敬遠される装備ではなかった。むしろ呪いのメリットデメリットによっては人気装備にもなりうる。
「ひっひっひ。実は、「商店エリア」の方に本店があるのさ。良ければ見てやっておくれ」
「覚えておこう」
良質な店舗だと判断したので、「考えておく」ではなく「覚えておく」と返すユーラリング。とはいえ基本性能はユーラリングが作ったものの方が上だ。なので見るとすれば、くっついている呪いの性質に寄るのだが。
ヒーイヴィッツにも「好きに見ろ」と声をかけ、丁寧に品を見ていたユーラリング。その目が、とある剣で止まった。
「これは?」
「ひっひっひ。これは良いものだよ。防御、耐性、再生力。そういう準備とか備えを「食って」出血を強要するナイフさ。名前は「血喰い」。守りに重きを置いている相手程よく効くよ」
実にえげつない効果だが、シンプルなだけに使い手に対する反動やデメリットは無い。もちろん「食う」という事は素材となったときに性能が下がるという事なのだが、対人戦としては非常に頼もしいだろう。何せ、掠りでもすれば出血多量が待っている。
ナイフとしてはやや小ぶりで、見た目的にはあまり頼りにならないのもポイントだ。破れかぶれに投げたと見せかけて、僅かでも傷がつけば大量出血、死にはしなくても防御力が一気に下がるのだ。実にえげつない(誉め言葉)。
……が、例によってユーラリングが目にとめたのは、そこではない。
「取り回しによっては爪と誤認できるかもしれんな。貰おう」
「ひっひっひ。毎度あり」
見た目とは大幅に食い違う、しかし看破できるなら相応の対価を払い、ユーラリングはそのナイフを購入した。ヒーイヴィッツに目を向けるが、こちらはお眼鏡にかなうものはなかったらしい。
皮では餌と間違えて喰らうから、と渡された金属の鞘にナイフをおさめ、アイテムボックスではなくベルトに差し込んで屋台を後にするユーラリング。黒い雛がひょこっと顔を出して、び、と鳴いた。
「そうか、お前は気づいたか」
『あ、やっぱ「そう」なんですか?』
「そうだぞ」
同じく気づいていたらしいヒュドラが確認を取るのに、ユーラリングはあっさりと頷いて見せる。何のことかというと、このナイフ、装備ではなくモンスターだったのだ。
しかも装備品のふりをするあたりだいぶ知能も高く、人の手をそれなりに渡り歩いたのかステータスも上々。環境さえ整えば、進化まで秒読みというハイレベルモンスターである。
で、購入という手続きを取っていたとしてもユーラリングは“魔王”。今ので自動的に『配下』になったとみなされ、ステータスが参照できるようになった。
「ほう。思ったより掘り出し物だったな」
『えーと? ……うっわ、これは酷い。もちろん褒めてますよ?』
「くっく、あぁ、これは酷いなぁ」
しばらく歩いて屋台でパイをホールで購入し、机に着いて食べつつウィンドウを展開する。ヒュドラも新たな同僚という事で一緒にのぞき込み、主従は揃って、呪いの武器に擬態したモンスターにとっては、最上の誉め言葉を小声で口に出した。
ずらりと並んだスキル郡の内、店主の言葉に相当するのは『防御捕食』『耐性捕食』『再生捕食』及び『強制出血』だろう。高レベルの『擬態』『擬似装備』スキルで装備品のフリをして『失血経験値化』で経験値の値をごまかしていたと思われる。
だが、それ以外に並ぶスキルがまた酷い。『錆化付与』、『失血病付与』、『ポーション中毒加速付与』、『魔力漏洩付与』、と、傷1つで死んだほうがマシな状態異常が山ほど積まれる。しかも『抵抗捕食』、『耐久値捕食』に称号【
「紹介は帰ってからとしよう。……将来が楽しみだ」
しかもこれでまだ成長の余地があるときた。にっこり、穏やかで無邪気な笑顔で言うユーラリングだが、まぁ、その中身はいつも通りなのだった。
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