第36話 蛇は営業をかける
で。しばらくの間、サタニスの話にユーラリングが相槌を打つ、という会話が続いていたのだが……。
「で、その時の戦利品が…………何だったかしら」
「壁一面のタペストリーで御座います。現在は寝室に飾られております」
「そうだったわ。寝室に飾ってあるちゃ…………タペストリーなのだけどね」
もう既にテイクを数えるのを諦めているユーラリング。おかしいな。もっとこう妖艶かつ強かな感じの、隙のないイメージだったのに。とか思っているユーラリング(の中の人)。
もしかしてあれは周囲の努力で作られた仮面だったのでは? とか失礼な感想が浮かぶが、顔には出さずにこやかに話を聞くに徹している。実力が確かなのは間違いないのだ。不況は買いたくない。
そんな感じで謎の忍耐な時間を過ごしていると、ようやく話したい事を話し終わったのか、ぷはー、と勢いよくお茶を飲んだサタニス…………当然、シュッ、と出現した筆頭執事によるリテイクにより、優雅に飲み直した。
「そうそう。それで、そちらの第1階層の構築が終わったのよね?」
「えぇ。恙なく。大変勉強になりました」
「あら良かった。これでこちらも心置きなくあなたを同盟へ誘えるわ」
にっこり、と笑って小さく自身の手を合わせるサタニス。……ここだけ見れば噂通りのデキる“魔王”なんだけどなぁ。という内心は、やはり出さなかった。
そしてそのタイミングで筆頭執事が何か書類を持ってくる。どうにも仰々しいそれを、まずはサタニスの前へ、次いでユーラリングの前にすっと置いた。首を傾げて目で問うユーラリング。
にっこり笑顔での頷きに軽く会釈を返して、その書類と言う名の羊皮紙に目を通すユーラリング。半ば予想していたが、その内容は同盟への誘致、及び締結についての書類だった。受ける以外に選択肢は無いのだが、それでも内容を確認する。
「……何か不備があったかしら?」
「……書類を確認するのは良い事でございましょう」
「……偉いわねぇ。こんなの、見るだけで眠くなっちゃうわ」
何か聞こえた気もするが気のせいだ。
とはいえ条件に不備は無かった。どころか、同盟と言っても部下扱いを想定していたユーラリング。それを覆す、完全に対等扱いの内容に驚いたぐらいだ。サタニスが登録しユーラリングが誘われたこの同盟はだいぶ古株の筈で、正真正銘廃人の証としての“魔王”が名前を連ねる、少数精鋭の有名どころである。
いくら階層1つを好みに作り替えたからと、破格に過ぎないだろうか? と逆方向の心配がよぎったユーラリング。もちろん表には出さない訳だが、
「――……随分と買って頂いているようですが」
僅かに迷った末、流石にツッコまないのはどうか、という方が勝った。顔をあげ、僅かに首を傾げてユーラリングは口に出した。意訳で「待遇良過ぎね? 別人と間違えてね?」である。
あら、と小さく呟いたサタニスは、けれど感心の色を隠さない。
「問題ないわ? 貴女、もう少し自分の価値を知るべきよ?」
「まぁ実際の所、その条件だけでは捻じ込むと言って差し支えないかと」
「それでも出来るだけの力があるもの。……それに、本当の手ぶらで来るとも思っていなかったし」
にっこり。と上機嫌な笑顔になって、けれどその視線が一瞬鋭い物になって、ユーラリングが背後に控えさせている不死者に向いた。その手にある箱の事を指しているのは明白だ。
読まれていてやり易いのやらやり難いのやら。小さく息を吐くにとどめて、ユーラリングは不死者に無音で合図を出した。す、とごく小さな足音と共に不死者が前に出る。
「得意分野の自己紹介と併せて、『天地の双塔』を統べる御身にはいささか不足かもしれませんが……お受け取りいただければ幸いと願います」
不死者が持って机の半ばまで進み、膝をついて差し出したのは、艶のある黒で「尾を咬む蛇」を象ったデザインとした艶消しの黒い紙箱だ。緩衝材として(さくっと間に合わせで作った)黒いクッションを入れてある。
筆頭執事が受け取ってサタニスの前に差し出す。わくわく、と顔に書いて開けたサタニスは、僅かに目を丸くした。
「あらまぁ……これ、もしかして、高密度結晶? いえ、違うわね。あれって上位があった筈ね?」
「はい。確認されている限りの最上位は亜空超密度結晶でございます」
「じゃあ、それね。だって見た事無いもの、こんなに綺麗なの」
「確かに、輝きももちろんでございますが、大きさも素晴らしいかと」
「本当に。……ところで、リングちゃん?」
なんでしょう。と答えたユーラリング。小首をかしげているが、現在のこれはわざとである。
箱の中に入っていたのは、確かに「*****の巨塊」が亜空超密度結晶になったものだ。その大きさはユーラリングの顔程もある。が、それは表面を美しく整えただけの、裸の宝石のような状態だったのだ。
もちろんサタニスであれば「これで好きなアクセサリーをどうぞ」と言う意味に取るだろうし、実際お抱えの職人が居る状態であればそちらの方がありがたいのは確かだったりするが、今回は違う。
「……リングちゃんの杖。其処に填まってるのも、これと同じ結晶ね?」
「はい」
「見せてもらってもいいかしら」
「どうぞ」
す、と杖を不死者に渡すユーラリング。不死者から筆頭執事の手を経て、サタニスにとんでも杖が渡される。
もちろん廃人の証である“魔王”な以上、鑑定スキルぐらいはがっちり取り揃えてあるだろう。なので両手で持ってその杖を「調べた」らしいサタニスはまた目を丸くして、
「――――あっははは、なぁにこれぇ! すごいわ、ロマン武器レベルのとんでもさね!」
それはそれは楽しげに声を上げたのだった。
……その内容が、ユーラリングとしては若干凹むものだったのは横に置いておく。
一頻り笑ったサタニスは杖を筆頭執事に渡しつつ、今度は優雅にお茶を飲んだ。その視線が、今度はユーラリングが贈った大きな結晶へと向けられる。
「何となく察しちゃったけど、その杖、もしかしてお手製なのかしら?」
「はい。自作品です」
「その服も?」
「はい。今回の為に作りました」
「他にはある?」
「……、今あるのは、これぐらいでしょうか」
と、ユーラリングが取り出したのは、クラウンと呼ぶには背が低く、ティアラと呼ぶには径の大きい、頭飾り(サークレット)だった。今も頭を飾っていたそれを、また先程と同じ順番でサタニスへと手渡す。
でまぁもちろんもう一回楽しそうに笑ったサタニスは、頭飾りを筆頭執事に渡しつつ、意図を理解してこう言った。
「なるほどね? 確かにこれは良い特技だわ。それじゃあ、私に似合う、それとおそろいのティアラを作って貰えるかしら」
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