第71話 蛇は暇潰しを思いつく

 祭り4日目は結局多少小動物が増えたぐらいで、しかも出来るシズノメの配慮によって先に『ミスルミナ』へ転送される(世話係付き)事になった。ハイライガー姉妹には一応どうするか聞くと


「えっと、お邪魔でなければ、もう少しここに居たいのですが……」

「大きな祭りだけあって、空気に触れるだけで楽しい」


 との事だった。なのでハイライガー姉妹は今も同盟の簡易拠点の中、ユーラリングの個人スペースに居る。

 なおそれ以外の正体不明やよく分からない生き物は、世話係が面倒を見つつ可能な限り種族を特定してくれるらしいので、帰ったときの楽しみが増えたような頭痛の種が増えたような、とちょっと複雑なユーラリングだった。

 さてそんな訳で、


「ようやく昼から動ける……」


 祭り5日目。

 イベントを知らなかったせいでギリギリ滑り込みの有給申請となった為、8日目の新月が日曜日で、翌日の月曜日が祝日であることを含めても前後2日ずつの有給が限界だった。なのでユーラリングが全力で参加できるのは、前半の5・6・7日目、8日目の本番、後半が9・10・11日目の合計1週間となる。

 ……一応説明しておくと、ユーラリングの中の人の勤め先はかなり優良なホワイト企業だ。通常の状態で申請すれば、理由が何であれ有給日数がある限り2週間ぐらいなら平気で許可がもらえる。中には年1で1か月の休みになるように有給を調節して取っている社員もいるぐらいだ。

 次回は最初から最後まで参加しよう。あと体調には今以上に気を付けよう。そう心に決めつつユーラリングは昼間の祭り会場を回遊し始めた。


『と言っても、店の並び的には大して変わらない感じですかね、これ』

「公式イベントも今日は夜だしな。まぁ、客層が違う分差が無くはないようだが」


 とりあえず昨日も回った「屋台エリア」と「辻バトルエリア」を回って出てきた感想はそんな感じだった。もちろん入れ替わり後の屋台のチェックは昨日終わっている。

 そんな訳で足を向けたのはオークション以来となる「屋内イベントエリア」だ。と言っても、こちらもこちらで特段変化はない。刺さっている剣が増えた道化師姿は今日もスルーだ。

 オークションに1人で参加するのもあれだし、動物園とか見てもなぁ、とか思いつつ、とりあえずプレイヤーイベントのタイムスケジュールをもう一度確認しに行くユーラリング。


「これから始まるか、今やっているのは……移動図書館に、美術品の展示、要予約のオークションと、あとはスキル取得用の、常駐各生産教室ぐらいか」

『行くとしたら移動図書館ですかね、この中だと』

「……いまいち興味をそそられんな」


 言葉通り、乗り気になれない様子のユーラリング。中の人は読書が嫌いではないというかむしろ好きなぐらいなのだが、ゲームの中でまで読書をするのもなぁという感じである。……もしくは、何かいらんフラグの気配を察知したか。

 それはともかく、やることが無いのでそのまま「商店エリア」に移動するユーラリング。『聚宝竹』の店舗とその隣の暗幕を様子見して、特段何も用は無いな、とそのまま通り抜けていった。

 結局「メインイベント広場」に戻ってきたユーラリング。やることが思ったよりもない、という顔をしている。


「かといって、祭りの会場でわざわざ生産作業をするというのもいい加減中毒だな?」

『かなり中毒でしょうね。実態はともかく』

「どういう意味だ。……まぁいいが」


 所属同盟の簡易拠点を覗くと、サタニスはハイライガー姉妹を相手に楽しそうに話をしている。気配を隠したままその場を離れるユーラリング。あれは夜まで続くな、と察したのだ。

 ほてほてと「屋台エリア」の方に歩きながらユーラリングはどうしたものかと考える。そしてふと立ち止まると、護衛の不死者の方を見上げた。


「……まぁ、幸いというか、夜まではだいぶ時間があるしな」


 そう呟くなりくるりと方向転換して「商店エリア」の方へ向かうユーラリング。何か思いついたようだ。……行き先が「商店エリア」という事は、例によってシズノメが胃痛か遠い目になる案件らしい。

 案の定ウィスパーを起動してシズノメに何か連絡を入れるユーラリング。シズノメは一瞬訝しげな声になったが、何故かすぐに納得の色を見せた。そのまま問われたことに肯定の返事を返す。


我があるじマイロードはいつも通りですねー』

「何故そうなる」

『なりますよ。だって、勝てる奴がいるとか、思ってないでしょ?』

「……居なくはないんじゃないか? たぶん」

『ははは、またまたー。……配下の意地ってやつも加味してやってください』


 今しがたのユーラリングの思い付きについて感想を言うヒュドラ。分かっていない様子で答えるユーラリング。相変わらずであった。




 その後しばらくして、「辻バトルエリア」でとある“魔王”が、護衛に勝てたら『配下』に加えるという試験を始めたと話題になり、多くの魔物が我先にと「辻バトルエリア」に本気装備で向かったという。

 ……その護衛からすれば、ただでさえ下手な“英雄”より強いうえに、『聚宝竹』で実験作という名のお手製装備を追加した状態で、しかも『配下』に加えるかどうかの試金石という重役だ。

 勝率の方は……まぁ、大体想像の通りである。

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