第72話 蛇は大規模戦闘に備える

 日がたっぷりと暮れる時まで「辻バトルエリア」で過ごしたユーラリング。不死者の戦いぶりは「一応見ている」程度で、後はほとんど暇つぶしのアクセサリ作成に意識を割いていた。いつも通り過ぎる。

 最後の、結果として一番長く健闘していた魔物との決闘をキリとして「辻バトルエリア」から撤収したユーラリング。良い打ち合いの様子を見せた魔物の名乗りは一応メモった。実際に『配下』にするかは別の話だが。

 そして余裕をもって「メインイベント会場」に戻り、ちょっとだけ仮眠(ログアウト)して現実でのあれこれを片付け、再び起きた(ログインした)ユーラリング。


「……?」


 メニューを開いて時計を呼び出し、公式イベントの時間には余裕があることを確認するユーラリング。それにしては騒がしいな、と思いつつ、仮設拠点内の自分のスペースから外を覗き見してみた。


「……???」


 すると何故か、広場では既に大乱闘と言っていい規模の戦いが発生していた。もう一度時計を見て、イベントの開始時間はまだであることを確認するユーラリング。

 視線を外に戻す。戦争か抗争か、という規模の戦いが起こっている。


「なんだ……? いや、これは。そうか、エリアの戦闘設定が変わったのか」


 さっぱり分からないので、とりあえず公式のアナウンスとお知らせを確認するユーラリング。そこに『「メインイベント広場」エリアの設定変更について』という項目があった。

 それによれば、どうやら8日目の夜、いわゆる本番イベントまでの間、「メインイベント広場」での戦闘行為が解禁されたようだ。セーフティエリア及び復活地点は外周の幅3mの範囲と、最初から確保されている仮設拠点の中。

 それで無事でいられたわけだな、と納得して、改めて広場を見回すユーラリング。そして思い出した。


「……そういえば、大半の簡易拠点が一昨日の大砲で壊されていたな」


 文章の指定が「最初から確保されている仮設拠点の中」という事は、一度壊れて再建した仮設拠点はセーフティエリアの対象外なのだろう。こうなるとは思っていなかったが、それでも結果的に大変良い仕事をしたユーラリングだ。

 とはいえ、だからと言って何故争っているのかの理由が分からない。なのでユーラリングは服装を確認し、いつもの席へと向かった。


「あら、リングちゃん。戻ってたのね♡」

「あぁ。ついさっきな」


 案の定、こちらもいつもの場所にサタニスが座り、にこにこと楽しそうな笑顔で騒ぎを眺めていた。同盟固有のセーフティエリアという扱いの為に安全が確保されているが、それでも音はこちらまで聞こえてくる。


「そうそう、リングちゃん。此処を守ってくれてありがとう。おかげで安全にお祭りを見ていられるわ~」

「初日の事を考えると、「何か」はやらかす気がしたのでな」

「嫌な予感が大当たり、って訳ね♡」

「まぁな」


 咆哮じみた叫びやスキルの効果音がひっきりなしに響く中で、場違いにのんびりとお茶を飲みつつ、まずサタニスは仮設拠点防衛の礼を口に出した。ユーラリングもそれを普通に受けて、自分の為でもあると付け加える。

 挨拶代わりのやり取りを終え、「で?」という視線を向けるユーラリング。サタニスはくすくすと笑いながらお茶を飲み、あぁ楽しい、という顔で話し始めた。


「リングちゃんも気にしてた、よく分からないアイテムがあったじゃない?」

「あったな」

「あれがね。本番の日までに、この場所で戦ったら、デスペナルティの代わりに落ちるようになったのよ」

「……それでこの騒ぎか。鈍いというか浅ましいというか」

「全くねぇ」


 うんざり、という返事に、サタニスはまたくすくすと笑う。要は、イベントアイテムの奪い合い(力づく)だと理解して、力を結集せよとは何だったのか、とぼやくユーラリング。


「リングちゃんは、とっても人気者になれると思うわよ?」

「ただでさえこの身狙いの輩が多いのにな」

「護衛さんの実力試しにどうかしら」

「ヒュドラをフルサイズで呼び出していいなら」

「まぁ容赦ない」


 意訳で「巻き込まれたら一掃する」と言ったユーラリングに、サタニスは楽しそうに笑うのみだ。実際サタニスは猫の仔を放り出すように騒ぎの中に投げ込みかねないので、予防線は必要である。

 そんなことを話している内に、外で「おいお前ら、時間だ!!」と良く通る声が響いた。時間を確認すると、公式イベントの開始まで後5分を切っている。

 そこから動きと流れが変わり、乱戦だった広場には場所が開けられ、戦っていた魔族達は仲間同士で固まって座りだした。互いにまだ牽制はしているが、それでも手を出しはしない。


「……まぁ、せっかく真っ当にイベントアイテムを手に入れるチャンスだ。ふいにしては意味がないか」

「彼、なかなか面白そうねぇ」


 それぞれの感想を呟いている内に時間となり、今度は広場の真ん中に、大きな魔法陣が展開された。様々な色が混じる光を放ちながら空気を震わせる低音を吐き出す魔法陣は、巨大な物を召喚しようとしているらしい。

 そして、たっぷりと時間と地響きをかけて最終的に呼び出されたのは…………色とりどりのボールが無数に入った、金属籠のようなもの。直接的に言えば、特大のビンゴマシーンだった。

 同時に、何かメールが届く。サタニスも同時にメニューを開いた辺り、公式からの一斉メールだったようだ。


〈はーいっ! レディスアーンドジェントルメーン! お祭り、楽しんでますかーっ!? 5日目の公式イベントのお時間ですよーっ!〉


 メールの内容は無し。ただアイテムがくっついているだけの、業務メールに近い。メンテナンスのお詫びメールの方が内容があるだろう。


〈さてさて本日は皆さんおなじみ! 「マジックビンゴ」を行いますよーっ! この場にいる方はー、全員カードを受け取りましたかーっ!? 受け取ったなら、真ん中に穴をあけてくださーいっ!〉


 メールにくっついていたアイテムを実体化すると、それは一番上に『MAGIC』の文字が書かれ、その下に5×5マスの数字があり、真ん中のマスに「START」と書かれた、ミシン目入りの紙のカードだった。

 ……まぁ、普通にビンゴカードである。とりあえず素直に「START」のマスを指で押して、向こう側へ折り曲げるユーラリング。

 すると何故か、実体化した覚えどころか、見覚えすらない黒い腕輪が右手首に現れた。それを見て眉を寄せ、ほぼ一瞬で最悪の想像をしたユーラリングは、短く不死者に告げる。


「ヴィッツ。同じ同盟所属者にだけは手を出すな。必要なら限定装備も解除して構わん」

「ロージィ。リングちゃんの出した指示は聞いたわね。私の命と思って頂戴」

「限定装備とやらは心当たりがありませんが」

「ボス部屋に居る時限定の装備の事よ?」

「委細承知いたしました」


 それに便乗して、サタニスも自らの護衛に声をかける。す、と優雅に腰を折ったのは、黒髪黒目の青年だ。見た目は。……多分、『天地の双塔』の地上階の、一番上にいるやつかなぁ。と思うユーラリング(の中の人)である。


〈皆さん腕輪は出てきましたかー? 無事装備できましたかー? 外したら、イベントに参加できなくなりますよーっ! ……うん! 大丈夫そうですねーっ! それでは、ルールを説明しますよーっ!〉


 同じく何か察したらしい一部の魔物が戦闘態勢に入る。先ほど混戦を止めた声の方向では、隊伍を組んでいるようだ。


〈基本ルールは普通のビンゴと同じですがー、マジックなので! 番号に応じた「ボスモンスター」がこの場に出現しまーす! それと戦って、倒してくださーいっ! そしてー、戦闘でダメージを入れた人で、カードに番号があれば、その番号に穴をあけてくださーい! 『配下』込みですから安心してくださいねーっ!〉

「……ヴィッツ。訂正だ。手出しは最小限として自分の身を守ることを第一としろ。装備の許可は取り消さん。存分に使っていい」

〈ビンゴが成立したらー、そこで交換するか、ビンゴの数を溜めるかを選べまーす! もちろん溜めた方が良い景品と交換できますよーっ! すぐに交換しても、景品と一緒に新しいビンゴカードが送られまーす! 安心ですねーっ!〉

「ロージィ、足を引っ張るならバレないようにね? もちろん同盟者とその所属は除くわ」

〈ボス討伐の時間制限はー、それぞれのボスの、平均討伐時間でーす! 人数による難易度はー、なんと! 最少人数の時の難易度で固定でーすっ!〉

「ヴィッツ。残り時間が5分を切ったら周りに構わず削り切れ。ただしトドメに固執するな」

「ロージィ、聞いたわね?」

「はっ」

〈それではー、最初の番号、いってみましょーう!!〉


 ユーラリングが護衛の不死者に指示を出し、サタニスがそれに便乗して、方針を固める。その目の前で、巨大なビンゴマシーンが回転を始めた。慌てて周囲と連携して、連結部隊レイドを組むように隊列を整える魔物達。

 互いの主に一礼して、不死者と黒髪黒目の青年も前線に並びに行った。それを見送り、ユーラリングは席に座ったまま杖を取り出す。


「まだ不安?」

「居た筈だ。襲撃属性持ちのボスモンスターが」

「……あら、そういえばそうだったわ」


 いけなぁい。と呟いて、サタニスも自分の武器であろう鞭を取り出した。毒々しいほど鮮やかな赤い色をした鞭を手にして、自分の格好を見て少し悩むサタニス。


「……流石にちょっと着替えた方がいいわね?」

「手早くな」


 ビンゴカードをアイテムボックスにしまいなおし、ビンゴマシーンを睨みながらユーラリングは声を返す。サタニスが自分のスペースに引っ込むのは見送らず、最初の召喚を待った。

 やがてビンゴマシーンから、ガラン、と鐘が鳴るような音と共に、大きさ相応の玉が転がり出てくる。場所を譲る様にビンゴマシーンは光となって消えて、玉を中心に魔法陣が展開された。


『……我があるじマイロードの勘は、よく当たりますねぇ』

「何もこんなものばかりで当たらなくてもいいと思うんだがな……!」


 立ち上がったユーラリングの足元でとぐろを巻いてぼやいたヒュドラに、ユーラリングは大砲の時にも使った防御スキルを準備しつつ吐き捨てるように返した。広場に展開している魔物の大部隊(仮)は、慌ててその編成と形を組み替えている。

 現れたのは巨大な、清涼さを感じるような澄み切った青い鱗の竜。『聖神の神獣』と呼ばれる、魔物側の突発イベントの内、拠点襲撃でのみ出現する、襲撃属性持ちのボスモンスターだ。

 分かりやすく言えば……魔神陣営の村や町、国といった場所の、セーフティエリア機能を破壊する奴である。

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