第70話 蛇は竜の仔を買い占める

 祭り4日目。

 前半の折り返し日という事で、「屋台エリア」や「辻バトルエリア」では店の入れ替わりが起こるタイミングだ。今日の公式イベントは昼で、どうやら美術品関係のオークションだったらしい。

 見栄を張りたい“魔王”達が主に競り、金額が上限に達した品は、その額が出せる者同士でクジ引きである。……こちらの上限有りが公式のオークションの仕様なので、ユーラリングが参加したあのオークションのような大惨事はまず起こらない。


「来たぞ、店主」

「おぉ、本当に来てくれたんスね」


 サタニスが嬉々としてクジ引きの様子をハイライガー姉妹に語っているのを横目に、ユーラリングはさっさと「屋台エリア」に移動した。そこでまず足を向けたのは、本日店じまいをすると聞いた、原石竜の屋台だ。

 そこに出ている原石竜達は、さして減ったようには見えない……というか、入れ替えたり補充したりしていなければ、2体しか減っていなかった。なので、平たい金属箱の中にはまだまだ石ころのような外観の仔竜がうごうごしている。


「いやぁ……ゼロではない、って言葉、撤回したかったんスけどねぇ……」

「まぁ、嘘ではないな?」

「嘘にしたかったッス……」


 がっくり、と肩を落とす店主。情報屋が嘘を言っていいのか、と内心小さくツッコんだユーラリング(の中の人)だったが、今の目的はそうではない。


「……一応聞くが、此処にいるので全部か?」

「いや、裏に倍は居るッスよ。出して並べるスか?」

「倍は居るのか。……殖やすのは難しいんじゃなかったのか?」

「あー……多分、今飼われてる宝石竜の仔はほぼ全部集まってるんじゃないスかねぇ……」


 はぁぁ。とため息を吐く屋台の店主だが、冷静に考えれば人脈のお化けだ。これはもしかして、情報屋としての腕をアピールしているのか? と深読みするユーラリング。

 まぁ、すぐにそれは無いかと自己完結するのだが。何せ、いまだにユーラリングの正体に気付かず、ただの物好きなどっかの偉い系女子だと見ている節がある。

 さてそれはそれとして、と少し考えるユーラリング。


「……店じまいする予定なんだな?」

「ッスねぇ。場所代もありますし、ぶっちゃけ全部売れたところでまだ赤字ッスし……」

「割と真剣に何故屋台をやっているんだ」

「お嬢さんもしくはお姫様にはお偉いさんに対する人脈があると見込んでぶっちゃけると、魔物側の偉い人への人脈が欲しくて来たッス」


 思わず、本当にぶっちゃけたなコイツ。という視線を向けるユーラリング。てへ? みたいに、外套で顔を隠したまま首を傾げる店主。男がやっても映えないぞ、と小声でツッコむと、へちゃっ、と力無く項垂れてしまった。

 こいつどうしようかなぁ。としばらく考えたユーラリングは、店主を眺めながら個人宛のメッセージ機能を立ち上げた。ウィスパーとも呼ばれるそれで、ある相手に呼びかける。


『はいな、こちらシズノメです。リング様からとは珍しいでんな。如何なされました?』

「少し確認したい。「屋台エリア」で石ころ仔竜を売っている屋台の店主、と言って分かるか」

『えーと……あー、はい、分かりますよって。本業は情報屋、を自称する実質何でも屋ですな。基本的に依頼を断ることが無い、というより、どんな無茶振りであっても断れない言う方が正しいですわ』


 1コールで応答したのはシズノメ。前振りも何もなく直球、かつ意味不明の問い合わせでもすぐに反応して、必要な情報を探し当ててきた。『聚宝竹』内でユーラリング専属扱いされているだけあって慣れている。

 そして思った以上の情報に満足しつつ、考えを纏めて次の問いを投げるユーラリング。


「人脈が欲しいという理由で屋台を赤字経営しているらしいが、信憑性はどの程度だ?」

『まず信じてえぇと思います。そもそも嘘を吐けるような性根やありまへんし、人脈だけは尋常やあらへん範囲をカバーしてますんで。むしろ後足りないんはガチの王侯貴族とかその辺だけやとか聞きますわ。納得度95%ってとこですな』

「残り5%は?」

『赤字でもえぇから石ころ仔竜を手元から離したかったんと違います? 大喰らいですよって、屋台に出すほど居るんやったら食費で破産も普通にありますからなぁ』

「なるほど。そちら経由で竜の仔を纏めて買い上げたい。任せていいか」

『あー、リング様やったら養育も余裕ですわな。分かりました、受け入れと転送準備進めときますわ』


 頼んだ、と言ってウィスパーを閉じるユーラリング。個人宛の通信は周りには聞こえないので、店主は首を傾げつつも反応を待っていたようだ。


「人脈の方は知らんが、仔竜はいるだけ引き取ろう」

「え、え!? マジッスか!」

「『聚宝竹』という商会に話を通しておいた。「商店エリア」でそこのシズノメという商人を訪ねるように」

「あざぁーッス!!」


 ばっ、と立ち上がったかと思うと、がばっ! と頭を下げる店主。ユーラリングは、声がうるさい、と若干思いつつ、気にするな、とばかりひらひらと手を振った。

 そこで周囲の注目を集めていることに気付いたのか、はっ!! と口を押える店主。声量を抑えつつも感動しているらしく、涙声だ。


「うおぉ……ありがたいッス……ありがたいッス……! 正直、溜めてた資金全部使いきって一文無しになっても1週間面倒見れるかどうかって状況でしたッスから……!!」


 じゃあそもそも引き受けすぎるなよ。と心から思ったユーラリングだったが、それを断らないからここまで人脈を広げられたのだろうとも同時に思った。結果として黙ることになる。


「はっ! そういえば自己紹介もしてなければお名前も聞いてなかったッス……!」

「名乗る気はないし、聞いても覚える自信がない」

「うぐぅ」


 というかいい加減察しろや。と込めて自己紹介を断るユーラリング。……通じた様子は無さそうだ。ちょっと自分の知名度に自信を無くしたユーラリングである。


「えーとそれじゃ、物凄く助かったッス、通りがかりのお嬢さん」

「生き物相手はもうちょっと慎重に判断しろ、自称情報屋」

「ごふぉ、実に効くッス、かいしんのいちげきッス……。えーとそれじゃ、またご縁がありましたら、ッス」


 売れる判断がついたからか、テキパキと屋台をたたむ準備に入る店主。それに一度ひらりと手を振って、ユーラリングはその場を離れて「屋台エリア」の回遊を始めた。


「……さて、何処で気づくだろうな?」

『さー。ポイントはシズノメさんに気付くかどうかじゃないですかね?』


 そんな会話もあったが、実際どうなるかは本人次第だし、ユーラリングが知った事では無かった。

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