第64話 蛇は虎獅子の話を聞く

 いつもの場所に戻ってきたユーラリングは、まず自分個人用として割り当てられた場所で、ハイライガー姉妹の服の作成から取り掛かった。携帯用作成道具は持ち歩いている、というかアイテムボックスに放り込んであるし、素材は帰り際に『聚宝竹』で購入してきた。

 何かを察知したのかジェモも顔をのぞかせていたが、サタニスが居るとみると引っ込んでいった。彼女(?)いわく、「下手に情報を提供したら、全力で旨味を落としに来る」のだそうだ。さもありなん。

 サイズを測り、布地を選び、最終的にできたのは、フィーナにはクリーム色のふんわりとスカートや袖口が膨らんだ可愛らしいドレス、ティーナには白地に金糸の軍服風礼服だ。靴や肌着も一緒に作り、フィーナの方には銀細工の髪飾りも付けた。


「こ、こんなに宜しいのですか……?」

「……この光景を楽しみにしている相手が相手だからな……」


 たぶんフィーナは出てきた衣装の品質の事を言ったのだが、ユーラリングは斜めな返答を返した。いつも通りである。ユーラリング自身は今の衣装から腕カバーを外し、ヒュドラを自身ではなく不死者に巻き付かせた。これだけでも随分と印象が変わる。

 そして、満面の笑みで席を用意し、お茶とお菓子をスタンバイし(させて)、まだかなまだかなと顔に書いて待っていたサタニスのところに戻った。


「流石リングちゃん、分かってるわぁ~」

「仮にも「お茶会」なのだろう? 仮にも」

「あぁん、そんなに仮かり言わないで?」

「仮には違いないだろうが」


 黒と金の姫、という格好で戻ってきた2人に、なら私は白の女王かしら、とサタニスは非常に満足げだ。

 そんなご機嫌なサタニスはとりあえず思考の外に置くことにして、ユーラリングは席に着き、フィーナがお茶を飲んで落ち着くまで待って口を開いた。


「で、まぁ、大体不穏なんだろうなと予想はついているが……何であんなところオークションに、あんな状態で商品として居たんだ?」

「あ、はい。えぇっと、話すと長くなってしまうのですが……」


 と、お茶を飲む間を挟みつつ語ったフィーナによれば、そもそも彼女達はライガー達によって作られた隠れ里の出身のようだ。出身、と言ってももちろん親はライガーではない。駆け落ちカップルが駆け込む避難所としての側面もあるらしく、2人もそうやって生まれた子供だと言う。

 実年齢それぞれ8歳と5歳だという姉妹。ライガーは成長するのが早く、しかし成長期自体は長いのだそうで、実力はまだまだこれから伸びていくらしい。その分だけ幼少期の死亡率はずば抜けて高く、ライガーが集まる隠れ里と言っても、3歳を越えて生きられる子供はまだ4割ほどなのだそうだ。


「通常、ライガーの子供の生存率は1割もないことを考えると、十分なのですが……」


 逆に、一旦3歳を越えてしまえば一安心だという。そこまで生きられたという事は、短命の原因を克服できたか、取り除けたかだからだ。姉妹の場合は揃って心臓が弱かったが、身体を鍛えてレベルを上げて克服したらしい。

 さてここまでならライガー種なら良くある事だが、問題はここから。まずフィーナが問題の称号である【愛らしき四足の獣の姫プリンセス・オブ・ビーストズ】を発現した。それも3歳を迎えられた事へのお祝いの席で、だ。

 当然隠れ里に居る全員の知る所になる。そしてその称号に対する反応は、真っ二つどころか3つに分かれて、争いの種となってしまった。


「今まで通りの暮らしを、称号の恩恵で楽にしようという穏健派。称号の権威をもって、正式な国として立ち上がろうという独立派。……そして、称号の力で、ライガーを認めなかった国に対して報復しようという復讐派。です」

「……ちなみに、自身の意見は?」

「私は、穏健派、ですね。わざわざ争い事を起こすのは、ちょっと……」

「ふむ。まぁ、誰かに引き継げるようなものでもないしな」


 ここで更に話がややこしくなる要因なのだが、姉妹の父親は独立派、母親は復讐派、体を鍛えるにあたっての武術の師匠は穏健派だという事だ。身内だけでもドロッドロである。

 言い争う両親の姿とその言葉の内容に身の危険を感じたフィーナと、フィーナを守るという方向の覚悟を決めたティーナは、早々に師匠の家で暮らす方向に舵を切った。

 のだが、隠れ里全体を巻き込んでのある意味政治闘争である。当然、その程度では何の抑えにもならなかった。どころか


「その内、穏健派の中から、私を「無かったこと」にして平穏を取り戻そうとする、穏健過激派のような人が出てきまして……」

「……元も子もないというのは、外から冷静に見ているものの意見だな」


 3つ巴でも大概だったのに、ここにきて4つ目の勢力が誕生してしまった。もう何が何やらである。

 しかし姉妹の師匠はこれをチャンスだと捉えたようで、穏健過激派の一部に接触。「無かったこと」の範囲を命のそれではなく、この隠れ里での立ち位置に変更するように交渉したのだそうだ。

 そしてちょっとだけマイルドになった穏健過激派の手助けもあり、姉妹と師匠は隠れ里を出奔、そのまま身を隠しつつ、あてのない旅を始めたという。


「まぁ、師匠は師匠でしたし、私も、最低限身を護る程度は出来ましたので……」

「控えめに言ってオーバーキルでは?」

「そ、そんな事はありません、よ?」

『いやぁ称号補正の入ったライガー3人とか、普通に道理を無視できるレベルの暴力でしょ。俺ほどではないにしろ』

「あら、そういえばそうだったわね。称号補正の入ったヒュドラさん?」


 しかし、ライガー3人というのは目立つ。どれだけ隠しても非常に目立つ。しかもうち2人は子供なのだから、目立たないというのは無理だ。

 師匠から姉妹が聞いていた話によれば、虎系獣人とライオン系獣人以外の国に保護を願う、というのが最終目的だったようだ。称号があれば前述の2種系列以外なら悪い扱いにはならないだろうから、と。

 実質隠密出来ていない隠遁生活も、時間稼ぎと割り切れば悪い手ではない。実際、師匠はどうやってかあちこちの国に保護の話を持ち掛け、交渉していたらしい。


「ですが……」


 問題は、その保護を認めてくれる国が、想定を超えて見つからなかった事だろう。虎系とライオン系の獣人はライガーの事を混血と呼んで毛嫌いする。そして、その2種が完全にいない国は無かった。そういう事だ。

 姉妹の師匠は、もういっそ人間の国に行ってしまうべきか、と悩んでいた様子もあったらしい。流石にそれは悪手だと分かってはいても、それほどに手詰まりの状況だったという。


「……そして、そうやって時が過ぎ……ありていに言えば、時間切れ、だったのでしょう」


 集落に立ち寄る際は、姉妹は近くで隠れ、師匠だけが町に入るというのが常だった。なので、その町というか村に立ち寄る際も、師匠だけが別行動をとったのだという。

 姉妹は警戒していたが、そこに襲撃があった。相手は不明、ティーナいわく、手応えと動き的に推定でライオン系の獣人ではないかとの事だ。


「ただ、襲撃者は襲撃者で仲間割れというか、互いに攻撃しあっていたから……虎系獣人とライオン系獣人、もしかすると、ライガーの元仲間も加わっていたのかもしれない」

「大乱戦だな?」

「まさしく。まぁ、だから逃げる隙もあったというか」


 姉妹はとりあえずひたすら応戦しながら逃亡。逃げに逃げて、どこまで来たかも分からなくなった頃に、踏み込んでしまったのが……。


「恐らくは、人間の……そう、砦と言われるもの、だったのでしょう」

「あぁ。『ダンジョン』の迷宮と対をなす、大掛かりな拠点ね」

「“英雄”率いる『独立軍』か」


 姉妹は追手もろとも袋叩きに遭い、数の暴力で捕獲された。その際にライガーだという事が露見し、臨時収入が転がり込んできたとばかりオークションに出されたのだという。


「…………待て。そうなると、あれか? この祭りにおけるオークションだというのに、出品者は人間だと?」

「いえ、その……実は、あのような扱いは、都合6回目でして……」

「……、そうか。その話が漏れれば、もれなくあちこちからゲリラ戦を仕掛けられるからか。で、厄介払いとばかり転売に次ぐ転売をされたと」

「そうなり、ます、ね」


 確かに長かった身の上話を終えて、フィーナは一息つくように、あるいはため息を隠すように、ぬるくなったお茶を口に運んだ。それに合わせてユーラリングもお茶を飲む。


「と、な・る・とぉ。リングちゃんの『ダンジョン』も、すっごい勢いで狙われるんじゃない? だって、落札額が落札額だもの。あっという間に知れ渡るわよ?」

「です、ね……」


 こちらは暖かいお茶を入れなおしつつのサタニスだ。流石に6回もオークションにかけられたというフィーナ及びティーナには諦めが見える。

 そんな姉妹に、ユーラリングは息を1つ。


「やらんぞ」

「あぁん、残念」

「……?」


 姉妹ではなく、口を挟んだサタニスに対して釘を刺した。サタニスも承知の上なのか、口ではそう言いつつくすくす笑っている。

 ぐい、とお茶を飲み干して、ユーラリングは腕を組んだ。


「狙われるなぞ今更の話だ。ゲリラ戦程度で我が領域を落とせると思われる方が屈辱だな。一人残らず返り討ちにしてくれる」

「え、で、ですけど」

「それにな。自意識が過剰に過ぎるぞ、「友人」」

「……あ」


 特殊な言い回しに、フィーナも思い出したらしい。ユーラリングもまた特殊な称号を持っている、という事を。


「元より我は生まれた時より“魔王”という特別だ。少々珍しい種族や称号持ちが増えたところで、大差はない」

「「!?」」


 ……まぁ、ユーラリングが言ったのは、それを上回る爆弾だったわけだが。

 思わず毛を逆立てるようにして固まった姉妹を見て、サタニスが呼吸困難に陥っていたのは言うまでもない。

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