第63話 蛇は着地点を提示する
結局その姉妹についての競売は、金額が500億になったところで司会が気絶した為、最後まで残った2人を別室に移して話し合ってもらう、という事になった。周囲の精神の安定の為に(経済的な意味の)怪獣を隔離したともいう。
まぁそうなると当然、そこに居るのはサタニスな訳で。
「やっぱりリングちゃんだったわね! 20億単位に上げて200億の大台に乗せたのはしびれたわぁ~!」
「即座に上乗せして返してきただろうが」
それはもう、1日目のイベントを終わった時と同じくらいの満面の笑みでこの第一声である。格下を蹂躙するのも楽しいが、久方ぶりとなる同格との互角の戦いというのは大変お気に召したらしい。例えそれが経済戦であっても。
「で、一応聞くが、引く気は?」
「あると思う?」
「質問を変えよう。あの姉妹への興味は?」
「それは…………あら? そういえば割とどうでも良くなってるわね?」
満面の笑みのまま経済戦の続きを求めたサタニスだったが、ユーラリングが無表情のまま続けると、きょとん、とした顔で首を傾げた。
繰り返すが、サタニスという“魔王”は刹那主義者だ。欲しい、と思ったものはどんな手段をもってしても手に入れるが、手に入れるか、手に入れて飽きると何の未練もなく放り捨ててしまう。
今回の場合、もう既に目的が姉妹ではなく、ユーラリングとの経済戦、もとい入札勝負になっていた為、姉妹への興味はすっかりとどこかへ行ってしまっていた、という訳だ。
「……護衛付きの「友人」候補だから、是非ともうちに来てほしいのだが?」
で、そんなサタニスの性格を重々承知しているユーラリング。既に失せた姉妹への興味を思い出そうとして、入札勝負からも気が逸れたタイミングで、絶妙に次の餌、もとい、興味を引く新たな情報を投下した。
今回の場合は、ユーラリング自身の称号一覧から【
「まぁ!? ……まぁ! そうだったの! もう、早く言ってくれたら良かったのに!」
「どうやって言えと?」
「……それもそうね!」
出品者同士、特に2階にボックス席を構えている参加者同士の連絡手段は無い。特殊エリア扱いで、メールのやり取りも止められているのだ。談合を防ぐための措置なので、サタニスも納得した。
さてここまですれば、サタニスの見たいものも誘導、もとい変化する。最初は姉妹そのものを手元に置くこと、次いでユーラリングとの経済戦、ときて現在は
「で、もう一度聞くが、引く気は?」
「お姫様同士のお茶会をセッティングしていいなら手を引くわ」
「構わんとも。というか、戻ったら事情を聴くのにそうなると思うぞ」
「ならいいわ! 商談成立ね!」
という事だ。まぁ、こうなることが分かっていたからこちらの方向に誘導した訳だが。
いったいどこまで金額がつり上がっていくのかと、決死の覚悟をしていたオークション側の見届け人は、これ以上の金額は出てこないと悟って、砂漠で乾死する寸前で水を貰ったような顔になった。
「一応聞くが、他に生き物は出ていないな?」
「出てませんっっ!!」
「なら良い」
ユーラリングとしては、これ以上の出費が無いかどうかを確認するだけの問いだ。しかし見届け人からすれば半ば脅し(?)である。びしぃっ! と直立不動に戻って返ってきた答えに、あっさりと追及を止めるユーラリング。
なおユーラリング自身は個人的に、何故この姉妹がこんな場所(オークション)にこんな立場(商品)だったのかも気になるところだが、それは後で本人に聞くつもりだ。
サタニス、ユーラリング共にこの後のオークションには参加するつもりが無いことを確認し、そのまま清算手続きに移る。
「ふふ、リングちゃんのっていうのはすぐに分かったわ。頑張っちゃった」
「その分はそのまま支払いに充ててくれ。億を超えたからアイテム払いも可能だな?」
「あら、そうなると……共同購入に近い?」
「消費税以下で何を言っているんだ」
「それもそうね。……吊り上げすぎたかしら」
なお、ユーラリングの中の人が暮らす国では、消費税は5%だ。
改めて500億という金額と、どさっと山になった鑑定書及びそれぞれが億越えのアクセサリを見て見届け人も気絶しかけたが、元々決死の覚悟できていただけあって何とか耐えていた。
そして手続きが終わり、何故か家名が存在しないハイライガーの姉妹の強制命令権……流石に絵にかいたような奴隷の首輪ではなく、手首にはめる腕輪だったが……がユーラリングに移った。
金の瞳、縞のように黒い束が混じる金の髪が同じ。頭の上から出ている獣耳は丸く、落ち着かなくふらふらしている尻尾はライオンのものだ。身長は姉の方が170前後、妹の方が150程度。顔立ちは、姉がややキツめ、妹が可愛い系だろう。それを抜きにしてもよく似ている。
貫頭衣に近い粗末な服に、布の靴を履いている。手足は人間のものと変わらないし、爪が鋭いという事も無さそうだった。……既に『変身』持ちか。と、ユーラリングは結論付ける。
「さて。一応改めて名乗っておこう。ダンジョン『ミスルミナ』の主たる“魔王”であり、【
「あ、えっと、はい。【
「はっ。……フィーナの姉で、ティーナだ。槍の扱いについては……フィーナだけならどうにか守り通せる、と、思っていた程度の腕だ」
大人しく、というか、どこか現実味のない中でふわふわしていたらしい姉妹は、ユーラリングが名乗るとまず妹が我を取り戻し、続いて姉が正気に戻ってきた。
その姉ことティーナの言い分に、分かっていたが不穏なものを察知したユーラリング。が、今ここで追及することではないな、と判断して、軽く頷くにとどめる。
「細かいことは仮拠点でな。……シズノメ?」
「えぇ、もう戻っても大丈夫ですよ。最高落札額勝負は終わって、欲しい人が欲しいものを競り落とす状態になってますんで」
「だ、そうだ。体力は?」
「問題ありませんわ」
「大丈夫だ」
確認を取り、ユーラリングは部屋の端を借りてさくっと全身を覆うマントと布靴よりはましな革靴を作成。それを身に着けるように言ってから、わくわく顔のサタニスと共に「メインイベント会場」の同盟スペースへと戻っていった。
……当然ながら、ユーラリングが作った時点でなかなか良い装備になっていたのだが、シズノメは頑張ってスルーしたという。
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