第45話 猛犬は泉の底に引き摺り込まれる

「いやぁ、ツいてるぜぇ~? まさか、ここの深部がそのまま繋がってる、なーんてなぁ」


 ひゅん、と槍をふるい、その衝撃波、および発生するノックバックで、全ての「壁」を吹っ飛ばして進みつつ、【クーホリン】こと真名キュクレインは、機嫌よく呟いた。

 ひらりと翻る、片方の肩で止める形のマントは、あの時の詐欺師の話に乗った時に手に入れた素材で作ったものだ。悪いことをした……とはまぁ思わなくもないが、その後のんびりする中で客に刺されたり、完全に自由を奪われて殺され続けるよりマシだろう。と割と本気で思っている。


「まぁまさか逃げ切れるとは思ってなかったけどなぁ?」


 あの詐欺師も、まさか復活直後を狙って監禁するまでは……いかない、筈だ。普段が詐欺師だから自信はない。……まぁそうなったらこっちも堂々と暴れてやったが、と呟きを零す。

 だがまぁそれはそれこれはこれ。ここまで『ダンジョン』を発展させ、対戦争用連結部隊大規模レイドを返り討ちにするほどの戦力を揃えたのであれば、それはもう強者側に属する。


「なら、正面から食いに行っても構わねぇよなぁ!!」


 ドガッ!! と、槍の打ち込み音にしては派手な、どちらかというと爆発音に近いような音と共に、「壁」がまとめて吹っ飛ぶ。吹っ飛んで転がるが、視線が切れた瞬間に見えなくなっているのはどうなっているのだろうか。

 まぁいい。と呟いて、キュクレインは見つけた階段を下りる。さて、これで4つは階段を下りた筈だが、まだ白いだけの動く壁の部屋が広がるのか、とその先を覗き込むと


「お?」


 そこには小部屋の空間が見えた。継ぎ目の無い暗い色の石の床に、柔らかそうなソファー。これはもしや、と思いつつ階段を降りると、床と同じ材質らしい壁には十分な数のランプが下がり、小さいとはいえ鍛冶場や水場、台所までが備え付けてあった。

 今降りてきた階段を中央に、部屋は円形をしている。扉は階段の降り口から見て正面に1つだけ。しかし、その1つは


「分かってるじゃねぇか、そうだよなぁ、「ボス戦の前には回復ポイント」だよなぁ!」


 ずしりと重そうな金属製。そこに浮彫で掘り込まれているのは、泉からこちらを睨む多数の蛇の頭。この『ダンジョン』で多頭の蛇と言えば、もはや相手は決まっている。

 一応自分の状態を確認する。此処まで丁寧に準備を整えられるようにしてある以上、向こうで待っている奴も十全な準備を整えている筈だ。武装の修理は必要ない。体調は問題ない。調合の為の場所も見えるが、あいにく生産スキルは持っていない。

 ならばこのまま踏み込むのみ。キュクレインは一度槍を素振りして、こちらを睨む蛇の扉に手を触れた。


「うお!?」


 途端、ずるり、と音を立てるように、浮彫のはずの蛇たちが扉の左右へと散っていった。泉を現す浮彫が中心から凹んで沈み彫りに変化し、ばしゃあっと水面を破るような音と共に、扉自体が薄れて消える。

 かの多頭を持つ不死の蛇が棲まうのは、冥府へ続く泉。開いた扉の向こうに、小部屋と同じ色味のはずなのに、青味がかった闇に沈んでいるような空間を見て、キュクレインはそんな伝承を思い出した。


「……は。まるで、泉の中に飛び込むみたいな演出だなぁ?」


 冥府なら負けてないっつか、行ったことあるわ。と強気を維持しつつ、それでも槍を持ち直して部屋の中へと踏み込む。

 しばらく進むと背後からの光が消え、部屋の中が青っぽい光で照らされた。と言ってもその光量は低く、視界は極めて悪い。

 夜目スキル大活躍だなぁ。とか呟きつつ、広い広い空間を歩き……おおよそ半分ほど進んだところで、足を止めた。


「あん? なんだありゃ。鉄の塊……?」


 その視界の先に、何か、青い光をそれでも跳ね返す、金属の色が見えた。随分と大きいが、多頭の蛇、ヒュドラは、少なくとも昨日時点では何も装備を付けていなかったはずだ。

 おいまさかメカヒュドラとかネタに走ってないだろうな。と思ったところで、金属塊に見えたそれに、動きがあった。とっさに槍を構え直すキュクレイン。

 最初は、カタッ、という小さい音だった。しかしそれはすぐ全体に伝播し、ずるずるという音を伴い、やがて──


「……へぇ。それが本気装備って訳かぁ? えぇ、【ヒュドラ】」


 金属の塊と見たのは、何か細工をされた金属の輪で。

 その輪を、無数の首に通しつつ、ヒュドラはその姿を現した。


『やぁ。裏口からだけど、まぁ一応我があるじマイロードに代わって伝えておくよ。第8層以下合計3層、初挑戦おめでとう。【クーホリン】』

「はっは、そいつぁどーも。にしても、甘くねぇか? 何でお前の下にあんなでかい入口があるんだよ」

『まぁそこは触れないでもらえると助かる。多分他にはないし。それに、裏口からだとお宝のチャンスは無い』

「あぁ、あの、確か4層目かぁ。いや、いらんからいい」


 最後の一つの首は、輪を首に通さず、口にくわえて、驚いたことに話しかけてきた。腹に響く銅の声に、少なくとも現在、殺意も敵意もない。

 なので槍は構えたまま、キュクレインは返事を返した。しゅぅるるる、と息を鳴らす音は、これは、笑っているのだろうか。


『いらんとは、言い切るなぁ。大概の侵入者のお目当てはあそこだっていうのに』

「俺はそれ以外側だからな」

『まぁそれなら仕方ないし、何より、今回は我があるじマイロードからのオーダーもあるからね。かなり張り切ってるわけだ』

「オーダー?」


 はて? と首をかしげるキュクレイン。初挑戦に関係することだろうか。いやだが、これまでの階層でそんなものはなかったはずだが。

 そんなことを考えたらしい顔で、出てきた単語を繰り返した。そうそう、と銅の声が応じて、くわえていた金属の輪を、最後の1つを、首に通した。

 するりと通ってぴったりの大きさではまった金属の輪。オーダーメイドのそれが最後の首に納まった途端、セット効果が発動。刻み込まれた文字列に光が走り、やがてそれは、半透明な光の鎧兜となって100の頭と首、胴、尾までを包み込む。


「…………おい。おいおいおい、ちょっと、待て」

『うん。何?』

「なんだ、それは。いや、たぶんここの主がどうせまた作ったんだろうが、待て。ちょっと待て」

『そうだよー。特注っていうか完全手作りの、専用鎧。どうよ』

「どうよじゃねぇわぁ!?」


 キュクレイン、思わず絶叫。顔も盛大に引き攣っている。


「その規模の魔力鎧とか聞いたことすらねぇが! しかもなんだ、普通の魔力鎧より実体薄いじゃねぇか!? んだそれ、その防御力で機動性は一切損なわれないとか、アホか!? 俺が欲しいっつーの!!」

『おー。流石目が肥えてる。そしてさらっと欲しいとか言うな。これは俺のだ誰がやるか』

「んならその首落として……あ? ちょっと待てお前、その輪っか首が切れる位置のちょっと奥に着いてねぇか? おい、首が増えたらそのまま締まるだろ、それ。いや楽だが」

『残念だねー。これ、魔鉄製で特性を『ブリンク』に振ってるから、首を落としたら首と一緒に増えるよ。流石我があるじマイロード

「反則か!!」


 特性:ブリンク。それは通常槍の穂先等に使われる特性で、ずばりそのまま「増える」特性だった。増えれば増える程強度や性能は落ちるのだが、まぁ、落ちても十分な性能があるのがユーラリング製である。なお増えた分は戦闘が終了すれば消えて性能も元に戻る。

 そして、実際のところ。魔力(マナ/オド複合)で出来た鎧は装備者の意思である程度形を変えられ、端が突起になったり引っ掛けられたり出来る為、機動性はむしろ上がっていたりするのだが……それをキュクレインが思い知るのは実戦でだ。

 これ、レイドどころかワールドクラスだろ……っっ!! と、既に呻き声になりつつあるキュクレイン。しかしヒュドラは、のんびりとした調子はそのまま、言葉を続けた。


『まぁ、それで、オーダーの話なんだけどさ』

「………………嫌な予感しか、しねぇんだが……?」


 あ、これ死んだわ。と思いつつ、それでも構えは崩さずキュクレインは聞き返す。その目の前でフル装備した多頭の蛇が、鎌首をもたげた。ずしりと空気に重圧がかかる。

 床や壁の色味、そこに点った弱く青い明かり。キュクレインは気づいていないが、随分と湿度も増したその部屋。重圧がかけられた空気は、粘つくように抵抗を増した。


我があるじマイロードの、記念すべき初命令。この部屋とこの装備と一緒に、貰ったんだけど』


 それはまさしく――――冥府に繋がる泉の底。

 泉の主であるヒュドラにとっての、ホームグラウンド。


『「必ず殺せ」だってさ?』

「やっぱかやっぱりかちっくしょう!! あんの詐欺師がぁ――――!!」

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