第62話 蛇は悪魔と正面から切り結ぶ

 退屈している刹那主義者。ユーラリングの事は「お気にいり」であるが、だからと言って手出しされないという事とイコールではないのを知っている。その瞬間により興味のあるものがそこにあり、それを邪魔するのであれば、容赦などない……いや、その戦いすらも楽しみとして、嬉々として応じてくるだろう。絶対者として君臨するだけの全力をもってして。

 資金が尽きるという事はあり得ない。だから勝負しなくて済む可能性としては、問題の「2人」の種族と特殊能力が、サタニスの既知であること、なのだが……。


「……ダメだな。正面からやりあうしかない」

「マジですか」

「マジだ」


 指輪で10億を突破して興奮冷めやらぬ会場を、熱暴走しろとばかり盛り上げる司会の説明を聞き流し、石板(タブレット)上の文字で特徴を把握。更に自分の目でも『鑑定』を行って、結局正面からの対決は避けられない、とユーラリングは諦めた。

 と、いうのも……そもそもの種族も問題であれば、その特殊能力も輪をかけて問題だったのだ。


「これは違う世界の話なんだが。ある不思議を扱う者たちの法則の象徴として、四獣、正確に言えば四聖獣だな。そういう象徴としての獣が信じられていたんだ」

「聞いたことはあります。朱雀、青龍、玄武、白虎、でしたな?」

「そうだ。そして、それらの獣は、それぞれを象徴とする獣の長としての側面もあった訳だ。まぁその色とか蛇と龍の分け方とか元々は全部龍だったとか細かいことは色々あるが、今は省略する」

「朱雀ですと、鳥の長、いう訳でんな」

「さて、話は変わるが、一般的な一般人が「獣の王」と聞くと、何を想像すると思う」

「んー……自分やと、そらまぁ、ライオンですわなぁ。タイトルは省略しますが、ほぼ実写の映画も盛り上がってますし」

「そうだな。王者、と聞いてイメージする獣と言えば、実態はまた別としてライオンだ。……ところで、もう一度話は変わるが、実はライオンと虎は、低確率ながら両方の特徴を持った子を残すことが可能でな」

「あぁ、別の世界の話ですが、確か一時えらい勢いで話題を、さらっ、て…………」


 マジだ。と頭を抱えて返した後、深々とため息をついてから唐突にユーラリングが語りだした蘊蓄話。話が2度ほど飛んで、三角飛びで戻ってきたようだ。いつもの察しの良さを発揮したシズノメの顔から、血の気が引いていく。

 察したか、と気づいて、ユーラリングは口を止める。その代わり、無言で石板(タブレット)の詳細情報に目を向けた。

 そこには、こうあった。


『種族:ハイライガー(風虎族とカイザーライオン族の混血)

 特徴:姉妹』


 そして、もう1つ。これはユーラリングが自分で『鑑定』して分かったことだが……特殊能力持ち、と言われる、妹の方のステータスに、こんなものがあった。


『称号・【愛らしき四足の獣の姫プリンセス・オブ・ビーストズ】』


 そう。

 ユーラリングが所有するぶっ壊れ称号の1つ、【いと尊き蛇と竜の姫プリンセス・オブ・ドラゴンズ】の、種族違い称号だ。であれば、効果もほぼ同じとみて間違いないだろう。詳細を知るユーラリングであるからこそ、その危険性が嫌というほど分かっていた。

 何しろこの称号、一定レベル以下の対象種族の相手を好感度的な意味で問答無用で味方に出来る上に、味方の対象種族には結構バカにならない+補正が入る。そして補正に距離は関係なく、味方にならなくても対象種族の相手ならその情報は完全開示されるのだ。

 悪用しようと思えば、それこそパンデミック染みた事から質の悪い新興宗教の真似事まで自由自在。いくらでも使い道がある。しかも本人の意思は関係ない。「そこに居るだけ」「認識する/されるだけ」で影響があるのがこの系統の称号だからだ。


「……シズノメ、そろそろ戻ってこい」

「はっ!? は、失礼致しました!」

「確認だが、確か、上限は無かったな?」

「ありませんな。……どこまでやる気です、リング様?」

「決まっているだろう」


 いよいよ司会がハンマーを構えたところで、ユーラリングも石板タブレット石の棒ペンを手に持ち、構えた。そのまま、トレード窓を思考操作でシズノメへと開く。


「勝つまでだ。下手をすれば、兆の大台に踏み込むまであるぞ。覚悟しろ」

「…………ある種の怪獣大決戦ですがな…………」


 流石のシズノメも受け止めきれずに顔を覆ったところで、高らかに開始を告げるハンマーが打ち鳴らされた。




『ひ──ひゃくっ、100億! 100億が出ま──ひぃっ!? ひっ、ひゃっ、ひゃくじゅう、110億! ひゃくじゅう、110億がで、出まし──ひぃぃ!! ひゃっ、ひゃく、120億ぅぅぅ!!』

「哀れな……」


 あまりにも気軽に叩きつけられる数字の暴力に、司会が半泣きになりながら気絶と戦っている様子に、自分も覚えがあるシズノメは静かに合掌した。恐らく同業者はみなあの司会に同情しているか、数字の暴力の余波で気絶しているだろう。

 そしてセット扱いされ、その金額を付けられている姉妹は、理解が出来ないのかただ茫然としているばかりだ。自己防衛としては非常に正しい。現に、この会場の大半は同じように思考を停止させている。

 さっきの指輪が10億7000万で、オークションの歴代最高落札額ランキング入り、と言っていたのを聞いていたのだろうか、と、数字の暴力を叩きつけている1人に思わず目を向けるシズノメ。


「だろうなとは思ったが、まだやるのか……」


 眉間にしわを寄せ、しかしそれでも10億単位で上の額を入札していくユーラリングは、もちろんそんな事は気にしていない。ただひたすら石板タブレットに表示される金額に集中している。

 もう1人は、と斜め方向に視線を向けるシズノメ。そこにはこの席と同じく、外からでは見え辛いが、それでも目立つ人影がある。……誕生日に欲しかったおもちゃを貰った幼い子供のようにはしゃいでいるのが、遠目で見え辛い状況でも分かった。


「ほらだからやっぱり怪獣大決戦……」


 周辺被害が尋常どころではない。というか、この場にいる経済関係者を軒並み廃人にするつもりだろうか。

 ……一番の問題は、当事者たちにその意識がちっとも、欠片も、これっぽっちも存在しないことだ。『ひゃくごじゅうおくぅううううタスケテ!!』という司会の叫びに紛れて、シズノメはそっと呟いた。

 さてそんなシズノメが何をやっているかと言えば……。


「リング様はリング様で、国でも潰す気ぃでっか。経済的に」

「いや、そんなつもりは一切無いが?」

「ですよなぁ」


 そのセリフの後ろに着いた「面倒だし」まできれいに聞き取って、シズノメはまた一枚書類を書き上げる。それは、資金としてユーラリングからトレード機能で渡された、ユーラリングが持ち込んでいたアクセサリ類の鑑定書だった。

 ただしその価値と数は先ほどのシズノメのセリフ参照。この数字の暴力を聞いても平然としていられる程度に感覚が麻痺したシズノメでもかなりの疲労を感じる程、ぶっ飛んでいた。

 何故、最低値が2~3億からなのか。何故、数が増える程価値が上がっていくのか。何このネックレス、鑑定して計算してみたらさっきの指輪越えたんですけど? 終始そんな感じである。そしてそれが何十個もある。というか出てくる。


「……ある意味、リング様に鍛えて貰ってて良かったですなぁ……」

「? 何がだ」

「何でもありまへん」


 ポチっとした画面の『200億』という数字を見て、あ、20億単位にしだした。と察したシズノメ。ちなみにシズノメの鑑定で出せるのは「最低額」である。まぁ、だからこそ通貨代わりとして使えるようになる訳だが。

 1秒後、『ひ──ひぃぃっっもうやだ!! にひゃくおくぅううううおうちかえるぅうううう!!』という司会の声を聞きつつ、遠い目をするしかないシズノメだった。

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