第49話 蛇は因縁をつけられる

 その後も無事に(?)掘り出し物種族を見つけたユーラリング。ひよこ屋台ならぬ雛屋台ではバトルコッコやオンドリャーと言った雑魚モンスターの中に混じっていたボッサボサの黒い雛を、スーパーボウル掬いならぬスライム掬いでは水に同化していた透明なスライムをゲットしている。

 び、と鳴くぼさぼさぶさいくな黒い雛を選んだときはヒュドラも真顔になったようだが、


「これが数日で入れ替わるとは、掘り出し物尽くしだな」


 まぁ主が楽しそうだからいいかと考えることを放棄したらしい。

 ほくほくとした様子で歩を進めるユーラリングが次に踏み入ったのは「辻バトルエリア」だ。決闘システムが解放されているエリアで、ここではいつ誰がどんな相手に勝負を挑んでも良しとされている。

 同時に、その戦いを観戦に来た上位者の姿もちらほら見える。ここで一線級の魔物、もしくは“魔王”の目に留まることがあれば、それは一般魔物が夢見る出世ドリームへの道が開けたという事だ。


「おい、あの嬢ちゃん……」

「確かサタニス様と……」

「ってことは、まさかあの見た目で……」

「巻き付いてるのはやっぱり……」


 もちろん戦いに際して必要なアイテムや、観戦者向けのちょっとお高いご飯等も屋台で売りに出されている。周囲からのささやき声や視線を丸ごとスルーして、ユーラリングはまず食べ物の屋台を覗きに行った。

 自分の顔より大きなパフェが出てきたので、手近な机に移動してのんびりと味わいにかかるユーラリング。1人だけ場違い感がすごいが、サタニスによる虫よけ、もとい、お披露目の効果は確かだった。

 気のせいか周囲で起こる決闘の数も減った中、微笑ましいものを鑑賞する空気が発生する。……が、どこにでも空気を読めず、情報に疎い輩というのは居るわけで。


「ヒュゥ、こいつは上玉だ。こんな荒くれ者の中に何の用事だい? ジョーチャン」


 決闘を終えて一息ついたところらしい、狼の頭を持つ男がユーラリングへ近づきつつ、第一声でそう言い放った。観戦者の一部からの目が集まったのには気づいたのか、そのままユーラリングの隣の席へ無断で荒く腰を下ろした。


「オカーサンとオトーサンはどこに行ったのかな? まさか1人かい? 危ないなぁ、オジョーチャンみたいに可愛い子が1人きりだと、怖い大人にさらわれちゃうよぉ?」


 おいバカやめろ!? 誰か止めろ!! という無言の周囲のアイコンタクトとざわつきだした空気には気づいていないのか、べらべらと得意げにしゃべり続ける狼男。

 ……が、対するユーラリングは、そんな狼男を一顧だにしなかった。というか、少なくとも傍目に見ている限りでは、存在に気付いてすらいない。パフェを美味しそうに口に運びつつ、スキルか何かで大きな音がすれば、そちらに時々目をやっている。

 流石に数分もその状況が続けば、狼男も自分が無視されていることに気付いたようだ。


「……おい。さっきからちょっと可愛いからってチョーシに乗ってんじゃ──がぁっ!?」


 不機嫌そうに牙をむき、ユーラリングの手か頭を掴もうとしたのだろう。もちろんそれは、傍に控えていたお供アンデッドによって阻止される。周囲は、メキ、という幻聴を聞いた。

 竜人系だったヘルルナスと違い、人間とほぼ変わらない骨格のヒーイヴィッツ。ヘルルナスは角を出すために骸骨のほとんどが外から見えていたが、ヒーイヴィッツが身に着けているのはサーコート付きのフルプレートアーマーだ。なので、見た目としては比較的怖くない方に入る。

 しかもアンデッドの中でも上位者、第7層を実質統べる支配者階級の不死者なので、死臭は殆ど無い。今回は護衛という事で、死のオーラを含めた気配もほぼ空気と変わらない程度に薄めていた。


「な、んっだ、お前……っ!?」


 が、まぁその実態は以前述べた通り。“英雄”級に匹敵する間違いない実力者。少なくとも、ユーラリングの事を見た目で侮ってかかる程度の相手に、遅れなど取る訳が無い。

 なので、どれだけ歯を食いしばって渾身の力を籠めようとも、狼男では掴まれた腕を引き剥がすことはできない。それでも諦め悪く、椅子を蹴倒して本気で暴れだそうとする狼男。


「その辺にしておけ」


 そこに声を掛けたのは、パフェを食べ終わったユーラリングだ。あ? という顔を向ける狼男、ん? という視線を向ける周囲、その両方を一顧だにせず、優雅に口を拭って立ち上がりつつ、ユーラリングは続ける。


「子犬が自分の牙を見せようとじゃれてきただけだ」

「こっ!!??」

「あまり弱い者いじめをすると、格が下がるぞ」

「よっ!!!???」


 ぶふっ、と観戦者の一部から噴き出す声が聞こえた。もちろん、ユーラリングが声を掛けたのは自分の護衛であるヒーイヴィッツである。狼男は、最初から眼中にないどころか、会話が可能な相手だとみなされていない。

 特大のハンマーで殴りつけるような精神ダメージを叩き込み、次の屋台を物色しに動くユーラリング。それに合わせ、狼男を腕をつかんだ状態で軽々と持ち上げ、ぽい、と地面に放ってからヒーイヴィッツは後を追った。

 それに合わせて野次馬もそそくさと立ち去り、また空気が元に戻っていく。そんな中赤っ恥をかかされた(と思っている)狼男は、毛皮越しでも分かるほど顔を赤くし、


「あっ、あのっ、ガキャァ……っっ!!」

「はぁい、そこまで~」


 なりふり構わず襲撃に移ろうとしたところで、それだけで骨抜きになりそうな、甘い甘い声が聞こえた。同時に、ガシ、と太く武骨な手で肩を捕まえられる。


「は!? なん、誰……っっっ!!?」

「お・ば・か・さーん。せっかくあの子が穏便に済ませてくれたのに、逆恨みは、だぁめ~」


 わざわざ目の前に回り込み、唇の前で指を振るのは、サタニスだった。……当然、「絶対面白いことが起きる!」とユーラリングの後をつけていたのだ。ちなみに、さっき噴き出したのもサタニスである。

 穏便に済ませた、というのも本当の事だ。もしヒーイヴィッツではなくヒュドラが対応していたら、毒牙の一撃でのたうち回ることになっていただろうし、あそこでユーラリングが止めなければあっさりとヒーイヴィッツは狼男を斬り捨てていただろう。

 そして精神ダメージを叩き込まなければ、少なくとも掴まれていた腕は折られていたし、下手をすれば周囲から袋叩きに遭っていてもおかしくなかった。


「まぁ、サンドバックとしては活きがいいから、しばらく持つかしら? それじゃ、あの子の視界の外に行きましょうね~」


 ……まぁ、それに気づかなかった為、祭り初日にして実質退場する羽目になったわけだが。

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