第43話 蛇は準備を急ぐ
とりあえず第10層の事は後回しにして、何か金属に関わる作業をしていたユーラリング。中々の大物らしく、あのユーラリングがポーション中毒対策の休憩を取りつつ数日をかけている。
シズノメはもはや悟りの境地に至ったのか、特段なにも言わずに控えるのみだ。もちろん注文が入れば応答するし、微妙に動いている気配はあるので、見えないところで何かしているのだろう。
ある意味静かで平和な時間が過ぎていたが、厄介事というのはそういうタイミングにこそ舞い込むものである。
「!」
『ほわっ!?』
ズドン!!! と、突然の振動が部屋を襲った。ユーラリングは即座にウィンドウを開き、『ミスルミナ』の情報を確認した。
ら。
「……………………あの野郎」
『ひい!??』
ウィンドウを見た瞬間にごっそり表情が消えた顔で、ぼそっと呟かれた低い低い声。シズノメが思わず零した悲鳴すらも意識の外であるあたり、かつてないほどに怒っている。
そのまま無言でウィンドウを眺め……否、睨み続けるユーラリングを前に、シズノメは何とか我を取り戻した。よし、侵入者については何も聞かないぞ!! と斜めの方向の決意をしながら。
『あー、したら自分はお邪魔になりますかね~……』
「シズノメ」
『はいな!』
そのままフェードアウト、と行きかけたところでかけられる声。反射的に返事をしたシズノメの前で、ユーラリングは新しい重量無効化ポーションを呷った。
「今すぐ鍛冶関係設備を最大まで上げたい。出来るか」
『はっ! はっ!? あ、いえあのその、えー、すんませんまず30秒だけ計算と問い合わせに時間下さい』
「急げよ」
かと思えば即座に出てきた次の言葉に再度フリーズ。今度は何とかすぐ再起動して、いったん屋台の明かりが落ちた。その間にユーラリングは炉の火を落とし、道具を掃除し、金屑を集め、鍛冶関係設備の掃除と鍛冶の準備を進めていく。
『戻りましたやって、えーと流石に設置型最大最高、「ドワーフの山炉」は設置完了まで半日以上かかります。最短は設備の入れ替えだけで済む「設置型最高級炉」ですけど、オプションで大型化すると5分ぐらい、超大型化すると30分ぐらいかかりますな』
「では「設置型最高級炉」のオプション大型化だ。合わせて鉄鉱石と魔鉄化の素材をその時間で買えるだけ購入する」
『はいな、注文入りました!』
迷いゼロで文字通り流れるように注文するユーラリング。シズノメも慣れた作業に入ったからか、打てば響くような手際よさで注文を捌きだした。値段に関するやり取りがないのは、全て言い値で通る事が当たり前になっているからだ。
実際それだけの財力はあるし、『聚宝竹』としても金貨が貯め込まれるばかりの状況は歓迎できない。そして素材関係というのは1次産業に属するので、素材の爆買いは経済面からすれば大変にありがたいことなのだった。
さてそれはそれとして、シズノメの言葉通り5分で魔法陣から炉が姿を現した。地味にグレードアップを重ねていたとはいえ、あくまで普通の炉からすれば随分と大きい。
『とりあえずかき集められるだけ集められたんはこんだけですな。サインお願いしまーす』
「分かった」
戦争前の国の注文かよ。という量を提示するシズノメも金額を大して確認せずポチるユーラリングも普通に考えれば大概なのだが、『ミスルミナ』ではこれが通常運転だ。
ドザーッ! と現れて山になった鉄鉱石と、魔鉄(性質は変えずに魔力を馴染ませやすく、かつ性能を上げる為の特殊合金)化の素材(主にモンスターの魔石や特殊な薬草。今回は魔石)を一瞥して、ユーラリングはさっさと炉に火を入れた。そのままガンガン温度を上げていく。
そして不純物が焼けて鉄が溶けるのに十分な温度になったところで、鉄鉱石と素材を纏めて放り込んだ。流石に全て入り切るには至らなかったが、山が半分ほどになった。
「全部とはいかなかったが……まぁ良い」
さてあとは溶けて素材と混じった状態の鉄を炉の外に引き出し加工するだけ、なのだが……何故かユーラリングは、過去、濃縮ポーションを作るのに使っていた大きな瓶を2つ取り出した。
何をするんだろう、とシズノメも疑問符を浮かべる中、取り出したのは物騒な輝きの大振りなナイフ。当然自作であろうそれは、随分と攻撃力が高そうだった。
そしてそれを右手に、ぐいと左手の袖を肘までまくり上げるユーラリング。えっちょっまさか、とシズノメが思ったのとほぼ同時に
「っ!」
『やっぱりやったー!? りりりリング様いったい何を!???』
ザクッ、と音を立てて、思い切り自分の左腕に突き立てた。思わずシズノメは声を上げる。流石に痛いのか顔をしかめているユーラリングは、更に刃を動かして傷をえぐりながら、それでも答えた。
「添加素材として、我が血を投入するつもりなだけだが」
シズノメ、絶句。同時に察した。あ、これ、さっきの爆音はよほど厄介な侵入者だったな、と。そして絶っっっ対に生かして返す気が無いな、と。
ボタボタと血が流れる描写こそないものの、突き立てられた刃と、その下でなみなみと血をためていくガラス瓶はその様子を想像するのに十分。音を立てて減っていくHPを見ているのか、ユーラリングの視線は瓶とウィンドウとを行き来している。
そして一度HP回復ポーションを飲む間を挟んで、2つの大きなガラス瓶はユーラリングの血で満たされた。ナイフを抜いて傷を手当てし、もう1つHP回復ポーションを飲んで、ユーラリングは今度こそ炉へと向き直る。
「さて。シズノメ」
『はっ! はい!?』
「間に合うかどうかは分からんが、一応逃げる準備はしておけ」
『はいっ! ……はいっ!!??』
ついでに生産特化装束であるツナギに着替えて鍛冶ハンマーを手にして、ユーラリングは時間との勝負を開始した。
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