第42話 蛇は人員を考える
『あ、いけますよ。実質無理ゲーですけど』
生産部屋で椅子に座った姿勢でエディットをしていたユーラリング。そのままヒュドラを呼び出し、現れた多頭の蛇(一部)に装備を身に着けられるのか直球で聞いたところ、返ってきたのはそんな答えだった。
ふむ? と首をかしげて詳細を求めるユーラリング。ヒュドラは10個ほどの頭をばらばらに頷かせつつ、言葉をつづけた。
『あー、俺の特殊能力のせいですねー。ほら俺って、頭が潰されたら、再生した時数が増えるじゃないすか。でも装備は再生しないんですよね』
「潰されたり切り落とされた頭はどうなるんだ?」
『大抵の場合戦ってるやつらが持っていきますけど、残ったときは眷属化できますね。まぁ潰された時点でだいぶダメージ入ってるんで、そもそも装備が先に壊れるっつーか』
なるほど。と納得を見せるユーラリング。確かにそれは無理ゲーだろう。胴体や尾につけるのもありかも知れないが、今度は蛇らしいトリッキーで柔軟な動きが失われる可能性が高い。
『無数の頭で固定砲台するなら、まぁ胴装備もいいんですけどねぇ。普通に戦う分には邪魔でしゃーないです』
そもそも、頭以外は頑丈極まる自前の鱗と皮がある。そして、心臓がある胴体程ではないにしろ、頭の鱗と皮も大概丈夫なのだ。種族由来の天然の鎧と言っていい。
そしてヒュドラはこうやって会話出来ていても、基本蛇だ。装備を手に入れたとして、装備するにはアイテムボックスに入れ、装備欄を開き、装備を選択して決定する、という手間が必要だ。
しかしそうやって苦労して装備しても、首ごと切り落とされたり潰されたりすれば使えなくなる。そしてそれが多数の首の全てに言える。ならもう、レベルとスキルをあげて天然の鎧である鱗と皮を鍛えた方が早い、となるだろう。
「なるほど、分かった。下がってよし」
意外なところで判明したヒュドラの装備事情を把握して、ユーラリングはヒュドラを下がらせた。全部の頭を同時に下げて姿を消すヒュドラがいなくなってから、ウィンドウから『レシピ本』を取り出してページをめくり始める。
しばらくして目当てのものを見つけたのか、手を止めて目を通すユーラリング。見たいものはすぐ見終わったらしく、そのまま別のウィンドウを開いた。
「ん?」
ユーラリングが新しく開いたのは、第10層に配置できる『配下』の一覧だ。ヒュドラしかいないだろう、と思った中に、何だか随分といろいろ並んでいる。
『・ヒュドラ
・バラバド
・ヒーイヴィッツ
・ヘルルナス
・エフラバール
・フェーゴル
・ミラルシア(※要正体隠蔽具)
・フィスフィー(※要正体隠蔽具)
・*同盟配下*
・*同盟配下*
・*同盟配下*
・*同盟配下*
・*同盟配下*
・*自由枠*
・*自由枠*
・*自由枠*
・*自由枠*
・*自由枠*
・*自由枠*
・*自由枠*』
はて? と首を傾げるが、表示は変わったり消えたりしない。いや、見覚えがあることはある。ヒュドラ以下、バラバドからエフラバールまでは第7層を統括する4体のアンデッドの事だ。
あいつらボスに任命できたのか。とかユーラリングは呟いているが、普通はあの規模の墓所洞窟(カタコンベ)を統括するというだけで生半可な実力ではない。しかも、第7層の場合頭に「喪われし神代の」とつく。これだけで難易度が平気で5倍程度には跳ね上がるのだ。
そんな訳で、その実態はそれぞれがそれこそ“英雄”級でなければ相手にならない実力者であるアンデッド4体組。その格にふさわしいネームドなのだが、まぁいいか、とユーラリングは軽く流した。正直、泣いていい。
「フェーゴル、フェーゴル…………あ、まさか第7層の代表管理者か?」
しばらく考え込み、ユーラリングは一切の反応がなかった、最初の同盟相手のことを思い出した。扱いとしてはもはや「そういえばそんなのもいたな」である。
まぁこちらは忠誠心限界突破の4体と違い、放っておかれても一切問題ないのだが。そうかこういう協力の仕方もあるのか、と1つ勉強になったとばかり頷いて、次の名前に目を移すユーラリング。
「名前の感じからして、これは女名……と、この条件……。……は? おい、いいのか。捕虜だぞ一応」
推測を口に出しているうちに、その名前が示す相手に思い至ったユーラリングは、思わず“魔王”口調を崩して呟いていた。そう。捕虜、と口走った通り、この2名はあの駆け落ち百合ップルである。思わずユーラリングも動揺しようというものだ。
まぁ、直接原因なのは例によってあの百合ップルをがっつり魅了して忠誠心をガン上げしたユーラリング自身なのだが、いつものように無意識なので理由がさっぱり分かっていない。
頭痛と共に問題を先送りにすることにしたユーラリングは、その下へと目を動かした。ヘルプが出る訳ではないようなので、字面から推測するしかない。
「同盟……の字が入っているからには同盟なのだろうが……。…………今、第1層でやっているようなことが、システムとしてできる、という解釈でいいのか?」
侵入者からすれば無理ゲーだなぁ。と暢気な事を呟くユーラリング。これも正確なことを言えば、現状正真正銘の「ただの部屋」でも大概な戦闘力を誇る「『ミスルミナ』第1層の部屋を勝ち取れた」ネームドが、ユーラリングが考える補助を受けた部屋で戦うというのは、もはやただの悪夢だ。
実態はそれなのだが、ユーラリングが困ったのはそこではなかった。こっちで選ぶと角が立ちそうだ、5枠もどうしろと、という呟きが全てである。
ヘルプ代わりに詳細情報や設定条件を引っ張り出して確認し、どうにかボス部屋アルバイトのようなもの、というあらましを掴んだユーラリング。どうしたものか、と悩んだ末に出した結論は
「部屋の条件と戦闘になるかどうかは不明として、注文票の中にアルバイト依頼表として追加しておくか。報酬は……肩透かしならポーション、戦闘があったら追加報酬で」
あの部屋で繰り広げられる暗殺合戦のレベルが上がることが決定した。
そのまま目を下に動かし、最後にして最多の項目を見たユーラリングはまた考える。概要としては「*同盟配下*」と同じだった。ただ、自分で召喚した雑魚の群れ等も設定できるらしく、名前にふさわしい自由度になっているようだ。
「身の丈ぐらいの花だらけにして
発想がいちいちえぐいが、もちろん無意識だ。まぁ硬くて頑丈な床と壁は確定しているので、土を撒いてから発芽しなければならないとなるとだいぶ時間がかかってしまうが。
「……そうだな。そっちの問題もあったな」
その思考の途中で、ふと気づいたユーラリング。そう、部屋の小細工パターン……オプションギミックを設定して作るのはいいのだが、それをどうやって設置したものかと。
流石にそこまで凝った仕掛けはウィンドウからボタン1つで、という訳にはいかない。となると手勢を使うしかないのだが、『ミスルミナ』における生産作業はユーラリング一人で事足りてしまっている。
なお、雇用用のお手伝いゴブリンたちは常駐する作業はできない仕様だった。となれば、作業専用の『配下』が必要という事になる。が、もちろんそんな宛などユーラリングには無い訳で。
「これは、当分お預けか?」
憮然と呟くにとどめ、ユーラリングはウィンドウを閉じた。
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