第55話 蛇は探し方を勘づく
転送されてまずユーラリングが確認したのは、どうやら無事にヒュドラと護衛の不死者も一緒に転送されたらしい、という事だった。
次に周りを見回し、現在位置が明るい森であることを確認。ヒュドラを木の上に向かわせ、護衛の不死者に生命の気配の確認を頼む。結果
『
「そうか。生き物の気配も、敵対的なものは無し、となると……やはり、「お題」を探すことに集中しろと、そういう事だろうな」
その安全性の裏付けをとって、改めてユーラリングはアイテムボックスを開いた。自家製の重量無効化ポーションの効果時間は、現在の最高品質で2時間。市販を購入していた時は1本で30分あるなしだったのが、4倍近くに伸びている。
よって重量表示のところが「*無限*」と表示されているアイテムボックス。ポーション中毒もぐっと軽減されているので、正直バランスブレイカーとかチートに近い。
そこをツッコまれても、BANされてないし警告も来てないから問題ないだろう? と言い返すユーラリングは特に気にせず、一番上に入っていた「イベントアイテム」を取り出した。
「……「漆の苗木」?」
『苗木???』
もう一度周囲を見回す。普通に森だ。間違っても手の入った庭ではない。
もう一度「イベントアイテム」となっている紙を見る。「苗木」だ。「若木」でも「幼木」でもない。
『え、これどうやってクリアすれば……?』
「……スキルによって「お題」が変わってくる、とかか?」
『苗木とか作れるんすか?』
「作れるぞ。やった事は無いが」
ちょっと考えて、そう結論を出したユーラリング。ならば探すべきは「漆の木」だ。VRMMO『HERO’s&SATAN’s』では毒植物分類の、樹液に素手で触れればダメージを受ける危険植物である。
それだけに周囲と見分けがつけやすくなっており、しばらく歩けばすぐに見つけることが出来た。ユーラリングは指ぬきの長手袋の上からごつい皮手袋を着け、若葉混じりで葉が茂る枝を、無造作に折り取った。
『で、それを?』
「布で集めた土に刺して、スキルを使う」
『と。わぁ、ほんとに苗木になった』
「スキルばんざいだな」
あっさりと「お題」クリア、と判断し、ユーラリングは「イベントアイテム」の紙を取り出した。アイテム説明によれば、これを「お題」にかざせばクリアになるらしい。
なのだが。何故かユーラリングは「イベントアイテム」の紙の文面をもう一度見て、眉を寄せた。
『……
「…………表記が違う」
『はい?』
短く返して、ユーラリングは目の前の苗木の鑑定画面と、「イベントアイテム」の紙に書かれている文字をもう一度見比べた。結果、眉間のしわを深くしつつ、頷いている。
『え、だってちゃんと表記されてますよ?』
「違う。「お題」は「漆の苗木」だ。今作ったのは「ウルシの苗木」だ。漆の表記が漢字とカタカナで、違う」
『うっわ細かい……あー、でもあの使徒ならやりそうですね、そういう落とし穴……』
どうやら簡単にクリアは出来そうにないと気づき、うわぁと声を上げつつも可能性を否定できないヒュドラだった。ユーラリングはその間に、もう一度元となった木を調べている。
「……ただ、こちらは漢字表記だな。他の木も種類こそ違うが、漢字表記がある物は全て漢字表記だ」
『と、いう事は。ありそうなのはやっぱり、スキルを使ったらカタカナ表記になった、て事ですかね? その場合、このごくごくふつーの、天然ものな森の中に、明らかに人工物の「苗木」がある、ってことですけど』
「問題はそこだ。……いや、そもそもそこを疑う必要がある、のか」
『と、言いますと?』
「アークフラワーの蜜砂糖漬け」
ヒュドラの問い返しに、ユーラリングは即答した。口に出したことで確信を持ったのか、その目が眇められる。
「蜜砂糖という時点で完全に人工だ。しかもアークフラワーは猛毒と紙一重の薬効を持つ劇物だぞ。そんなものを食用にしようと思ったら、人の手によって何代も続けて管理しなければ無理だ」
『……あの説明、全部意味があったんですね……』
「大半が聞いていないという前提で話す分だけ、質は確実に悪いがな」
とはいえ、現状周囲は何の気配もない森だ。しばらく歩き回って分かったが、獣道さえ存在しない。
……の、だが。そんな未開の森であるなら、そもそもこんなに明るく穏やかではないだろう、というのがユーラリングの感想だった。そして、もう一度最初から最後まで、一言一句、説明として語られた言葉を思い出していく。
「……そうか。ヒュドラ、ヒーイヴィッツ、「時の木」を探せ」
『「時の木」、ってあの、激レアかつ扱いが難しいってもんじゃない、時計代わりのあれっすか? 下手に枝を折ったり肥料をやったりしたらそのエリアの時間自体が変化するっていう』
「あれだ。しかもこのエリア、恐らく複数生えている」
『うわ、それを聞いただけで一気に探し物の面倒さが増したんですけど』
「予想が正しければ、複数の「時の木」をいじる事でこの森がこの森になるまでの歴史を探索する必要がある。それなら個人ごとのプライベートスペースになっているというのも納得だ」
『わー俺も否定できなくなりましたー、そう考えたら確かに全部筋通りますね、げんなり度は別として』
そして、思い出した。「戦う相手は時間」だと言っていたことを。あれは最初、制限時間の事かと思っていたわけだが、それならば「制限時間」という筈だ。
「お題」の難易度は挑戦するごとに上がっていく。ならまずやるべきことは、
「最初の数回は捨てて、まずはこの空間の「基本の歴史」を細かに把握するぞ」
『……えーと、その言い方に既に嫌な予感がするわけですが、何で基本なんです?』
「当たり前だ。歴史干渉シミュレーションだぞ。高難度の「お題」は間違いなく、「歴史」に手を加えなければ出現しないアイテムだ。それにプライベートエリアだと言っていたからな。下手をすればその影響が次以降の挑戦にも残る鬼仕様だ」
『うーんこの嫌な予感通りの言葉なんだけどどうしようもない説得感』
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