第31話 蛇は戦乙女をおとす
結論から言うと、その日はそのまま寝て(ログアウトして)、いつもの時間に起きた(ログインした)ら、亜空超密度結晶化は完了した。その状態でも無事に『岩塊取り出し』は可能だったので、広大極まる空間が『ミスルミナ』第8層として出現したことになる。
ちなみに、それ以上のランクは無かった。というか、『これ以上の魔力を内包することは出来ません。魔力爆発が発生しますが、それでも続けて魔力を投入しますか?』というウィンドウが出た為、慌ててオドを流し込むのを止めた。
なお、攻略情報サイトを覗いたついでに、「どんなに大きくても結晶カテゴリのアイテムは宝石加工スキルで切り出せる」という情報を手に入れていたユーラリング。ちゃっかりと欠片をいくつか削り出して、加工用に確保していた。
「……まぁ、今回はあまり、外枠にこだわらなくていいと言えばいいのだが……」
そんな風に呟きつつも、手を抜かずに大きな洞をお手伝いゴブリン達に指示を出して加工していくユーラリング。上層の土を基礎材料として補充しつつ、別で焼き上げていた3m四方ぐらいのレンガ板の中心に「浮遊の魔法球」を填め込んでは、それもまた階層の材料として投入していく。
他にも白く光りを放つ板や、逆に光を吸収する黒い板なんかにも同じく「浮遊の魔法球」を填め込み、浮かべる位置の指示を出していく。一部は「浮遊の魔法球」なしで、壁から続く足場へ設置していた。
……そう。『ミスルミナ』第8層は、全域が浮遊する足場による壁なき迷宮だ。「浮遊の魔法球」にはいくつか種類があり、重量がかかると一定距離・方向に移動するものと、重量をかけた方向へ進むものと、ただ単にだんだん落ちていくものとがある。ただし、それらの速度は全て、一定だ。
「くく。正解ルート? そんなものはないぞ? 何せ、どう進んでも正解であり、また同時に不正解なのだからな……此処を迷宮たる複雑さに変えるのは、侵入者ども、貴様ら自身だぞ?」
くっくっく、と、実に“魔王”らしい笑いを零しつつユーラリングは作業を進める。床部分に人間の身長ぐらいある棘を敷き詰め、その全てに最上部への転移罠を仕掛ける徹底ぶりだ。ちなみに、行き先は天井である事以外ランダムである。
この時点で既にだいぶ酷いのだが、ダンジョンの床扱いの壊れない足場だけではなく、罠扱いの一定時間で壊れる足場と、床認定していない普通の足場を混ぜている。そして次の層への階段は、中央にある大きな柱の中ほどに存在していた。
それだけではなく、階段への入り口は一定時間ごとで複数が切り替わり、内部は全てが繋がった滑り台状になっている。登るのは非常に苦労するし、これまた一定時間ごとに鉄球が転がってくる仕様となっている。
「さて。大雑把に枠は出来たな。そろそろ呼んでやるか」
そんな中で、誰が上に向かうのだ、という話だが……覚えているだろうか。ユーラリングが以前にキープしていた、侵入者もとい虜囚を。
作業部屋に戻って、魔王ルックに着替えたユーラリング。シズノメにちょっと気配を消しているように声をかけて、まずヒュドラ(分体)を呼び出す。
そしてヒュドラ(分体)の頭に腰かけて、虜囚として大人しく過ごしていた2人組を目の前へと呼び出した。転移が使えるので手間が無くていい。と思ったのは秘密である。
「さて。随分と間が開いてしまったが、まずは過ごし心地でも聞いておこうか」
「非常に快適でしたー! え、私たち虜囚ですよね? お客さんじゃなく? ってぐらいに! ありがとうございます!」
「全くもって同意見だ。食事も暖かいし敷布も毛布も柔らかいし着替えは着心地がいいし静かだし。むしろあのままあそこにずっといても何ら問題ない。むしろ居させてください」
「…………快適だったなら、何より」
ほぼほぼノータイムで返ってきた答えに、ユーラリングは顔を引きつらせるのを何とか抑え込みながらそれだけ答えた。下手に天使とかだったら堕天(陣営変更)間違いなしの勢いだ。
本当に、どれだけブラックだったのだろう。某神話体系の“英雄”一派は。敵勢力ながらユーラリングは思わず自滅を心配していた。そして恐らくそれは大体合っている。
それはともかく、とユーラリングは意識を切り替える。今は引っ越しと、仕事の指示に来たのだ。
「先に告げた通り、準備が整った。場所を移ったのち、虜囚であると同時に最低限は働いてもらう。まぁ、侵入者どもの様子を見る限り、まだまだ時間がかかりそうだがな」
「灯り、でしたっけ?」
「可能なことなら何でもやる、という言葉に偽りはない。何なりと命じてもらって構わない」
「そこまで複雑なことではない。ある階層を照らす灯りの球に光を充填することと、その階層に宝として配置する武具の手入れだ」
簡単だろう? と付け加えると、顔を見合わせて同時に頷きを返す百合ップル。その顔には「えっ本当に簡単なんだけど」「そんなのでいいのか??」という意味の疑問が浮かんでいる。
実際のところそれ以上は考えていなかったユーラリングだが、軽く首をかしげて言葉を追加した。
「他に刺繍なり演舞なり、趣味があるなら適宜仕事は追加するが?」
「あー……と。それじゃ、花の栽培と香水作りとか……」
「演舞……演奏でも構わないだろうか。横笛とハープなのだが」
「いいだろう。設備を追加しておく。まぁ、詳しくは配置してある看守という名の世話係に聞くといい」
あっさりと許可を出して、そのままウィンドウから部屋と道具を追加設置するユーラリング。百合ップルが呆気にとられているがお構いなしだ。実際、道具設備使い放題、世話係付き、となると、ちょっとしたVIP待遇である。
もちろんユーラリングはその辺無頓着かつ鈍感だ。……これをシズノメが知ったら、常識を知らないマイペースって怖い。と内心で呟いただろう。
「我からは以上だ。……あぁ、そういえば1つ言っておこう。我は別にお前たちが解放されても一切構わん。一応辿り着くのに非常に苦労するようにはなっているが、その手を取るか、札付きになること覚悟で切り捨てるかは、お前たちの判断次第となる」
ウィンドウから『転移』を選択し、百合ップルを選択する。そして、薄っすらと笑み――“魔王”よりも“魔王”らしい、威厳と気品と妖艶さを併せ持った非常に蠱惑的な――を浮かべ、決定を押し込むと同時に告げた。
「好きにせよ。それがお前たちに与える唯一の自由だ」
返答や反応がある前に百合ップルの姿が消える。行先は、次の層への階段がある大きな柱、その最上部の空間だ。つまり、上へと向かう理由である。もちろん辿り着くための難易度が酷いことになっているが。
……酷い難易度、の中には、当然、百合ップルの心境も入っている。もはや彼女達は、元同僚や元上司であろうと闇討ちすることに躊躇いはないだろう。これだけの厚遇と贅沢を受けたうえ、最後の最後でもはや凶悪レベルの魅了を受けたのだ。プレイヤーであっても致し方ない。堕ちてやむなし、というやつだ。
「さて、これで片付いたな。……次の層は同盟の後で良いか」
もちろん。再三言っていることだが、ユーラリングはその辺、無頓着かつ鈍感だ。一切気にしていない、とも言う。
……果たして、ユーラリングの情報が制限されていることが幸いなのは、誰にとってなのか。そろそろ分からなくなってきたかも知れない。
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