第47話 蛇は祭りに参加する

 どうやらシズノメ、というか『聚宝竹』もそのイベントは知っていたようで、プレイヤーイベントではなく、運営による公式イベントの一種だったらしいという事をユーラリングは初めて知った。

 サタニスからのメールの返事と、シズノメからの情報を合わせてユーラリングは準備を整え、ついで扱いで戦闘装束をリニューアルした。今度は可愛らしさと未熟さを前面に押し出した、マスコットかアイドル路線の衣装だ。


『またそう言いつつ格好凛々可愛い美人になるんだ。俺は詳しいんだ』

「何にだ」


 上半身はぴっちりと吸い付くように、肩部分を紐ほど細くする事で肩も腋も背中も大きく出す。下は蓮の花を逆さにしたようなふんわりとしたスカートの中に控えめなフリル。その上に背中から翼を通して翻し、肩にかけて、鳩尾で止める、背中部分が3枚に分かれたマントを羽織る。

 二の腕半ばまでの指抜き長手袋とハイニーソックスの上から、それぞれそこだけゴツい鎧染みた肘サポーターと、膝下まであるブーツを着け、髪はくるりんポニーテールに結い上げる。その上から、レース編みの眼帯を付けた。

 ここまでの色合いは濃淡と艶の有無で分けられた黒で統一され、頭の上にサタニスとお揃いとなったティアラを乗せ、イヤリングとブレスレット、ネックレスを身に着け、魔銀で作りなおし宝玉を抱え込む竜が白と黒に染め分けられた杖を持って完成である。


「我ながら可愛いかつ未熟っぽくできたと思うが、どう思う?」

『……あー、この、可愛らしさの中の風格、未熟さと歴戦感のアンバランスなのに調和のとれた雰囲気、それでもただの年齢詐欺ではなく見た目相応の年に見える若々しさと瑞々しさ、そのうえであの言動……どーりで直接会った相手が悉く陥落する筈ですわぁ……』

「解せぬ」

『解して下さいお願いします』


 おかしい。魔法少女に寄せたまであるのに、何故だ。と、ユーラリングがいくら呟いても、シズノメの評価に否を唱える存在は居なかった。ヒュドラに至っては『それ! 言葉にしたらそれ! シズノメありがとう!!』と無数の首をウェーブ頷きさせて全力で同意する始末だ。

 解せぬ……。と不満顔だったユーラリングだが、それ以上言っても仕方ないのは分かったのだろう。今回もくじを投げて当たりを引いたアンデッドの内1体(前回はヘルルナス、今回はヒーイヴィッツ)と、ヒュドラの分体がお供だ。

 忘れ物が無いかをもう一度チェックして、集合時間の10分前にダンジョン機能で『天地の双塔』に一番近い部屋へと転移する。サタニスからのメールには、そこに今回の移動担当を待たせている、と書いてあった。


「やぁ、良くいらっしゃいました、『ミスルミナ』の主よ。……これはこれは、気合を入れてくれたようで何より」


 そこにいたのは、若い金髪の執事見習い、と言った風体の男だった。もちろん中身がどうかは分からないが。執事長と比べるのは流石に酷だろうが、よく訓練されている気配がする。まぁ、たぶんにユーラリングが悪いとはいえ、失言までが早い気もするが。

 ユーラリングはもちろん、自身の姿を見て即座に崩れた口調など気にしない。いたって普通にスルーして、小首をかしげた。


「約束の時刻までは今少しあると思うが、問題ないか?」

「もちろんです。お茶と席を用意しますのでゆったりとお寛ぎください」


 いや、あと10分でゆったり寛いでいたらダメだろう。そんなユーラリング(の中の人)の心の呟きは届かず、文字通り手品のようにティーセットが乗った可愛らしい机と椅子が現れた。

 まぁ10分立ちっぱなしも何だしなぁ。と、ユーラリングはおとなしく席に着く。念のため時刻表示を視界の端に設置して、座ると同時にカップに入れられたお茶を楽しむことにしたのだった。




 流石に今回は何事もなく、おいしいお茶を楽しんでいる間に時間となり、ユーラリングはVRMMO『HERO’s&SATAN’s』の世界にある4つの大陸、その中央にある島の1つへと転送された。

 そのまま執事見習いの案内でサタニスに合流する。どうやら開始に際して何かあるらしく、ざわざわと祭り直前の浮かれた空気の中を移動した。


「リングちゃん! いらっしゃい、今日も素敵ね!」


 本日は髪と同じく複雑に光を跳ね返す白のマーメイドドレスに、白の長手袋。上から鮮血のような鮮やかな赤のベールを纏い、銀色の鎖が編み込まれた髪は風に遊び、踏み出した際に、カツ、と音がしたことから、靴は高いヒールのようだ。

 先日と違って薄く化粧をした美貌の上に、ユーラリングが作ったティアラ……あの巨大な結晶を削りだして作られた、ハートを立体的に組み合わせて12貴石を配置した……が輝いている。それに合わせて(追加注文でユーラリングが作った)同じ結晶、同じ意匠のネックレスとブレスレット、イヤリングが光を返した。


「ふふ、リングちゃんは黒でそろえるだろうと思って、白にしてきてよかったわ。2人で視線を奪いつくしてやりましょ」


 ぱちん、とウインクを添えて、サタニスは実に楽しそうだ。もちろんユーラリングはふんわりした笑顔で直接的な返答を避けた。

 そして他の『King Demon’s Round Table』所属の“魔王”達も集まったところで、一際大きいざわめきが起こった。何事か、とユーラリングが視線を向けると、どうやらそこが今回の会場の中心だったらしい。

 頭上に立ち込めた暗雲からゴロゴロと音が鳴り、ガカッッ!! と雷が落ちる。閃光の後、そこには黒い霧が集まったような、あるいは影だけのような、奇妙に存在感の薄い大きな黒い姿があった。


〈──我が陣営に属する者達よ。此度はよくぞ集まった。

 次なる新月は我が恩寵、我が褒章。我から汝らへの報酬である。

 大いに祝い、大いに讃え、大いに騒ぎ、大いに喜ぶが良い〉


 エコーがかかりノイズが混ざったその声は、それだけを言って空気に溶けるように消えていった。しん、と静まり返っていた会場が、「魔神様! バンザイ!」というコールで埋め尽くされる。



 なお魔神とは、VRMMO『HERO’s&SATAN’s』における人間側のラスボスだ。魔物側にとっては最終防衛対象であり、撃破されると魔物陣営は敗北が決定する。

 同じような存在として「聖神」という存在が居て、これは人間側の最終防衛対象で、魔物側のラスボスである。もし万が一撃破できれば、人間陣営は敗北が決定する。というか、そもそもVRMMO『HERO’s&SATAN’s』で続いている人間対魔物の争いは、この2神の代理戦争だ。



 へーあれが魔神かー。チュートリアルの時となんも変わらんなー。とか呑気な事を思いながら、一気にテンションが最高まで引き上げられた魔物陣営を眺めていたユーラリング。

 そんなユーラリングをサタニスは見ていたらしく、あら? と首を傾げた。


「リングちゃんは、魔神様コールしないのね?」

「と、言うと?」

「魔神様コールしたらね、魔物全体への貢献度が増えるのよ。まぁ、私たちからすれば端数だけれど」


 なお口調については普段のものでとお願いされているので、尊大な口調のままだ。

 その解説に、あぁ。と納得をしたユーラリング。貢献度、というのは名声と似たようなパラメータで、これが高いほどNPCからの好感度が上がったり、一定以上の貢献度を持った状態でしか手に入らないアイテムなどがある。

 忘れてはいなかったが別に気にしていないユーラリング。そもそも、もともとからしてのんびりと生産職人の道を歩むつもりだったのだ。『ダンジョン』を経営していても、その辺の鈍さは変わらない。


「塵も積もればなんとやら……とは言うが、正直その間に1人でも“英雄”を倒した方が良いだろう」

「まぁ、それもそうね。リングちゃん、この間大金星上げたところだし」


 大金星とはもちろん【クーホリン】の事である。そういえばあいつ何落としたっけなと素材の方へ意識が流れるユーラリング。……実に通常運転だった。

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