第30話 蛇は結晶を育てる

 早速とばかり送りつけられてきたドレスはシンプルな物が多く、ユーラリングの好みの範疇だった。裏でシズノメが奮闘していたりするが、それはもちろんユーラリングのあずかり知らぬ事だ。

 そんな訳で、作業中以外は大体そのドレスのどれかを着るようになったユーラリング。どうせだからティアラぐらいは常に頭に乗せておくか? とか思ったりもしたが、まぁいいかと却下した。

 そしてそんな経緯の衣装作成も大方終わり、ユーラリングは現在、第7層の最も深い場所……第8層へと続く階段の、一番下の段。そこに、スコップを突き立てて座った状態で、集中していた。


「……なんだ、これ。ただ大きいだけ、じゃないな……?」


 眉間にしわを寄せながら、それでもオドを浸透させ続けていくユーラリング。問題は、それが底無しにも思えるほど無制限に吸い込まれて、なお手応えが無い、という事だ。

 第1層がほとんど完成したのもあり、現在のマナ収入は最初期に比べれば十分に潤沢と言っていい。ユーラリングは自覚していないが、レベルが上がってステータスが上昇した結果、自然回復やスキルによる時間当たりのオド回復量もそこそこの量になってきていた。

 で、その、現在のユーラリングをもってして、全く文字通りの意味で底が知れないのが、この岩盤だか鉱脈だ。ユーラリングの自身への過小評価を差し引いても、異常事態、と言っていいだろう。


「かと言って……今更止める訳にもいかんしな。キャンセルすると、それまでの分が無駄になる」


 そこは変わらない貧乏性で、眉間にしわを寄せ、警戒しながらもオドを流し込むのを止めないユーラリング。念を入れて、自然回復で即座に賄える速度に抑えているとはいえ、結構な量が流し込まれていく。念には念を、と、ユーラリングはもう片方の手に、杖を構えた。

 そのまま、今使えるスキルの確認や宝箱倉庫の在庫確認などをしながら経過すること、数時間。


「……さすがに想定外だな。さて、どうするか……」


 そろそろログアウトしないといけない時間になって来た、というところまでかかって、なお底が見えない、となり、ユーラリング(の中の人)は割と本気で頭を抱えたくなった。

 現実を捨てた訳ではない為、ここで寝れない(ログアウトできない)のは非常に困る。……正確に言うと、出来なくはないが、次に目覚めた(ログインした)時が怖い。


「……ヒュドラもさほど暇なわけではないしな。言えば来るような気もしないことはないが……流石に、身体の面倒の為だけに呼ぶのは、違うか」


 実際に言えば嬉々としてやるだろうが、その辺ユーラリングはどこまでも鈍感だった。もしくは、自己評価が低かった。

 しばらく考えて、ユーラリングは革紐を1本と、輪のついた杭を2つ取り出した。革紐を杭の輪の部分に通して括り付け、片方をまず自分のすぐ横に打ち込む。

 そこから、革紐を安全ベルトのように自分の体に回して、しっかりと固定される位置へもう片方の杭を打ち込んだ。こうやって固定しておけば、アバターがこの場に残って作業が続けられる。オートで出来るものなら。


「まぁ、これでひとまず様子を見るとしようか」


 ついでのように包帯ぐらいの布を取り出して、スコップと自分の手にぐるぐると巻き付け、固定する。これで手を離すことは無くなった。

 これでよし、ともう一度自分の全身を確認して、杖を抱え込むように持ち直し。流すオドの量を最低限に絞って固定して、ユーラリングは寝た(ログアウトした)のだった。




 で……中の人が嫌な予感を察知したせいで現実でのあれこれを片付け、まとめた時間を作るのにしばらくかかった為……数日ぶりに起きた(ログインした)ユーラリング。

 まず身体の状態に変化がないことを確認し、スコップと杖を手放していないことも確認し、さてと気合を入れなおして正面に向けた視線に


『*****の巨塊への魔力浸透が完了しました。

 魔力投入が継続されています。

 状態を魔力蓄積へと移行します』


『*****の巨塊への魔力蓄積が完了しました。

 魔力投入が継続されています。

 状態を魔力圧縮へと移行します』


『*****の巨塊への魔力圧縮が完了しました。

 魔力投入が継続されています。

 状態を魔力結晶化へと移行します』


『*****の巨塊の魔力結晶化が完了しました。

 魔力投入が継続されています。

 状態を高密度結晶化へと移行します』


『*****の巨塊の高密度結晶化が完了しました。

 魔力投入が継続されています。

 状態を多鏡高圧結晶化へと移行します』


『多鏡高圧結晶化の完了まで、残り魔力:120です』


 そんな風に、すでに多数に重なった画面を確認して。

 思わずユーラリングは、地の底で空を仰ぐように顔を上向けた。

 ちなみにシステム的にはマナもオドも「魔力」表記だ。


(やっちまった――――)


 まさにその一言に集約される状態を数秒だけ複雑に嘆き、さて、と気持ちを切り替えてユーラリングは画面に視線を戻した。残り魔力の部分は刻々と数字を減らしている。これもまたどうにかしなければいけないだろう。

 そこで改めてスコップの先を当てている謎の岩盤だか鉱脈だか……ウィンドウの名称によれば「*****の巨塊」らしいが……に視線を向ける。半透明の灰色、という岩なんだか鉱石なんだか微妙な色彩だった筈のそれは現在、キラキラと非常にレア度の高そうな虹色の輝きを見せていた。

 あからさまに放置しすぎたせいであるのに頭を悩ませつつ、そういえばこの場合って『岩塊取り出し』は出来るのか? と今更な疑問が浮かんだところで、残り魔力が0になった。


『*****の巨塊の多鏡高圧結晶化が完了しました。

 魔力投入を継続し、亜空超密度結晶化へ移行しますか?

 Yes/No

 選択残り時間 0:59』


 猶予時間1分という割とギリギリな選択肢が出現し、ユーラリングはまず、ネットで攻略情報サイトに接続した。「亜空超密度結晶」で検索をかける。

 ……実に長く感じる数秒をかけて出てきた結果は、僅かに2件だった。片方は『素材』カテゴリ。もう片方は『強化素材一覧』カテゴリだった。まずは『素材』カテゴリから開くユーラリング。


「……まさかのレア度不明とは……」


 そこにあったレア度表記に改めて顔を引きつらせつつ、詳細を見る……が、びっくりするほど内容が無かった。具体的には、『空間を歪めるほどに多量の魔力を秘めた結晶』という一文だけで、使用先も1件だけだった。

 で、『強化素材一覧』にその1件だけの使用先が記してあった。そこにあったのは


「オーブシリーズのランクアップ、か」


 端的にそれだけが記してあった。ただし、伸び数値などの情報はない。情報求む。と書いてあったため、調査中か、調査できていないのだろう。なお、下位に位置すると想定される多鏡高圧結晶の方もほぼ同様だ。その更に下の高密度結晶であれば、結構な数の使い道が書き込んであるのだが。

 ここまでしたところで猶予時間は残り10秒を切った。さてどうするか、とユーラリングは少し考え、


「まぁ、行けるところまで行ってみるか」


 例によって貧乏性を発揮して、Yesを押し込んだのだった。

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