第20話 蛇は宝物を蓄える
地上ではそれはそれは凄惨な襲撃戦が発生していたが、それはユーラリングの知った事では無い。重量無効化ポーションが効果切れになるその寸前に、いつもの場所へと戻ってきていた。
もちろん視界の端に侵入者の状態は表示させながら、せっせと「血の刻印」を作る作業に打ち込むユーラリング。そのペースは今までの暇潰しと違い、かなり本気のハイペースだ。
もちろんそれにシズノメが気づかない訳もない。理由はさっぱり分からないが。そしてシズノメは、こういう時に遠慮をする性格はしていなかった。
『リングサマ。どないされましたん? 何か不都合でも?』
「…………不都合、と言えば、まぁ、不都合……だな」
煮え切らない曖昧な返答に、ふむん? と首を傾げたらしいシズノメ。もちろん外見は屋台なので実際にどうなのかは分からないが、どうやらユーラリングをしても看過できない何かが起こった事だけは理解できた。
『ふむ。でしたらリング様。彫刻刀のグレードアップなぞはいかがでしょうか?』
「また後でな」
言葉こそあれだが、提案を断るユーラリング。これもまた珍しい。今までは暇なのもあって、シズノメの提案は何であれ、とりあえず話だけは聞いていたのにそれがない。
そこまで考えて、シズノメは察した。ははぁ。また何がしか、ダンジョンに関わる危機的な大事が起こったのだな。と。
「(――っち、材料が尽きなくても割とギリギリか)」
シズノメの考えは半分当たり、半分外れだった。確かにダンジョンに関わる大事には違いないが、危機的なわけでは無かったりする。というかむしろ、割と放置しても問題ない類だった。
で、そんな類なのにどうして本気も本気モードになっているかと言うと……それはもう、ユーラリングの精神性というか、貧乏性と言うか、几帳面さというか……まぁ、そういうもののせいだ。
で、実際のところは何をやっているかというと……ユーラリングの視界の端に表示されているもう1つの、自分以外には不可視になっているウィンドウに理由まで含めた全てがあった。
『宝箱充填率
・総合 -99%
・レジェンド -98%
・レア -95%
・コモン -80%
宝物庫充填率
・総合 -79%
・レジェンド -95%
・レア -81%
・コモン -45%
第7層(エクストラ階層)宝物支配率 11%
エクストラ階層支配猶予時間 残り2:46:05』
最後の猶予時間とやらは刻々と減って行っているのに対し、上部の充填率及びすぐ上の支配率の伸びは悪い。そしてこのウィンドウは、『クエスト』カテゴリに属している。
そして、クエストとしての分類名目は『エクストラエリアクエスト』。クエスト自体の名称は『
つまりは、『ダンジョン』の迷宮或いは『独立軍』の砦、その専用クエスト――通常では手に入れる事の出来ない、とびきりの特殊地形階層を手に入れる為のクエストだった。
「(しかしまぁ、随分な死者だまりがあるなとは思ったが。まさかここまでご大層な代物だったとは)」
そして当然、廃人の証である“魔王”或いは“英雄”が、その組織ぐるみで挑戦するべき難易度になっている。つまり、本来なら目で見える速度で動かせる数字ではない。ユーラリングのプレイヤースキルと、生産職人の方向へと極振ったスキル群、及び、「生まれついての“魔王”」というぶっちぎった能力値(ステータス)が噛み合った結果だ。
そして元が3時間であり、9分の1である15分が経過した時点での支配率が11%(それ以前に作成して宝箱枠に放り込んでいた分を含む)は確かにギリギリだが……ユーラリングが作る分に限り、「血の刻印」は石製から白金製まで、ほとんど作成タイムに変化はない。そして、コモンとレジェンド、どちらが絶対数が多いのか、等と、聞くまでもない事だろう。
その上で――ユーラリングの自己評価はどこまでも低く、故に、その行動と注意に、一切の油断は無い。
「シズノメ」
『はいな!』
「貴金属の針金かそれに類するものはあるか」
『んんっと、少々お待ちくださいな。…………通常の貴金属でしたら一揃いあります。ただ、エンチャント耐性低いでっせ? 魔法金属は流石に無いですやって』
「ふむ。そうか。では、依頼で出すとして手数料と上がり時間はどれほどだ?」
『んー、針金とはいえ、流石に2・3日見て貰わんといかんですな』
「そうか。ご苦労。通常の貴金属の針金をあるだけ買おう。それと原石か、可能な限り原石に近い荒削りの貴石を。12貴石かつ上質な物を優先して買う」
『了解でっせ! ちなみにお値段の方は基準とか』
「一切無制限だ」
『えぇリングサマですやもの、承知ですわ』
伝えられる注文内容にシズノメが、安心感すら覚えていたのは本人のみが知る事だろう。そしてもちろん、いつも通りにマイペースかついつもより集中しているユーラリングが、それを察する訳もないのだった。
届いた宝石の形を整え、針金を熱で柔らかくして曲げ、一本の線を立体に組み上げていくその姿は職人のソレだ。シズノメが感心の息を零そうとも気にした様子が無い所まで含め。
「……、シズノメ、何だ」
『はっ!? 失礼しました、あんまり手際が良い物でしたんで。で、それは売っては』
「悪いが宝箱用だ」
『ですよねー。分かっとりました。……いやはやしかし……』
材料の追加が来ない事で視線に気づいたらしいユーラリングの声掛けに、条件反射のように返すシズノメ。はよ。とばかり手を出すユーラリングの手元に注文の品を転送しながら、惜しそうな声を零した。
対してユーラリングはそんな反応を一顧だにしない。黙々と何か、もとい、シズノメが感嘆の声を上げるレベルのアクセサリを作り続けるのみだ。
……ただ。今回だけは、内心、思う事が無いでも、なかった。
「(――普通に職人として過ごしていた、と、するなら。「そういう未来」もあり得たかも、知れんな)」
まぁ実際生産職人の道を進めていたとしても、主にそのプレイヤースキルによって、平穏だったかどうかは別の話なのだが。
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