第32話 蛇は交渉に応じる

 百合ップルが引っ越して、数日後。


「ふ――」


 新たにデザイン、作成した「外行き」用の装束を身にまとい、護衛としてヒュドラの分体を身体に纏わせたユーラリングは、『ミスルミナ』第1層の一角で、スコップを構えて集中していた。

 ステータスが上がり、スキルが上がり、その結果として開放されたある機能の使用が少々厄介だったのだ。その為、侵入者も、『天地の双塔』のネームドもいない、とても静かな場所に来ている。

 その機能の名は……『遠隔一括形成』。同一形状の地形が、同一動作で、同一機能に形成できる場合のみ使用できる、扱いの難しい機能だ。けれど、ユーラリングにとってはまさに待ち望んだ機能だった。


「――『遠隔一括形成』! 通路接続口!」


 集中した瞑目状態から、カッ! と目を開いて、叫ぶと同時に目の前の土壁にスコップを叩き込むユーラリング。ザクッ、と土が掘り抜かれて、通路が本筋へと接続された。

 そしてそれは、『ミスルミナ』第1層のあちこちで、同時に起こった現象でもあった。突然の通路の出現に、侵入者が驚き固まっている間もあればこそ……数秒後には、それを察知した『天地の双塔』のネームドの大群に襲われることとなった。

 各所で発生する阿鼻叫喚の地獄をマナ収入として感知しながらも、我関せずとユーラリングはスコップを杖へと持ち替えた。身にまとった装束に土がついていないことを確認し、その場でおとなしく待つ。


「お久しぶりにございます、リング様。まずは迷路の完成、おめでとうございます」

「……今日はおまけはないだろうな?」

「もちろんでございます。本日は我が主直々の使いでありますれば」


 かけられた声に警戒を隠さず振り返れば、いけしゃあしゃあと言った調子の言葉が返った。其処に居たのは、いつかも見た覚えのあるマジシャンのような恰好をしてシルクハットに手を添えている――。


「……………………」

「はっはっは、そんなに見つめられてはこの身に穴が開いてしまいますな」

「ツッコミ待ちか?」

「いえいえまさか。はっはっは」


 向けた視線が思わず胡乱なものになる。返ってきた言葉にノータイムでそんな返しをしてしまうユーラリングだったが、それもまぁ、致し方なしだろう。

 セルート、と名乗った、『天地の双塔』に所属する魔物。同盟と引き換えの階層成形依頼を持ってきて、ついでと厄介極まる置き土産をしていった相手は何故か……文字通りの意味で、その身に穴をあけていた。

 それも複数。というか全身のあちこちが服ごと穴だらけだ。まるで逆ハリネズミの刑を食らってそのままみたいだな。と、ユーラリングは思った。ついでに、血とか肉の感じとかが無いのでやっぱ物質系かコイツ。とも思った。


「…………いえまぁその、今回も実は副業の営業をしてから参ろうかと思った事は思ったのですが。我が主の慧眼からは逃れられず。えぇ」

「自業自得だな」

「はっはっはこれはこれは実にすっきりとしたお顔で。いやはやその節は誠に申し訳ありませんでした」

「口先だけでもそう言うのであれば同じ轍を踏まないようにしてもらいたいものだ」


 ざまぁ。という内心のままに口の端が吊り上ったのをそう評されて、瞬時にユーラリングは無表情に戻った。それに対しては、ひょい、と肩をすくめる動きのみが返される。あ、反省してないなコイツ。と、ユーラリングは目の前の魔物を厳重警戒対象にする事を決意した。

 そのタイミングで、巻き付いていたヒュドラ(分体)が、シュー、と控えめに呼気を鳴らした。その頭をユーラリングは軽く撫で、そして小さく首をかしげる。


「して、1つ聞いておきたい。『配下』の同行は可能か?」

「もちろんでございます。いくら友好のそれとはいえ、交渉ごとに向かうに際し“魔王”が単身向かうとは、よほどの自信の表れで御座いましょう。……こちらからも1つ宜しいでしょうか?」

「何だ」

「武装は“魔王”としてなら当然の事。恰好も一切問題なく。むしろ個人的意見を言わせていただくと、『配下』込みでその衣装は素晴らしい。であれば……身1つでよろしいのですかな?」

「手土産か、それとも契約に際して必要となる物か。……わざわざ「手荷物」として見せて運ばねばならんのか?」

「いえいえ。まさかまさか。ただ――その格好で手荷物なしだと、大変な失礼は承知の上で「その身」が土産と判断される可能性があるかと思いまして。えぇもちろんそうでないなら良いのですが、「誤解」はお互いにとって良くないで御座いましょう」


 その意見に、非常に微妙な沈黙を返したユーラリング。面倒くさい、と、顔に書いてある。もちろん、両方の意味で。


「…………その判断。個人的意見であれば後で覚えておけ」

「心がけておきますれば」


 深々と頭を下げたセルートに胡乱な目をもう一度向けてから、ユーラリングはくるりとその場で背を向けた。もちろんヒュドラが背後に視線を向けてセルート及び周囲を警戒している。

 ぽちぽちぽち、とウィンドウを操作して、ついでに軽く手を動かして「荷物」を外に見せても構わない形に「包装」する。そして、これをどうやって運ぶかな、と少し考えたユーラリング。自分の手で運ぶのは不用心だし格好悪い。“魔王”はその辺『配下』に丸投げするものだ。


「(……まぁ、「丸投げ」すれば良いか)」


 数秒考えて、ユーラリングはおもむろに第7層を実質管理している4人の不死者に、名目も理由も不明としてクジを投げた。……クジが引かれるまで数秒。気のせいか、地の底から地表付近の此処でも分かる爆発音が響いたような気がする。

 もちろんその辺を一切気にせず、クジで当たりを引いた不死者を『転送』で傍に呼び出すユーラリング。気のせいかテンション高めな不死者に、任せる、と気軽に荷物を渡した。

 特にそれ以上の言葉は無く、ユーラリングはセルートの方を振り返る。身に纏う装束とヒュドラに、付き従う不死者を加えた形で、小さく首を傾げた。


「これで良いか?」

「はい、もちろん。将来と言わず今現在でも素晴らしい“魔王”姿で御座いますれば」

「世辞は良い」


 ほぼノータイムでセルートの言葉に返したユーラリング。僅かにセルートの頬が引きつったのは気のせいだろうか。……ヒュドラ(本体)は、相変わらずの自己評価の低さに遠い目をしていたりする。言葉にするなら、「こう、我があるじマイロードはこう、相変わらず、こう……!!」といった具合だろうか。


「それでは、お手を拝借。我が主がお待ちでありますれば」

「手柔らかに頼みたいところだ……」


 慇懃に腰を折り、演者のように大げさに手を差し出すセルート。

 ユーラリングはそれに、常の無表情で応じたのだった。

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