第39話 蛇は生きた迷路を準備する

 さてそんな訳で第8層及び同盟、そして同盟所属“魔王”からの受注量という問題を片付けたユーラリング。用意した接待エリアでそれはそれは熾烈極まる暗殺合戦が毎日繰り広げられる事になった訳だが、それは知った事では無い。

 何故か最大量から6~7割しか注文されなくなったことに若干首を傾げたものの、まさか戦闘の余波で注文書が焼かれたり細切れにされたりでダメになっているとは思っていないユーラリングである。

 そしてそれくらいの量なら、現在のユーラリングは片手間で片付けられる。にも関わらず、その姿は生産部屋の中からほぼ動かないまま、実に1ヵ月が経過しようとしていた。


『あ、リング様。ちょいと宜しいです?』

「どうした、シズノメ」

『お探しでした種族の雇用希望者、ある程度集まりましたんでそのお知らせです』

「そうか。それは重畳」


 ……まぁ、それだけ時間があれば、あれだけの生産力を持つユーラリングなら大概のものは作成できる。そう。それこそ、廃人集団が年単位で作るべきプロジェクト染みた大仕掛けであったとしても。

 もちろんシズノメはその一部始終を完全にマヒしてしまった感覚で見ていたのだが、それでも今回のこれは許容範囲を越えたらしい。その応答の後、疑問符だらけの顔が見えそうな声で、こんな言葉を零した。


『……しかし、リング様でも苦戦するって相当な難物ですなぁ、その……いや、よぉ分かりませんけど』


 ユーラリングが今回作っていたのは、厚さ10㎝、高さ2m、幅2mの、白くつるりとした四角い何かだった。中は空洞になっているらしく、地面に置いた時などになかなかいい音が鳴る。

 そして両面の中央に、細長い横穴が1つ開いていた。その上にマナ或いはオドを通すと光り方が変わる特殊な蛍光塗料で、電光掲示板のような数字が6桁分並んでいる。

 ……これをサタニスが見たら、お腹を抱えて笑いながら指さし、こう言っただろう。


「こんな大きさの貯金箱なんて、見た事無いわ!」


 表示できる数字は0から9まで。6桁なので、実質100万まではカウントできたりする。

 さて問題なのは、何を入れる為の物かと、何処に設置する物かという事だ。何せ、1000は下らない数をユーラリングは作り上げている。焼き物の成功率は低い為、流石にユーラリングでも丸1ヵ月かかったようだ。なお、ユーラリング以外が挑戦したらどうなるかはご想像の通りである。

 そして、時間がかかったのは、実はこの入れ物のせいだけでは無い。


「流石に安定生産は中々厳しいな。……まぁ、最初に数を作ってしまえば後は破損分を追加するだけなんだが」


 実は、細長い横穴に丁度入る大きさのコインのような物もユーラリングは焼き物で作成していた。デザインとしては、片面に虹のかかった泉が沈め彫りにされ、逆の面に尾を咬んで円を描く蛇が浮き彫りにされているようなものだ。

 陶器と言うより磁器と言うべきそれは、しかし横面からみると何故か断層を斜めに切り取ったように様々な色が並ぶ層が挟まれている。そして磁器特有の脆さが一切無い。

 その磁器のように美しく、その実鍛えた鋼より随分と丈夫なそれは一体何なのか、というと。


「まぁ一言でかつ色々伏せて言うなら、強化磁器だ。強化ガラスみたいなものだな」

『そうでっかー』


 例によって例による『レシピ本』に入っていた、ぶっちゃけ収集したリアル知人であっても作るのは実質不可能なんじゃないのと思った悶絶難易度のシロモノだ。断じてそんな軽いノリで言うべきものではないし、こんな風に大量生産できるものでは無い。

 ……の、だが、ここに居るのは「生まれついての“魔王”」という特別な上に生産に置いてかなり高いプレイヤースキルを持ち、生産系のスキルをガン上げして生産特化となったユーラリングだ。難易度だけで言えば、ユーラリングに作れない物はもはやないだろう。

 当然ながら、そんなユーラリングが割と本気で作った物である。……一体、どれだけの攻撃力をどれだけ叩き込めば壊れるのか不明なレベルだ。


「さて、それではシズノメ」

『はいな、なんでっしゃろ』

「雇用希望者に意見を聞きたい。会話ないし一時的な喚びだしは可能か」

『分かりました、少々お待ちくださいな』


 ちなみに入れ物の耐久度はあえてまちまちであり、最高硬度はコインの3分の1となっている。…………それでも暴力的な耐久度を持っているのだが。これで「ちょっと頑張れば壊れる前提」で作っていたのだから、ユーラリングの認識が窺える。

 そして先ほどからの会話で何かを屋台の近くに召喚するシズノメ。ユーラリングは丁度重量無効化ポーションの効果が数秒で切れるところだった事もあり、休憩がてら椅子を用意してそこに座った。

 ほどなく魔法陣の輝きは収まり、そこに居たのは……


「ふむ。話に聞いた通りだが、なかなか面白い姿をしているな」


 棒人間の足に、落書きの靴を履かせた様な。

 そんな、2次元か3次元か微妙に判断の付きづらい物が2本、つまり1セット存在していた。もちろん上に繋がるべき胴体は見当たらない。長さ及び大きさも小さく、一般的な大人の手なら4,5組(?)は乗ることが出来るだろう。


「して、問う。汝が「ウォーキングスピリット」か?」


 ……という見た目は、シズノメ含む一般人から見た場合、なのだが。

 何故なら問いかけるユーラリングの目には、その上に繋がる胴体も、腕も、頭までもが見えていたからだ。と言っても、そちらも球体関節替わりにドットを付けて胴体を縦長の丸にした、ちょっと手の込んだ棒人間、という感じではあるのだが。

 問われた棒人間は、ぴょんぴょんと跳んだあと膝を追って一礼した。一応述べておくと、シズノメ含む一般人は足の球体関節替わりのドットより下しか見えていない。オーバーに動かなければ意思疎通が出来ないというのも考え物である。


「雇用希望であると聞いている。さて本題なのだが、汝らに任せたいのはこれだ。端的にこちらの目的を告げるならば、我が領域、数にして9つ目の場所をこれで埋め、汝らによって動く迷宮と化したい」


 これ、と示したのは、謎の大きな入れ物……強化磁器コインの貯金箱だった。今は空であるそれは、けれどそれでもなかなか重量がある代物となっている。

 が、棒人間こと『ウォーキングスピリット』は腕を組んで身体を傾けると、トコトコとコイン貯金箱に近づいた。しばらくクルクルと周囲を回り、正面に立ち、その前にひざまずいた、かと思うと。

 ひょい、と(ユーラリング視点で)巨大極まるコイン貯金箱を持ち上げ、自分をぺしゃんこにするように落した。──かと思えば、その下から、(シズノメにも見えていた)棒人間のような足が、幅だけを貯金箱に合わせて広げ、にゅっ、と生えた。



 ウォーキングスピリット、とは、読んで字の如く「物に憑りついて歩き回り、場所を勝手に動かす精霊」だ。実体は先ほどの通り、生態は不明。というかそもそも生き物であるかどうかも不明な、地味に謎の存在である。

 物を動かすと言ってもスピードは足の長さ相応な為危険度は低く、更に言えば憑りついている物を壊しても本体の精霊は全く平気である為、悪戯好きな精霊止まりの認識をされている。

 主に“魔王”の居ない、野良の『ダンジョン』に生息していて、宝箱や扉の鍵が勝手にどこかに行くのは大体の場合こいつらのせいだったりする。好物はお菓子であり、クッキーや飴玉で釣って仕掛けの鍵を開けるのは割合ポピュラーな謎解き手段だ。



 まぁそんなウォーキングスピリットだが、その悪戯精霊と巨大なコイン貯金箱でユーラリングが何をしたいかというのは、先ほど本人が述べた通り。実際、既に第9層は2.2mの高さで疑似階層を構成し掘り抜かれた、現在はただただ広いだけの空間が既に用意してある。

 天井と床までもが動いて入れ替わる、文字通り「生きた」迷宮。しかも厄介な事に、ウォーキングスピリットはじっとしているとモンスター等の探知に引っかからないのだ。


「……ふむ。中々気に行って貰えたようだな。細かい条件はまた後程契約書に書き記しておく故、今は戻って同族に感想でも話しながら待っていてくれ」


 しばらく巨大なコイン貯金箱、兼床材兼天井材兼壁はその辺りをうろうろしたのち、(ユーラリング視点で)棒人間がまた壁を持ち上げて、下から出てきた。

 ぴょっこぴょっことテンション高めで飛び跳ねている様子にユーラリングはそう返し、シズノメの方へと目を向ける。流石と言うか、感覚が完全に麻痺しているシズノメは即座に送還の魔法陣を展開。ご機嫌でスキップし、最後には手を振ってその棒人間ことウォーキングスピリットは姿を消した。

 そしてその一連の流れを見ていたシズノメは、思わず一言。


『うーんこの、見事な手練手管』

「どういう意味だ」

『なるほどこうやって忠実で士気の高い配下が増えるんですなーと』

「……そうか?」


 まぁ、ユーラリングの自覚が無いのもいつもの事だった。

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