第76話 蛇は森を形作る
引き続き祭り(イベント)の最中だが、ユーラリングはそれと関係なく『ミスルミナ』の第11層を構築していた。そもそも例の祭りは魔物側の公式イベントだ。人間側には関係ないし、第1層に留守番の『天地の双塔』のネームドモンスターや、第7層に留守番の他の不死者管理者達、第5層がまだメインのヒュドラ本体にも関係ない。
とりあえずまずは広大な空間を掘り上げたユーラリング。ダンジョン機能でエディットし、その通りに掘っただけなので、ユーラリング自身の目にはまだ広がる暗闇しか見えない。
予定の大きさ、第10層として大部屋が散らばる範囲よりなお大きく、深さに至っては倍どころでは済まない。正直、鉱脈を丸ごと引っこ抜いた第4層や第8層といい勝負である。
「……地上階は結晶をまず出すつもりだったが、これは、土を出して圧縮した方が良いか……?」
と悩む程度の土が手に入ったが、そもそも現状既に重量の限界を突破しているユーラリングには関係のない事だ。重量無効化ポーションが切れればどうせ動けないという意味で。
それはさておき、ギミックの「環境設定」を使用して、空と太陽を擬似的に作り出すユーラリング。地面の下、土で囲まれた環境に光が差し、陽光で周囲一帯が照らし出された。
「ほう、確かにこれは『空』だな」
燦々と降り注ぐ光に手をかざし、ユーラリングは満足げに呟いた。そのまま、広々と広がる空間を見回す。そしてある壁の方を確認して1つ頷き、そちらへと転移した。
「仕様通りだな。通れさえすれば、壁があっても『空』に変化はない」
そこは直径2mほどの穴を開けて、その向こうに高さは同じくらいに作った空間だった。広々としたメイン迷路部分を、壁を挟んでぐるりと囲むように作ってある。
行き来する為の穴は複数個所開けてあるが、そのどれもが知っていても見つけ辛いようにするつもりだった。それこそ森での行動に長けて、普段からここで暮らしている者でなければ。
つまり、この周囲の空間がハイライガー姉妹、および動物の姿をした正体不明達とその世話係の居住区であり、ユーラリングが手に入れてきた苗木や種を栽培する場所だった。
「これなら拡張も簡単だし、そもそもの広さがあるからな。まぁ当分は大丈夫だろう」
実際は当分大丈夫どころかまともな大農園ぐらいの規模がある訳だが、まぁ例によって無意識で無自覚だ。
さて、と呟いて迷路の構築に取り掛かるユーラリング。第4層といい勝負の広さをしているだけに、こちらも同じく擬似階層にするつもりだった。そしてその構成物は植物だ。しかも勝手に成長し、此処に住むハイライガー姉妹の手によって形を変えられる。
というか、森林地帯でライガー種に遭遇するという時点でだいぶ凶悪で、しかもユーラリング製の装備を身にまとい、神出の襲撃も鬼没の撤退も自由自在とか、正直ただの悪夢なのだが、もちろん無意識で無自覚である。
「迷路の基本はこれで良いとして……やはり動く壁兼罠兼モンスターとして、周囲の突然変異を誘発する意味でもトレントは欠かせんな」
祭りの隙間時間に温めていた迷路をエディット機能で構成し、クッキーに粉砂糖を振るノリで動く植物・樹木系のモンスターを配置していく。配置モンスターのオプションが選べたので、魔力を消費して最高位の偽装スキルを装備させた。
ポチっと決定を押すと、ずごごごご、という地鳴りを伴って地面から一斉に芽が出て、幹が伸び、枝が分かれて、葉が茂っていく。あっという間にユーラリングの居る第11層最下部は、周囲を見通すことも難しい、木の葉で光が遮られた闇の森へと変化した。もちろんその樹は迷路を構成しているので、はっきり言って遭難しないのは至難の業だ。
その辺の正確な難易度は察知しないのがユーラリングなので、さっさと一つ上の擬似階層、枝と葉で構成される樹上迷路へと転移する。最下層で見上げる程に伸びていた樹の上だけあって、相当に広い空間が確保されていた。
「枝での通路、葉での天井、壁は無いが、迷路としては良い感じだな。……蔦を追加して、下層へのショートカット禁止兼壁にするか」
ユーラリングが設定をいじると、わさわさと枝の間から蔦が生え、互いに絡み合って枝同士を繋ぐネットを構築した。一部は天井相当の枝から通路相当の枝まで伸びて、通行を妨げる壁になる。
ネット部分に踏み込めば、落ちる事は無いが隙間に足が嵌り、袋叩きを受けることになるだろう。素直に枝の上を歩け、というユーラリングなりのメッセージだ。……普通に罠として凶悪なのだが、そこはいつも通りである。
ところで、ここまでやっても実は第10層の階段までにはまだ高さがある。このままではダイナミック着地を決めて、運よく通路代わりの枝に着地することを祈るしかない状態なのだが……もちろん、ユーラリングは「ちゃんと」順路を用意するつもりだった。
「蔦でいいかとも思ったが、それだとどこから生えてるんだとなるからなぁ。樹上部分で通路以外になっているし」
等と呟きながらユーラリングが「召喚した」のは、大きな蜘蛛だった。ユーラリングが背中に3人は乗れるだろう巨大蜘蛛だ。黒と紫の縞模様で、実に毒々しい。
……のは外見だけで、実はかなり大人しい類の種族だった。もちろん獲物が罠にかかれば捕食はするが、別の部分が非常に重宝されている種族である。今回ユーラリングが当てにしたのもその要素だ。
と、いうのも。この蜘蛛。その名を「ビルダースパイダー」と言い、その名の通り、建築スキルを持っているのだ。それも結構な高レベルで。
「という訳で、天井に空いた穴の周辺に小部屋を、その後空中回廊で迷路を作って、下の樹上迷路に繋げてくれ。あぁ、むろん護衛を喚んでいい。エサ? 構わん。マナは我が持つ」
なので、その建築スキルを使い、蜘蛛の糸で作られる建造物や空中回廊が大人気なのだった。人間側にもビルダースパイダーをテイムして、無数に立てた柱の上に蜘蛛糸の宮殿を作らせた者もいる。観光名所の一つとして有名だとか。
なおユーラリング的には、十分な魔力を渡せば自動的に防空性能の高い生態系を構築してくれるので、大変お得な召喚モンスターだった。指示が「迷路」とアバウトでも喜んで仕事をしてくれる良い奴である。
早速手伝い兼護衛である、本体に比べれば若干小柄な蜘蛛を召喚するビルダースパイダーを枝の上から眺めつつ、ユーラリングはウィンドウを開いた。さて、と考えを巡らせるのは、樹上迷路の徘徊モンスターだ。
「最下層は、基本単調さとハイライガー姉妹で殺すつもりだから……上空の密度にもよるが、戦闘が続いて続いて、いくら切り払っても湧き続けるくらいわさわさと居る方が良いか?」
……大事な事なのでもう一度言うが、樹上迷路にはショートカット防止として、蔦のネットが張り巡らせてある。うっかり踏み込めば足が嵌りこみ、助けてもらわなければ身動きが碌にとれなくなる罠が、だ。そして同様のネットは壁扱いでも存在する。
まぁ、今回は殺す気で配置するので、一応、間違ってはいないのだが。
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