第22話 蛇は商人の心を知らぬ

 エクストラエリアクエスト『喪われし神代の墓所洞窟Ⅲ』は、ユーラリングの予想通りだった。


喪われし神代の墓所洞窟ザ・ロストゴッズ・カタコンベ


 副葬品充填率

 ・総合    -100%

 ▽回復    -100%

 ▽増幅    -100%

 ▽攻撃    -100%

 ▽妨害    -100%

 薬品庫充填率

 ・総合    -100%

 ▽回復    -100%

 ▽増幅    -100%

 ▽攻撃    -100%

 ▽妨害    -100%

 秘薬庫充填率

 ・総合    -100%

 ▽回復    -100%

 ▽増幅    -100%

 ▽攻撃    -100%

 ▽妨害    -100%


 第7層(エクストラ階層)ポーション支配率  0%

 エクストラ階層支配猶予時間 残り200:00:00』


 時間が一気に4倍に伸びているが、増えた量と手間は4倍どころでは無い『レシピ』によっては出来上がるまでに寝かせたり発酵させたりという手順が噛む上に、そもそも必要な効果の『レシピ』及び材料が手元にあるかが問題だ。

 はっきり言って先陣も先陣を切る生粋の廃人集団でもちょっとこの量と種類は厳しいと言わざるを得ない。半分も行けたら称賛に値するだろう。

 値するだろう、が。此処にいるのは、変に世間知らずになってしまった桁外れな生産特化“魔王”、ユーラリングである。


「さて、シズノメ。覚悟は良いな?」

『えぇ、もちろんですわ。商会『聚宝竹』の全力、とくとご覧あれです』


 これだけ聞くと何やら物騒な話題に聞こえるが、そんな事は無い。……否、シズノメを窓口とした『聚宝竹』では、ある意味とても物騒かも知れないが。


「では、必要素材一覧をリストで送る。手に入り次第全て言い値で買おう」

『了解いたしましたっ! それでは――注文、入りますっっ!!』


 何故ならその内容は、今までと同じ――金の力による、素材の爆買いだからだ。




 ところで、『レシピ』は貴重品で集めるのは一苦労だと説明したばかりだと思う。なのに何故かユーラリングは迷う風もなくポーションを増産できる。そこにはどうしても無視できない矛盾があった。の、だが。

 実はユーラリング(の中の人)は、リアル知人にこのゲーム(VRMMO

『HERO’s&SATAN’s』)を勧められるに当たり、1つ条件を出していた。

 それは「一度でも現存した全ての『レシピ』の収集」。一応情報だけは得ていたユーラリング(の中の人)は、「生産するには『レシピ』が必要」と言う部分を理解していて、知り合いこと襲撃者にそうとは知らず無茶振りをしていたのだった。

 なおその知り合いは例によって廃人プレイヤーの中でも指折りだったのだが、それでも割と物理的な意味で骨を折る事になったという。……流石に無茶が過ぎると思ったか、絶対に手に入らない遺失物は除く、と条件を付け加えたが。


(さて、この『レシピ』は完全習得したし、次はこちらで作ってみるか)


 その、伝説の装備に並ぶか超える程度に貴重な『レシピ本』を用いて、その中の『レシピ』をユーラリングは現在、片っ端から完全習得して行っていた。何故なら完成品の効果は同じでも『レシピ』によって手順も材料も異なるからだ。

 つまりそれは、『レシピ』の完全習得による経験値と能力ボーナスが積算する、という事だ。詰み上がるボーナスと上がるレベルにより、あっという間に全ての手順が効率化していく。


『はっはっは、分かってはおりましたが、いやはや、えぇ…………』

「何だ、シズノメ」

『いえいえ、何でもありませんやで』

「?」


 次々と作られるポーションの質と数、尽きる様子を見せずに出てくる新しい手順、その両方に、もはやシズノメは言葉も出なかったのだが、ユーラリングは相変わらずだ。

 少しでも正しい情報を知っているなら、今のユーラリングは素材としての身体よりもその生産の腕前の価値の方が高いだろう。“魔王”でもいいから、となりふり構わぬ引き抜きがそれこそ山のようにやってくる筈だ。

 それが起こっていないのは、偏に最初の襲撃者(リアル知人)がユーラリングを「生まれついての“魔王”」としか捉えていない事と、シズノメが所属している商会『聚宝竹』がユーラリングの個人情報を秘匿しているからだ。


『(なんという不幸。そう、不幸なんでしょうなぁ。リングサマ自身にとっても、世界にとっても)』


 利益の為に有益な情報を秘匿するのは当然の事だ。そして、ユーラリングの能力はどう頑張った所で「とんでもなく有用」である。もし万が一情報が漏れてこの場所(『ミスルミナ』)での商売権を奪われたら、発生する損失は如何程か想像も出来ない。むしろしたくない。

 だからこそ『聚宝竹』は商会ぐるみでユーラリングの情報を秘匿しているのだ。VRMMO『HERO’s&SATAN’s』における、指折りの“英雄”が手を尽くして情報を探しているのを知っていながら。

 ……彼らを、正しい情報を知った無数の有力者たちを、残らず敵に回す覚悟の上で。


『(ま、いずれにせよここまで踏み込んでしもうた以上、少なくともこのクビはリングサマと一蓮托生ですからなぁ)』


 自分の命すらもチップ(資本)として考える実に「らしい」商人としての思考で、まぁそれも悪くない。と思っている事に気付いて、屋台の向こうで苦笑するシズノメ。

 実際その辺の話をユーラリングに振った所で「説明しなおすのが面倒だ。シズノメ、纏めを頼んだ。……無理? じゃあいらん」ぐらいの軽いノリで『聚宝竹』以外の商会の参入は却下されるのだが、いくらユーラリングの世間知らずっぷりに慣れたシズノメでもそこまでは予想できていない。


「? シズノメ、どうした」

『おおっとぉ、失礼いたしました。ちと転送に時間かかっておりまして。晶氷樹の大樽です。いやぁ、ここまでの大物は流石にラグが出ますなぁ』

「そうか。問題ないなら良い」


 呑気なのか、もっと単純に鈍いのか。疑問を持った様子は欠片も無く、ユーラリングは本人が縦に3人は並びそうな大きさの、霜が降りた樽にウィンドウを展開し、専用メニューから何かを投入している。

 注文を受けて転送までしておきながら、今更『(あれは一体何に使うもんなんやろうか)』とか疑問を覚えるシズノメ。確かあのサイズは、酒蔵などが代々使うクラスの代物な筈だが。

 とはいえ、流石に好奇心旺盛で遠慮は知らないと言えど、『レシピ』の内容を聞くほどシズノメは常識知らずではなかった。なので、自分の仕事に集中する事にする。


『ほなリングサマ、次の商品を転送しまっせ』

「あぁ。次は何だ」

『紅炎樹の大樽でんな』

「そうか。……転送場所を指定する。流石にアレと隣り合わせて置いたらまずそうだ」

『ですなぁ。属性的にも性質的にも真逆ですし』

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