第33話 蛇は「歓迎」を受ける

 空間の揺らぎに閉じた目を開くと、周囲の景色は様変わりしていた。土ばかりで出来ていた通路は影も形も無く、目の前に広がるのは十分な広さの個室だ。恐らくは、交渉前の控室のようなものか、とユーラリングは思った。

 それは当たりだったようで、ささっと手を放したセルートは「それではしばしお待ちくださいませ」と残して姿を消した。……扉が1つしかない辺り、転移専用部屋なんだろうなー。逃げ場ないなー。とか思っていたがそれはセルートのあずかり知らぬ事だ。

 ふむ。とばかり部屋を見回して、何故か種類も数もバラバラな椅子の内、クッションが効いてそうな中で最もシンプルなデザインの椅子に腰かけて待つことにしたユーラリング。ヒュドラ(分体)は位置を変え、荷物持ちの不死者は大人しくその背後に控えている。


「お待たせ致しました。準備が整いましたのでお迎えに上がりました」


 もしかしてこれ(椅子)、来客の好みや教養を試すものだったか? とかユーラリングが思い至った辺りで、ノックの音に続いてそんな声が聞こえた。「承知した」と返答し、椅子から立ち上がるユーラリング。

 顔の向きを同じくするヒュドラ(分体)と後に続く不死者。何故かユーラリングは軽く空いた左手を上げて、それから何かウィンドウを短く操作した。そのまま、杖を右手に特に警戒も見せず扉を開く。

 ……正しくは、数秒待ってから、小首を傾げて自力で開いた。開いてくれるんじゃないのか、と思いつつ。で、扉を開けた先にはメイドがずらりと並んでいたのだが。


「「「それでは御機嫌よう名も知れぬ“魔王”様」」」


 ……その全員が全員、魔法の杖を構えていた揚句、声を揃えて集中砲火してきた。何か反応する間もなく、ユーラリングは風、土、水、火、爆発、金属刃と多種多様な攻撃にのまれ、姿が見えなくなり――


「――――で?」


 一拍。

 それだけおいて、煙幕を振り払ったユーラリングは、無傷だった。その周囲も無傷である事から、何か防御系の魔法(スキル)を使っただろうことが分かるだろう。服装も変わっていない。ヒュドラ(分体)と荷物持ちの不死者も変わらずだ。

 ……いや、一か所だけ、変化があった。この挨拶にしては物騒極まる、意図としては全く不明な中では細やかに過ぎる変化。ユーラリングが、ゆるり、首をかしげる動きに合わせて、延焼した炎の光や生き残った照明の光を、きらりと跳ね返す其れ。


「どういうつもりか。説明は、してもらえるんだろうな」


 白と黒の二匹の蛇が、互いの尾を咬み合って絡み合う、王冠(クラウン)にしては背が低く、ティアラにしては径の大きい、頭飾り。12貴石はその配置を僅かに変えて、額の上、正面に、新たな貴石が加えられていた。

 直径1㎝ほどにも関わらず存在を主張するそれは、亜空超密度結晶化した「*****の巨塊」を削り出し、形を整えたもの。ユーラリングをしてあきれ果てるほどの魔力を内包したそれには、1つの魔法(スキル)が設定されてあった。

 名を絶対防御の盾。つまり、自動防御。装備者を、内包された魔力の限り守り抜く、という、一般には著しく燃費が悪い為にあまり使われないそれだった。


「次弾斉射用意。斉射かい――」


 無傷のユーラリング。そしてその問いに返されたのは、次の攻撃指示。はー。とユーラリングは1つため息を吐いて、カン、と右手の杖で床を叩いた。こちらも、先端の竜が抱え込む石が、亜空超密度結晶化した「*****の巨塊」に変わっている。……こちらは、直径5㎝はあるが。

 結果として性能が比べるのもバカバカしい程に跳ね上がったそれには、いくつかの魔法(スキル)が一動作で発動する、ショートカット設定がしてあった。そして、今回のこれは


「しかし、招かれざる客だったとは。招待を受けたと思ったのは何かの勘違いだったか」


 絡みつくのは蜘蛛の糸と、痺れ毒に、凍える冷気。身動き(リアクション)を妨げる事に特化した魔法(スキル)が一瞬早く発動し、よく見れば揃って無機質なメイドたちを拘束した。

 カン、カン。と追加で2回床を叩き、拘束時間を延長したユーラリング。さて、と周りを見回すが、メイドたち以外には何もない。ただただ左右に廊下が広がっているだけだ。

 面倒だな。という空気を隠そうともしないユーラリング。部屋の中は変わらない。と、言うか、そもそも部屋の外に出ていなかった。出たら戻れないかもとか思った訳では……無い事も無かった。


「…………無機物系メイド、なぁ」


 胡乱気に、正確には、「懲りてないのでは?」と込めて一言だけ呟いて、ユーラリングは扉を閉めて、元の椅子に戻った。ヒュドラ(分体)と不死者も同じ姿勢に戻る。

 いい加減さっさと「挨拶」を済ませて、自分のダンジョンに戻りたい。とか思いながら。



「……あら? 「客間」に誰か居るわね?」

「……それはおかしいでございますね。使用申請は来ておりませんが」

「感違いだったらいいけど、一応確認取って頂戴」

「かしこまりました」

「あーん、それにしたって急がないとあの子が来ちゃうっていうのに、ドレスが決まらないわー。ねぇあの子の「魔王ルック」もう一回見せて? ……うーん、愛らしさと気品が両立して、かつ威厳もあるってすごいわ、これで笑うと妖艶さもあるのよね?」

「我が主」

「白黒でゴシック調なのが似合いすぎててお人形さんみたい、やっぱり妖艶コースでいくべきかしら。でもそうすると黒が被っちゃうのよね。虹色は趣味じゃないし……パールカラーならセーフかしら?」

「我が主。少々よろしいでございましょうか?」

「あら、確認はとれた?」

「リング様でございました」

「…………何て?」

「「客間」におられるのは、リング様でございました。あと、「魔王ルック」とは少々違うも可愛凛々しいまさしく王族然としたお姿で御座いました」

「とりあえずその画を頂戴。見たという事は撮ってるわよね?」

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