第34話 蛇は謁見の時を待つ

 そこから更に数度の歓迎(という名の襲撃)を受けて、流石のユーラリングもちょっとげんなりしてきた頃。


「うちのものが非常な無礼を働いた事、まずは伏してお詫び申し上げます」


 す、と気が付いたら居た、という形の転移によって現れた老執事が、まず第一声でそう言って、何か言う前に深々と頭を下げた。

 一瞬飛び上がりかけたユーラリングだが、小首を傾げている間に何とか立ち直る。じ、と数秒もその老執事の頭の天辺を、座ったまま眺め。


「謝罪を受けとろう。この場の主、その本意でなければ良い。……違うのだよな?」

「もちろんでございます。あの愚か者は、当分内にて謹慎と言う名の罰則を与え、自由を封じるつもりでございます」

「……正直、さして付き合いがあるとはいえない自分でも、何をした所で碌な痛撃足り得えないような気はするが……。……まぁ、こちらに関わらないのであれば、構わない」

「寛大なお心、感謝いたします」


 そこまでをやり取りして、ようやく顔を上げる老執事。その正体について大体予想はしているが、敢えて口に出さないユーラリング。「で、誰?」という感じで小首を傾げた。

 す、と音も無く、けれど緩やかに、その癖気が付けば手の位置が変わっている、という地味に超高い熟練度を見せて、今度こそ正しい「客人」への礼を取った老執事は、まぁ大体予想通りの内容を口にした。


「私(わたくし)は『天地の双塔』の主、サタニス様にお仕えする一魔族にして、恐れ多くも筆頭執事の位を頂いております、ネビルと申します。お見知りおきいただければ幸いです」

「……記憶が続く限りは覚えておこう」


 はいコレ執事長きちゃったー!! 側近筆頭きちゃったー!!! と、ユーラリング(の中の人)は内心、相手の本気度に頭を抱えて転げまわっていたのだが、それは表に出さない。頷く動きに合わせて傾げていた首を戻す。

 ちょっと挨拶するだけのつもりだったのに! 挨拶だけしてさっさと帰るつもりだったのにぃぃいいいい!! と続く内心は綺麗に隠して、ユーラリングは“魔王”としての態度を崩さず、ふむ、と小さく息を吐いて。


「して。そろそろ挨拶に伺えるのだろうか?」

「……それが、大変に申しあげにくいのですが……」


 と、姿勢は戻せど若干視線を逸らす感じで、言い辛そうに切り出された内容に、一瞬不穏な物を感じたユーラリング。


「我が主は、それはもう、それはそれは大変に、リング様の来訪を楽しみにされておりまして…………それ故、未だ、衣装選びが終わっていないのでございます」


 ……続いた理由に、恋する乙女か。とツッコまなかった事。及び、姿勢を崩さなかった事を誰か褒めてくれてもいいよな? という気分になった。たぶん漫画とかだとギャグ目になっているか、髪の毛が無意味に跳ねている感じにはなった。

 とりあえず(本人以外にとっては)そこまで大変な理由では無いと知って、むしろ安心すらしたユーラリング。ため息、と取られないように僅かに息を吐いて、ここは割と本音で呟いた。


「出回っている姿見を見る限り、何をどう身に着けても様になる超一級の美人だろうに。まさか本人に負ける程度の服などそもそも持っている訳も無かろうし」


 ……瞬間。ドゴン、と何処からか振動が響いて来て、ぱらぱらと天井から、埃だか破片だかが降ってきた。なおヒュドラは素早く頭上にとぐろを巻いた。傘みたいに。

 なので、破片を浴びる事は無かったのだが……うん。うん?


「…………まぁ、待つのはそれなりに得意故、じっくり満足いくまで衣装を選んでもらって結構だ。と、オブラートに包んでお伝え願えるだろうか」

「畏まりました。お気遣い、感謝いたします」


 改めて礼の姿勢を取って、そのまま溶けるように消えた筆頭執事を見送り、ユーラリングは同じ椅子に腰かけ直した。ヒュドラは追加の破片が落ちてこないのを確認して、するすると元の姿勢に戻る。


「(……正直、今すぐ帰りたい)」


 なお、普段は心の中で留める声が、若干纏う空気に漏れていた。



「も、もう、もーうー! 破壊力がー! すごすぎるーぅ! あぁん、本心よね、あれ完全に本心よね!? もー、もーっ!」

「……我が主」

「分かってる! 分かってるわ、お客様を待たせてる時点で失礼千万だっていうのは! でもね、破壊力が高すぎるのよ! 冷静? 平静? いつも通り? うん、無理!」

「我が主」

「うん! 分かってる! 流石にこれ以上待たせると帰っちゃうわよね! だってちょっとげんなりしてるもの! 分かってるわ! でも待って。お願い待って。あれだけハードル上げられると流石の私でも心の準備が必要なの!」

「むしろハードルは下げられていたのではないでしょうか。と、愚考いたします。恐らく、どれほどシンプルな衣装でも、また逆に奇抜さに重きを置いた衣装でも、反応は同じかと」

「正論が刺さるっ! でもまさかその当人に対して、あなたに比べて見劣りする気がして、なーんてそれこそ言えないわよ! それこそこの難攻不落の『ダンジョン』の主としての威信すらかかってるわ!」

「で、我が主。衣装はお決まりになりましたか?」

「大丈夫! 分かってるから! 白黒とカラフルとどっちが良いかまでは絞り込んだの! 後はドレスのラインと靴と髪型とアクセサリと化粧と香りと登場の演出と声掛けと挨拶と」

「我が主。こちらに一式セットして台本をお付けしてみましたがいかがでしょうか」

「そうね! 時間が無いものね! 採用!」



 で。ユーラリングは結局、そこから半時間ほど待たされたのだった。

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