第54話 蛇は祭りの説明を聞く

 初日からかっ飛ばしたというべきか、楽しく満喫したというべきか、ともかく祭りの会場の回遊を終えてユーラリングは「メインイベント会場」へと戻ってきた。一定規模以上の同盟は観戦スペースとして、大きく広場の中央に開いた平屋のような固定の場所を持っているので、『King Demon’s Round Table』の建物に合流する。


「あらリングちゃん、おかえりなさい。楽しかった?」

「祭りはこうでなくてはな。色々得るものもあったし、楽しんできた」

「それは良かったわ♡」


 しれっと先回りで戻ってきたサタニスが問いかけるが、ユーラリングは後をつけられていた事など当然気が付いていない。なので、普通に返した。その襟元から黒い雛が顔を出し、び、と鳴き声を上げる。

 椅子に腰を下ろしたユーラリングは机の上に雛を下ろし、買ったばかりの鳥餌袋とすり鉢を取り出した。ペレット状の鳥餌を数粒すり鉢に入れて、ごりごりと磨り潰す。


「その子、どうしたの?」

「屋台で売っていた」

「まぁ。ブサ可愛いっていうのかしら」


 こちらも屋台で買ってきたどこかの天然水を粉になった鳥餌に投入して練り合わせ、柔らかい団子状にまとめる。それを小さく細いスプーンで掬い上げ、雛のくちばしをつついた。

 ぱかー。と開いたところでスプーンを突っ込む。あががが、という感じで餌が喉を通ったらスプーンを引き上げ、以下繰り返し。時々腹のあたりを触ってどれくらい入ったかを確認する。

 やがてぼさぼさの中でも分かるほど丸々とした腹になったところで、ユーラリングは餌やりを辞めた。……片付けに入った途端、び、と鳴き声を上げる雛はスルーである。


「あら。もっとって言ってるんじゃない?」

「言ってるかもだが、これ以上食わせると戻す」

「それは仕方ないわね」


 び。び。と本人(本鳥)なりに抗議しているのをスルーして、ユーラリングは半分強が残っていた鳥餌を片付け、すり鉢をきれいに磨きなおした。つんつくつんつくと手をくちばしでつついているが、そもそも雛の、それも平べったいくちばしだ。くすぐったいだけである。


「……リングちゃん」

「何か」

「それ、何の雛?」

「さぁ?」


 公式イベントまであと何分だったかな、と左手で開いたメニューの時計を見つつ、右手を雛の好きにさせていたユーラリング。ずぼ、と指の隙間から出入りするのが楽しいらしいぶさ雛を見つつ、サタニスが困ったように聞いてきた。

 当然、ユーラリングとしてはそう答えるしかない。恐らく聞き方とタイミング的にサタニスでも種族を鑑定できなかったようだが、ユーラリングとしても何か分かったから買った訳ではない。


「それ、大丈夫なの?」

「刷り込みという言葉もあるぐらいだし、一応呪いを扱う専門店で質の悪い病や呪いを持っていないのは確認してきた」

「あら、じゃあ大丈夫なのかしら」

「まぁ正直、ひよこの中に正体不明が紛れていたから興味をひかれただけなんだが」


 本当にそれだけで、それ以上でもそれ以下でもなかった。例の呪い装備専門店で鑑定してみてもらっても正体不明だったのだから、もはや開けて育ててみないと分からないびっくり箱状態だ。

 そう聞いて、何故か突然ニッコリ笑顔になるサタニス。


「ねぇリングちゃん」

「やらんぞ」

「あぁん」


 先じて言葉を遮り、手のひらの中でもぞもぞしていた黒い雛を襟元に追加した、ポーチ状の袋に戻したユーラリング。まぁ大体わかっていた事ではあった。何せ目の前の熟練“魔王”は、面白いものが三度の飯より大好きな刹那主義者なのだから。

 それが、正体不明でどう育つかさっぱり不明な生き物に手を出そうとしない訳が無い。ただ、流石に「お気に入り」で同じ同盟に所属するユーラリングの持ち物を強奪する事は無いようだ。


「私も、明日から毎日「屋台エリア」を見に行こうかしら……」


 ただ、割と真剣にそう呟いてはいたが。

 そんなことをしている間に時間となり、大きく開けた空間の中央に雷が落ちた。


〈はーいレディスアンドジェントルメン! ご機嫌いかがーっ!?

 1日目の公式イベントが、はじまりますよーっ!!〉


 声はすれども姿は見えず。その主はチュートリアルの知識からするに『神の使徒』という奴だろうと辺りを付けるユーラリング。雷の落ちた辺りには何が、と見れば、それは黒いオベリスク石の柱のようだ。


〈まぁ盛り上がりはまだまだこれからって事で、お届けするのは「お宝探しゲーム」でーすっ! このオベリスクに触れた順番に特殊エリアに転送されるから、転送の時に届けられる「お題」を時間内に探して下さいねー!〉


 はやくもわらわらとプレイヤーの影が集まっていく。ユーラリングはもちろん、サタニスもまだ動かない。というか、中堅以上の魔族は動いていない。

 ユーラリングの場合は、公式の公平っぷりを知っているからで、サタニス達は、今までの経験上、大事な事項程後で告げられることを知っているからだ。

 その予想通りに、説明は滔々と続いていく。


〈あぁっ! 押さないで!? ケンカしないで!? 特殊エリアの中は個人ごとのプライベートエリアになってるから、ケンカしても意味ないですよーっ! そもそも「お宝探し」なんだから、戦う相手は時間ですよーっ! あーっ! まだ説明終わってないのに入らないでーっ!?〉


 思わず「バカなのか?」という胡乱な目をしてしまうユーラリング。サタニスはその混乱模様をニヨニヨと楽しそうに眺めている。どちらも通常運転だった。


〈えぇっと、えーっと! もう! 入っちゃったヒトは知りません! 「お宝探し」には何度でも挑戦できますよーっ! そのたびに「お題」の難易度は上がっていくので気を付けてくださいねー! あと、特殊エリアの中にはポイント用のアイテムもありますよーっ!〉


 ほら見たことか。という顔でお茶を飲むユーラリング。これでこそ風物詩よねと楽しそうなサタニス。そろそろ中堅どころも移動を始めた中で、まだ動かない。


〈ポイントは特別なアイテムの他に、「お題」の達成でも手に入りますよー! 難易度の高い「お題」ほどたくさんのポイントが手に入れられますからねー! ポイントはオベリスクに捧げてくれたらご褒美と交換できますよー!〉


 中堅どころも突入態勢になっているが、サタニスもユーラリングも、まだ動かない。


〈でも、ご褒美と交換すると、オベリスクは力を無くしていきますよー! オベリスクが真っ白になっちゃったら、特殊エリアにも入れなくなるから、そこで終わりでーすっ!! 中にいるヒトも追い出されちゃうから、それまでに頑張って「お題」を探して下さいねーっ!〉


 ここで一部実力者以外が慌てて突入していった。サタニスとユーラリングはまだ動かない。


〈オベリスクを傷つけちゃダメですよーっ! オベリスクにはポイント以外は捧げられませんよーっ! あと、時間制限内に「お題」を見つけられなかったら、その時持ってるポイントはボッシュート!! ですからねーっ!!〉

「だろうなと思った」

「まぁ鉄板よね?」


 地味に重要なこの情報を聞いた魔族がどれほどいるかは、一気に閑散とした広場を見れば察せるというものだ。後ほどの阿鼻叫喚が目に見えるようだ、とユーラリングはぼやいた。


〈ボッシュート!! されたポイントはオベリスクに還ってきますよーっ! でも「お題」の難易度は上がったまま下がらないから気を付けて下さいねーっ! あとあと!! 特殊エリアには、たくさん普通のアイテムがありますよーっ! 取り放題ですからねーっ! あとはー、関係ないかも知れないしそうでもないかも知れないけど、アークフラワーの蜜砂糖漬けって美味しいですよねーっ!〉

「露骨」

「これが醍醐味よ♡」


 ようやくお茶を飲み終えたユーラリングが呟く。サタニスは、まぁ、実に楽しそうだ。色々な意味で。

 そしてここまで聞いて、ようやくよいしょと立ち上がるユーラリング。サタニスは、それを見送る姿勢だ。


〈これで全部でしたっけ? これで全部言いましたね? うん! たぶんこれで全部言ったと思います! それじゃあレディスアンドジェントルメーン、「お宝探し」頑張って下さいねーっ!! 使徒さんはオベリスクの上から見守ってます!〉

「さて、行ってくる」

「お土産は期待してるわ~」

「期待薄だと言っておく」


 不参加組の他には、もう本当にちらほらとしかプレイヤーの姿が残っていない中で、ようやくユーラリングはオベリスクに触れて、イベントを始めたのだった。

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