第56話 蛇は悪魔を誘い出す

 最終的に見つけた「時の木」は合計6本。1回の挑戦につき1本に絞って歴史という名の空間の変化を観察して、何度か程度を変えて干渉してみたユーラリング。結局歴史と法則の把握だけで10回以上のチャレンジを投げ捨てている。

 結果分かったのは、「挑戦ごとに中の状態はリセット」「「時の木」ごとに巻き戻る歴史は違う」「一度に影響できる「時の木」は1本だけ」「干渉してその後の歴史が変わるポイントとタイミングは決まっている」「前回までのチャレンジで手に入れたアイテムは使っても意味がない」という事。

 そこまでを確認し、把握し、ようやくユーラリングは一度同盟用の待機スペースに戻ってきた。


「おかえりなさい♡ もう大惨事になってるわよ~」

「だろうな……思った以上に酷い難易度だ。最悪ではなかったが」


 一度に大量の情報を詰め込んだせいで痛む頭を押さえつつ、ユーラリングはイベントに参加する前と同じ席に座る。同じ場所にいるサタニスは実に楽しそうだ。今も、オベリスクの周辺に突然現れては悶えのたうち回っているプレイヤー達を見て大変ご満悦となっている。

 ちら、とユーラリングもオベリスクに目を向けるが、その色はほとんど変化していない。……いや、それどころか、色がむしろ濃くなっているまであるかもしれない。


「……まぁ、捧げる前にポイントを没収されれば、オベリスクの力は最初より増すのは、道理か」

「そういう事ね。で、リングちゃんはどんな感じ?」

「まだ1ポイントも手に入っていないが?」

「あぁー、法則の把握と理解だけで大変なのね~」


 お茶を飲んで休憩しつつの応答で、サタニスは大体把握したらしい。流石、ユーラリングとは違う本物の“魔王”だ。そのプレイヤーとしての経験とそこからの勘は実に鋭く的確である。

 一息ついて情報を整理していたユーラリングは、ふむ。と少し考えた。


「サタニス」

「なぁに?」

「内部にこんなものがあったんだが、なんだと思う」


 わくわく、と顔に書いたサタニスに、ユーラリングは1枚のスクリーンショットを見せた。それは、「時の木」を根元から刈り倒し、その後も発展させる方向で最大限に介入しまくった末の、時間制限ギリギリになって出現したものだ。

 見た目は茶色の濃淡による斑模様の卵。しかし、大きさ参照用にと隣に立たされた護衛の不死者と比べ、高さだけでも倍はある。何よりその、巨大すぎる卵は、何かの木の上に乗っかっていた。

 ぱぁぁ、と顔が輝いているエフェクトが出そうな表情でサタニスはスクリーンショットを眺め、たっぷり十数秒は眺めた後、満面の笑みになった。


「分かんない!」

「やはりか」


 だろうなー。という顔でそう返すユーラリング。というか、完全未知だと思ったからサタニスに見せたのだ。


「え、やだ、こんなのあるの? こんなの出てきちゃうの? やだぁ、今日は見た目最優先の服なのに。え? 待って? リングちゃんリングちゃん」

「なんだ」

「これ、持って帰れる……の?」


 恋する乙女のようなうっとりした目でスクリーンショットを見るサタニス。桃色に染まった頬を両手で挟んで、笑顔でいやいやと頭を振っている様子は少女漫画の1コマのようだ。

 その途中で何かに気付いたようで、ぱたぱたとオーバーリアクションでユーラリングの方を向くサタニス。その、おずおず、とした問いかけに、ユーラリングは自分のアイテムボックスのスクリーンショットの一部をこの場で撮り、サタニスに渡した。


『アイテム一覧:新着順

・*巨大な 斑模様の 茶色い 卵*』


「私も参加するわ!」


 その即答に、ユーラリングは内心だけで、「フィッシュ」と呟いたのだった。




我があるじマイロード

「どうした」

『何でわざわざ、『天地の双塔』の主を引っ張り出したんです?』


 ようやくというべきか、今度こそはクリアするつもりでオベリスクから特殊エリアに突入したユーラリング。「お題」が書かれた「イベントアイテム」の紙を取り出して目を通していると、ヒュドラからそんな問いが投げられた。

 あぁ。とユーラリングは納得の声を出す。確かに、手間もかかるしその後も面倒だし、下手に新たな素材等が手に入れば作成を依頼される=無茶振りされるのはユーラリングだ。正直、マイナスの方が大きい。

 なのにわざわざ、イベントに参加するプレイヤー達の悲喜こもごもな様子を眺めるだけで満足していた……逆に言えば、参加するとなったら一切の手加減をしない超越者を、勝負の場所に引きずり出した。そのマイナスは承知の上の筈なのに。


「たぶん、だがな」

『たぶん』

「特に、あの卵……のような何かを見て、思ったんだが」

『一応表記は卵になってるだけの』


 把握した歴史のメモを確認し、「お題」に合致するアイテムがあった「時の木」へ向かいつつ、ユーラリングは微妙に歯切れ悪く言葉を続けた。


「たぶんだぞ」

『たぶん』

「たぶんな。…………新月本番の公式イベントで、必要になる」

『えっ』


 なお新月本番の公式イベントとは、祭り8日目、新月の日を挟んで前後1週間ずつ続くこのイベントの、一番の盛り上がりだ。詳細は不明。公式からは「個人の力、仲間の力、友の力、同盟の力、その全てを集結せよ」とだけ告知されている。

 そこから、恐らくはワールドボスクラスの戦闘がおこると予測されている。最有力候補は魔神の邪魔をしようとする聖神の放つ使徒もしくは聖獣の迎撃、二番手は魔神からのボーナス敵だ。他には経験値もアイテムもガッポガポな魔神運営のボーナスダンジョンの登場等が候補に挙がっている。


「卵……の形をした正体不明の他にも、ポイントにはならないし、かといって歴史自体にも影響しない、よくわからないアイテムがあっただろう」

『もはや自称と見た目は卵って状態のあれより、もうちょっと見た目はおとなしかったですが、ありましたね』

「あれも、たぶん、要る。というか、「手に入っている前提」としてイベントが進められる。気がする」

『気がする』


 ユーラリングにしては随分と曖昧な根拠だが、ヒュドラは否定しない。もとより自身の主が心配症で怖がりで、準備という準備を整えていなければ落ち着かない性質であることを知っている。

 それに、ユーラリングのこの謎の勘は結構馬鹿にできない。何しろ上から数えた方が圧倒的に早い“英雄”4人から、その身1つで逃げ切って。その後も、大規模な突入があった場合は、必ず気が付いたのだから。

 その勘が、サタニス、ひいては所属同盟『King Demon’s Round Table』の面々を巻き込まないとマズい、と囁いたのだとしたら、それは恐らく、やらなければ痛い目で済まない事だ。


「……まぁ、気のせいであったとしても未知であることに違いは無いし、あの刹那主義者の機嫌が当分の間良いままなら、それは十分な成果だしな」

『まぁ確かに。あの類が暇したらろくなことになりませんしねー』

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