第14話 蛇は薬と毒の水を流す

 『配下』の増加と強化という戦力の充足を経たユーラリングが、数日たって戻ってきたシズノメにまず探してもらったのは、一時的に重量制限を無視できるポーションないしアクセサリだった。


『また変わったものを探されますなぁ。ちっとお待ち下さいやって』


 と、提示されたポーションをあるだけ買い込み、在庫を確保したら可能な限り回してもらうよう言づけて、久方ぶりにユーラリングは立ち上がった。




 で、何をやっているかと言うと。


ザクザクザクザクザクザクザクザク――


 第5層を作成していた。小人とゴブリンに頼む事も考えて実際実行したのだが、彼ら(?)は基本的に『ダンジョン』の形を変える事は出来ないらしい。先日やった模様替え、あれが実質限度のようだ。

 という事で、きりの良い階層という事もありヒュドラの復活後の本番階層を作っている訳だ。宝に釣られるのが分かったから、2層構造にして罠にはめてくれる。と。


「くっくっくっくっく……精々無様に踊るがよい」


 土を掘りながらも零れた言葉と笑みは完全に魔王のそれだが、ユーラリングに自覚は無い。エディット想定形成した先、仄かに光る壁をざくざくと掘り進めていく。

 重量制限を無視できるポーションには限りがある。その間に、出来うる限り掘り進めておきたかったユーラリング。せめて下層の、ヒュドラが「徘徊」する通路ぐらいは掘り終えておきたい。

 という目論見は、


「ふむ。思った以上に腕は落ちていなかったようだ」


 あっけなく飛び越えて、階層の形の完成までいってしまった。いや、これ自体は良い事だ。あっけないだけで。


「まぁいい。物事がうまく行くのは歓迎だ」


 早くしないと味を占めた連結部隊レイドの再突入があるかも知れない。そう思い直して、ユーラリングはそこそこの量が安定して入って来るようになったマナを消費、とある設備を上層の中心に設置した。

 ガゴン、と重量のある音を立てて土ばかりの広場に設置されたのは、直径約8m、すり鉢状になった底は飛び降りるのに覚悟がいる深さで、中心から柱のようなものが生えているものだった。

 町の広場に設置されている噴水によく似ている。だが、石造りのそれに一滴の水も見えない。


「…………。上層だけでも加工しておくか、節目の階層なのだし」


 しばらく考えて、マナを大盤振る舞いする事にしたユーラリング。メニューをいじり、第5層の上半分を、僅かに光を帯びるくすんだ白の石材でコーティングした。

 もちろんそれは目の前の設備にも反映され、ユーラリングは更にマナを追加し、設備とその周辺だけ白さを上げる。

 続いて設置したのはドーナツ型の、ぐるりと何かをはめ込むような窪みの空いた、大きな石板だ。そこに、ぱちぱちと音を立てて何かをはめ込んでいくユーラリング。


「くくくく。文字通り、己が欲で溺れるがよい」


 それは「血の刻印」だった。だったが、今流通している石製だけではない。錫にトパーズ、銅にエメラルド、銀にサファイア、金にルビー、白金にダイヤモンドが埋め込まれ、文字通りに桁違いの効果を持つ品々だ。

 そのほかにもユーラリングが作った物で、使い切りの消耗品に属するアイテムが次々はめ込まれていく。もちろんどれもこれも、ユーラリングが最高品質に数えた物ばかりだ。

 今流通している「血の刻印」の価値を考えれば、それだけで城が建つどころか国が興せる程度には桁外れな財産だ。全部セットで出せば、それだけで戦争が起きるだろう。


「ふむ。で、これを……っと」


 その石板を、ユーラリングは“魔王”としてのステータスを発揮し水の無い噴水の底へと放り込んだ。柱を真ん中に通してがらんぐわん、と音を立ててしばらく回った後、初めから決まっていたようにぴたりと落ち着く。

 続いて取り出したのは、いくつかの小瓶だった。どれもこれも、いかにも有毒ですと言わんばかりにおどろおどろしい色をした液体が詰め込まれ、その上に蝋で封印がされている。

 それらを右手で持って、左手に取り出すのは濃い緑色の液体が詰められた1Lのガラス瓶。ユーラリング愛飲の濃縮リジェネポーションに似ているが、こちらははっきりと透き通っていた。つまり品質が高い。


「そーれ」


 それらの瓶を、同じく噴水の底へと放り込むユーラリング。先ほどの石版と違い、柱の根元にぶつかるとガシャンパリンと当たり前に砕けて中身がぶちまけられる。

 液体同士が混ざって色が大変な事になっているが、ユーラリングは柱の先端に視線を向けて気にした様子もない。そして柱の先端は、ただ真っ直ぐな柱から、蕾が開くように、形が変化していっていた。

 さほども経たずそれは真上に1本、斜め上に3本、横向きに6本の筒を生じさせ、根元は鳥かごのような形状へと変化した。変化し終わると、すぐに鳥かご部分の中に青い光が生じ、


「……うむ、なかなか壮観だ」


 ざばぁあああああ、と、計10本の筒から、たっぷりの水が飛び出してきた。まさしく噴水となったその設備は水をしっかりと受け止めて、その中へ溜めていく。

 もちろん底にはすごい色になった液体があるし、その少し上には貴重品をはめ込んだ石板がはめ込まれている。だがお構いなしに溜まり続ける水はまず石版を覆い、更に落ちて底の液体に混ざった。

 混ざった水はもちろんすごい色になり、しかし色が変わった部分は噴水の深さ3分の1程、石板の少し下のところまでで止まった。水の透明な部分はそのまま溜まり続け、あっというまに縁まで満ちて、そこでいったん止まる。


『水質の策定を行っています』

『水質:薬性を検知しました』

『水質:毒性を検知しました』

『水質を統合可能です』

『水質を統合しました』

『水質の登録を完了しました』

『落し物の策定を行っています』

『落し物:消費アイテムを検知しました』

『落し物の登録を完了しました』

『範囲の策定を行っています』

『範囲の登録を完了しました』

『情報の自動登録が完了しました』

『登録された情報に従い「水都の大噴水」が通常状態で起動します』


 ユーラリングの目の前にそんな情報が表示されて、閉じた。そして縁まで来て止まっていた水が、縁を越えて溢れ出していく。

 その水は何故か、透明な癖に床の詳細が見えないという奇妙な事になっていた。そして時々、きらりと光る物が一緒に流れて行っている。


「うむ、想定通り。奮発したかいがあるというものだ」


 その光景を眺めて満足げに頷くユーラリング。傍らにふわふわ浮かぶオーブもあり、ますます魔王度が上がっている。また1つ階層の大仕掛けが完成して非常に楽しそうなのだが、悪巧み大成功の笑顔にしか見えない。


「くっくくく、さぁて、一体何人が生きて帰れるだろうなぁ?」


 ……あながち間違っていない辺り、非常に性質が悪い。

 そしてユーラリングはポーションの残りを確認し、隠し部屋である生産部屋へのルートを掘り直して、生産活動に戻ったのだった。

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